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1:麻莉子
投稿者:
綺愛蘭
2012/12/07 14:08:53(M2zqImRn)
投稿者:
綺愛蘭
1
定時になっても仕事が片付きそうになかったので、およそ一時間程度の残業を覚悟していた。椅子に座ったままデスクから少し離れ、背もたれに上体をあずける格好で背伸びをする。 「……う……んんん」 体のあちこちで凝り固まった筋肉や脂肪が、ツナフレークみたいにほぐれていくのがわかる。 私は非常食ではないんだけど──なんてことを思っていたら、 「あとはあたしがやっておくから、今日はもう帰っていいよ」 と歳の近い先輩が声をかけてくれた。 とんでもないといったふうに私が社交辞令の言葉をひと言ふた言返すと、 「その代わり今度、ランチおごってよね」 と鼻筋にくしゅっと皺を寄せて笑顔をよこす。交換条件としては悪くなかった。 「それじゃあ、お言葉に甘えて、お先に失礼します」 「どっちが甘えてんだかわかんないけどね。お疲れさま」 先輩の手が私の肩をぽんと叩いたとき、微かに柔軟剤の香りが漂った。 オフィスフロアを出て、給湯室を過ぎたところに男子トイレがある。壁を挟んだ隣が女子トイレだ。 私はいちばん奥の個室に入り、下腹部の不快感をぜんぶ水に流した。おりものシートを交換して個室を出ると、ちょうど入れ替わりで何人かの女子社員とすれ違う。 「お疲れさまでえす」 「お疲れさまあ」 洗面台の鏡越しに、とくに中身のない会話を数回交わしたあと、私は一階にある女子更衣室で着替えを済ませて退社した。 『あ………………………』 外はすっかり夕暮れのオレンジ色に染まって、空気にも少しだけ冷たいものを感じるくらい、着実に秋が深まっていることを知らされる。 ここ三日ほど残業が続いていたので、この時間のこの景色を見るのは三日ぶりということになる。 人口密度の高い街といっても、身構えなきゃいけないほど都会でもないし、誰彼かまわず声をかけてくるようなイヤシイ人も少ないからよっぽど住み易い。 だけどときどき刺激が欲しくなるのは、『彼氏いない歴』をだらだらと更新しているせいかもしれない。 かれこれ数ヶ月くらいは浮いた出来事もなかったけれど、いますぐ結婚したいとも思わなくなってきているのも事実。 興味本位で参加してみた婚活パーティーでも、私の左手薬指に適う相手は見つからなかった。 来年で二十七歳を迎える独女です──なんて名刺に書くわけにもいかず、「出会いがないから」的な言い訳でお茶を濁す毎日。 ふと、道路を挟んだ向こう側で信号待ちをしている女子高生を見て、私にもあんなに輝いていた時期があったんだなあ──なんておばさん臭い感想が頭をよぎる。 歩行者用の信号が赤から青に変わるタイミングで、老若男女さまざまな人の雑踏に溶け込むように、私はふたたび帰途をたどりはじめた。 『あ………………さ……』 噴水のある公園のそばまで来た時点で、膀胱のあたりがそわそわする感覚が蘇ってきた。 ついさっき会社のトイレで済ませてきたばかりだというのに、今日は少し体調が変だなと、軽くお腹をさすった。 気温が下がってきているせいもあるし、年齢的なホルモンバランスの乱れが関わっているのかもしれない。 そうやって適当な理由を思いつくままに並べながら、私は公園の様子をぐるりと見まわした。 ベンチの下にスナック菓子らしきものが落ちていて、たくさんの雉鳩(きじばと)がそこに群がっている。小さな女の子が面白がって自分のおやつをあたえているようだ。 化粧気の少ない母親の顔は穏やかにほころんでいるし、どうやらお腹にはすでに二人目が宿っているらしく、バストの膨らみよりもそっちのほうが目立っている。 まったく別の場所では、スーツ姿の若いサラリーマンが携帯電話で何事かを話しながら、謝罪の仕草をくり返しくり返し、ハンカチで額の汗を拭っている。 次に視線を移したとき、自分の探し物は見つかった。 普段はあまり利用しない公共トイレの敷居は高い。暗い、狭い、汚い、だいたいその三つのうちのどれかが当てはまるからだ。 けれども今回は例外だった。施設の外壁はまだ真新しいクリーム色をしているから、きっと改修工事か何かをして間もないのだろう。それだけでもかなりプラスの印象を受ける。 そうして女子トイレの入り口の前まで来た瞬間、私は残念な表情をしなければならなかった。 『清掃中』の立て看板が入り口を塞ぎ、可愛らしいキャラクターがこちらに向かって申し訳なさそうに頭を下げていた。 まったくツイてないな──。 そんな不測の事態を回避すべく、私の足はもうすでに次の行動に移っていた。 多目的トイレの表示がすぐ隣にあったので、扉のそばまで進み、まずは先客がいないかどうかの確認をすることにした。 幸い、『使用中』のランプは点灯しておらず、それでも一応ノックだけはしてみた。 こつこつと二度ほどノックしてみたが、なんの反応も返ってこない。 私はその重い扉を横にスライドさせて、中に入るとすぐにロックをかけた。そうして便座に腰を落ち着かせてみたけれど、一人で使うにはあまりにも広すぎるその空間に違和感をおぼえ、出るものも出なくなった。 誰もいないはずなのに、誰かに覗かれているような感覚がある。 壁には耳、天井と床には無数の目が存在しているみたいで、それはたぶん盗聴盗撮の気配を感じるときのものだろうと思う。 そんな迷惑行為がビジネスとして成り立っていることも承知している。ネットを見れば一目瞭然だ。 十八歳にも満たない少女たちの性が盗まれ、二十代、三十代の女性へと飛び火する。 つい最近も、私が勤める会社から近距離にある路地に連れ込まれた女子高生が、何者かに乱暴されたうえ、所持品を奪われるという卑劣な事件があったばかりだ。 犯人の男はまだ捕まっていないということだから、この近辺に潜んで次のターゲットを狙っているとも限らない。 考えたくもないことが次から次へと浮かんできて、だんだん頭の中身が沸騰してくるのがわかる。 妄想がエスカレートするにつれ、うっかり、有り得ないことにまで考えが及んでいた。 だいじょうぶ、盗撮なんてただの錯覚──。 私はかぶりを振って冷静になろうとした。次にここを利用する人が、扉の外で待っているかもしれない。 どこを見つめるでもなく空中に目を向けたまま、私は用を済ませてトイレットペーパーを巻き取った。 エチケットのあとに立ち上がり、ショーツとパンティストッキングをスカートの中に収め、便器の水をちらりと見た。 尿の色がいつもと少し違う気がしたけれど、あまり深くは考えないでおこうと思った。 忘れ物がないかだけ確認していると、すぐ近くで犬の鳴き声が聞こえた。 雰囲気から推測するとして、かなりの興奮状態ではあるが、ポメラニアンあたりの小型犬に違いない。 それじゃあ飼い主はというとどうだろう、絵に描いたような富裕層の奥様が、コケティッシュなベビーカーを押している姿が目に浮かぶ。 果たして何に対して吠えているのか、私がトイレを出たときにはもう犬も主人もいなかった。 * つづく
12/12/07 14:25
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綺愛蘭
2
外の空気を胸いっぱいに吸い込んで、並木の下の歩道を歩き出す。脚や頬を撫でる風がまた少し冷たくなった気がする。 こんなことなら今朝、アパートを出るまえにストールを持参するんだった。それさえ省けば、ほかは大して後悔しそうな格好ではない。 温かいものを飲みたい気分ではある。 『あ……は………さ…る』 帰宅途中にいつも立ち寄る場所があり、そこの女性スタッフの話によれば、そろそろ秋の季節メニューがお目見えするということだった。 コーヒーとベーカリーの店で、四十代後半ぐらいの男性店主がわざわざ海外から取り寄せたレコードプレーヤーの上では、毎日ちがうレコード盤がまわっている。 ぜひとも、私がお婆ちゃんになっても続けていて欲しい、そう思わせてくれるアットホームな雰囲気がたまらなく好きなのだ。 ほらもうすぐそこに、目印のトーテムポールが見えてきた。いくつもの木彫りのマスクが縦一列に連なった、コーヒーショップには不釣り合いな代物だ。 私のブログには度々登場する、言わばマスコット的な役割を果たしている人気者。 「いらっしゃいませえ」 と言ったのはトーテムポールではなく、愛想の良いアルバイトの女の子だった。 店内に入るなり、焙煎したコーヒー豆のいい香りと、食欲をそそる自家製パンのふくよかな匂いに包まれる。 客のほとんどが女性ということもあり、異性に気兼ねなく大口を開けて談笑する人もいれば、食べきれないほどのパンを取り分けて、これまた大きな口でかぶりつく人もいる。 何人かの視線が私を射抜いたような気がしたが、その目から興味の光が消えるのも早かった。 男性客は一人のようだ。大学生風のその彼は、女性だらけの店内で完全に浮いてしまっている。 その背中を横目で見送ったあと、私はカウンターで飲み物を注文した。マロン風味のホイップが乗った、秋にしか味わえない大人のラテだ。 サイフォンがぶくぶくと音を鳴らし、レコードプレーヤーからは懐かしい曲が流れてきた。 昔付き合っていた彼氏がよく聴いていたので、これがビートルズの曲だということを私は知っている。 洋楽音痴な私のために、彼らがどれだけメジャーなロックバンドであるかを、当時の彼は熱心に話してくれていた。 その隣で私は彼の言葉に相槌を打ちながら、きっとこの人と結婚するんだろうなと、淡い妄想を抱いていた。 結局その彼とは結婚しなかった。唐突な別れだったのだ。 価値観の不一致、というのが双方の言い分だったような気がする。心の傷はイーブンだったのかどうか、そんな冗談が浮かぶようになったいま、もうどうでもいい過去の話だと思った。 飲み物を受け取ると、歩道が見渡せる窓側の席に私は座った。 簡素なカフェテラス席もあるにはあるけれど、そこは喫煙者用になっていて、煙草を吸わない私には無縁のエリアである。 コーヒーカップを口まではこび、栗の香りがする泡ごと一口啜った。 おいしい──。 マロンクリームの濃厚な甘味とエスプレッソの苦味が口中にひろがり、喉を通っていく温度が消えないうちに息をつくと、豆本来の芳香が鼻から抜けていった。 コーヒーを語るつもりはないけれど、この一杯が私の気持ちをしあわせにさせたのは事実だった。 今度はバッグの中を探って携帯電話を取り出した。未読のメールに目を通し、てきとうなアプリを起動させて、人生でもっとも無駄な時間を費やすことにした。 一見無駄に見えるこの時間こそが、人が生きていくうえでじつに重要な意味を持っているのだと、どこかの大学の偉い教授が吹いていたような気がする。 そんなときに着信があった。 「もしもし、歩美?」と電話の相手に私は言った。 大学時代の友人の中でもとくに仲の良かった彼女は、今年の六月に結婚したばかりの新妻だ。いわゆるジューンブライドというやつ。 「おみやげ渡したいんだけど、いつ会える?」 新婚旅行から帰ってきたから、積もる話もあるという彼女。 「まったく歩美ったら、しあわせそうな声出しちゃって」 「こんな声で良ければ、いくらでも聞かせてあげるよ」 つい先ほど、一杯のコーヒーから得られた私のしあわせとは次元のちがう幸福を、彼女は手に入れることができた。 しあわせの度合いや感じ方は人それぞれあるけど、女のしあわせはやはり、結婚して出産することに尽きる。 友人の長電話の相手をさせられながら、私は店の外をちらちらと眺めていた。 ちょうど歩道側に正面が向くかたちで座るこの席は、足元までがガラス張りになっている。 つまり、いまの私のようにスカートを履いた女性が座れば、道行く男性らの視線を集めることになる。 あの人も、あっちの人も、みんな私の脚に下心を引き寄せられて、スカートの奥を見透かそうと首をねじっている。 その様子が滑稽で、可笑しくて、男心を手のひらの上で転がしている気分になった。 それができるのは女だけだったりするわけだから、ちょっとしたゲーム感覚というのか、『駆け引き』がしたくなる。 「いまね、窓側の席でコーヒー飲んでるんだけど、外を通ってく男の人がみんなあたしのほうをチラ見してんの」 私は電話の向こうの歩美に言った。そうやって通話しながらも視野を広め、下着が見えるか見えないかのボーダーラインを見極めた仕草で、彼らのハートに訴えかける。 「人妻には人妻の良さがあるんだから、はやく落ち着くところに落ち着いたらどう?」 と歩美。その通りだと思う。 ふとした瞬間、背中で誰かが笑ったような気がした。陰湿な性質を持った、とても不気味な感覚。 私は警戒心をお腹に込めて、後ろを振り返った。 ここに来たときと変わらない風景があるだけで、不審な点はどこにもない。スタッフにはスタッフの、客には客の営みがあるだけだった。 「もしもし?聞いてる?」 返事をしない私を心配して、歩美の呆れた声がしていた。どうやら少しのあいだ、彼女の独り言になっていたようだ。 「あ、ごめん。なんでもない」 私は平静を装いつつ、今日はさっさと帰ったほうが良さそうだなと直感した。 思わぬところで水を差されたかたちになったけど、どうもやっぱり体調が優れない。 ここでも化粧室を借りることになった。泌尿器が衰えてきているのか、子宮や排卵の状態を疑えばいいのか、いずれにしても病院で診てもらったほうがいいようには思う。思うけれど、体裁が気になって行きづらい。 もう少し様子を見よう──。 私が店を出ようとしているとき、ただ一人の男性客は相変わらず浮いたままで、耳にイヤホンを詰めて俯いていた。 * つづく
12/12/07 14:51
(M2zqImRn)
投稿者:
綺愛蘭
3
トーテムポールに別れを告げ、薄暗くなった道を駅に向かって歩いた。 『あ…たは…イ…さ…る』 きれいな真円を描いた月にもほんのりと明かりが灯り、働き者の兎がぺったんことお餅をついている。 あちらの世界では労働基準法などの心配もないのだろう。人間の私はたったの三日残業がつづいただけでもう懲り懲りなのに、彼らは夜通し働きつづけているわけだからとても適わない。 ひとしきり月と兎に思いを馳せて、短い月面旅行は終わった。 一方の地上ではせわしい人波が寸分のところで交わり、それが駅の改札を挟んだあちらとこちらで渦を巻いていた。 電車はダイヤ通りにホームへ入り、それに連動するような人の流れもじつに機械的で、誰もが行と列から抜け出せないでいる。 私自身もその中の一人だと自覚している。ズレては修正、ズレては修正の繰り返し。 それはとても単純な作業に見えて、しかしそこに自分を見失ってしまうかもしれないという落とし穴が潜んでいる。 私は私、他人は他人、深く干渉しなければすべてうまくいく。けれどもやっぱり干渉してしまうのが人間なのだろう。 私は女性専用車両に乗り込み、押し詰め状態の中でどうにか吊革を握った。 加齢臭とまではいかない年齢臭だったり、デリケートな香水の匂いでむせ返す車内。 右を向いても女子、左を向いても女子、だからとうぜん姦しい。 次の駅を告げているであろう車内アナウンスも、何を言っているのかまったくわからない。 何人かの視線が私に向くので見返してやると、なんだ人違いか、といった具合に誰もが無関心を露わにする。 紛らわしくてどうもすみません──。 地下鉄の車窓に景色はなく、私は中吊り広告の文字を目で追っていった。 女性ファッション誌には目新しい特集はないようだ。 女性週刊誌はどうだろう。ここ最近の時事の動向ぐらいは頭に入れておいたほうがいいように思う。 『名門女子高校生レイプ事件の真相とミステリー』、これに関してはまだまだ明らかになっていない謎が多く残っているらしい。 『脱法ハーブ市場にメスを入れる』、関わるつもりもないし、とくに興味はない。 『遅咲きの歌姫、有栖川美玲(ありすがわみれい)が売れるわけ』、特異な経歴を持つシンガーソングライターの彼女は、知名度こそまだまだ低いけれど、とくべつな思いが私にはある。 あとは似たり寄ったりのゴシップネタばかりが目立つ。 そんなふうに電車に揺られながら、私はもう明日のことを考えていた。会社の早朝ミーティングで使う資料をファイルしたり、エクセルやパワーポイントのチェックをやらなければならないからだ。 社外秘のデータだからアパートに持ち帰って作業するわけにはいかない。ようするに誰よりも早く出勤して、単独でそれらを行わなければならない。 朝は何時に起きようか、何時に就寝しようか、視たいテレビもあるし、お風呂は、夕飯は──。 どれもこれも疎(おろそ)かにできないことばかりで、結局なにひとつ結論を出せないまま下車駅に着いてしまった。 『あ…たはレイ…される』 水面から顔を出して息継ぎするように地下から地上に出た私は、すっかり陽の落ちた暗がりの中に浮かぶネオンサインだけを頼りに、立ち止まることなく歩きつづけた。 駅から離れるにつれ、人の流れもますます枝分かれしていく。 駅まで歩いて十五分、コンビニエンスストアまでは徒歩五分、間取り云々、陽当たり良好──不動産屋で言われた通りのアパートだった。だからこのペースであと十分も歩けば帰宅できる。 そうして警戒心が解けてきたときだった。私とおなじ方向に向かう足音が背後にあった。 いったいいつからそこにいたのか、気付かずにいたのが余計に不気味さを増す。 距離を詰めるでもなく、一定の歩幅で私の後を追ってくる足音。その間に何人かの歩行者とすれ違うが、足音の主は相変わらず規則正しいリズムを刻んでいる。 やがて三叉路に差し掛かるとカーブミラーを見つけた。そこに映り込んだ自分が通り過ぎたあと、怪しい人影が追ってくるのが見えた。 パーカーのフードを深く被り、両手をポケットに突っ込んで猫背歩きをする男性だった。 私は後ろを振り返らない。怖くて振り返れないと言ったほうが正解かもしれない。歯が浮いて、唇が乾き、手汗と脇汗が私の心理を代弁している。 知らず知らずのうちに自分の歩くペースが速くなっていることに気づいた。私のパンプスの音に重なるように、男性の靴音のペースも上がる。 一瞬だけ肩が縮み上がった。どうやら彼は私に用があるらしい。その用とはいったい何なのか、少なくとも友好的な内容でないことはわかる。 私はバッグから携帯電話を探り出し、いつでも警察に通報できる準備をした。 そしてそのまま早歩きを継続すると、後ろの人物も遅れまいと早足でついて来る。 これはもう猥褻(わいせつ)目的で決まりだと思った。 脳裏でひらめくものがあり、それが私の記憶を瞬く間に幼少期へと遡らせていく。 あれは確か小学生の高学年の頃の出来事だった。クラスの女子だけが視聴覚室に集められ、そこで密かに行われたのが初めての性教育だったと記憶している。 生理と排卵と妊娠、それに避妊についての知識をそこで得た。 コンドームやピルがどういうものなのかや、セックスやオナニーなどの性行為にまで先生の話は及んだ。 聞いていたみんなの表情は一つに定まらず、好奇心と羞恥心が入り混じったような顔色をしていた気がする。 これからレイプされるかもしれないというこの状況で、なぜ私の脳はそんな昔の記憶を引き出してきたのかわからない。 乱暴されることを前提に、子宮だけは汚されてはならないと仄めかしているのだろうか。 「あの」 背中で男性の声がした。心臓が止まりそうになる瞬間だった。 その声にかまわず私が歩きつづけているところに、 「すみません」 と彼は更に言葉を発した。とうぜん無視である。立ち止まって得することなんて有り得ないからだ。 人通りの途切れた道の前方に踏切が見えてきた。ここを渡らなければアパートには帰れない。 悪いことは重なるもので、ちょうど赤い警告ランプが点滅しはじめ、遮断機が下りてくるところだった。 私は口から苛立ちを漏らす。そうして踏切のそばまで辿り着き、待ちぼうけの格好で足踏みしていると、 「やっと追いついた」 とふたたび男性の声がした。 恐る恐る振り返る私。辺り一面が赤く点滅しながら私を取り囲んでいる。 道路の五メートルぐらい先に、一人の男性が立っていた。 私は唾を飲み込み、完全に正面を彼のほうへ向けた。 そのとき、踏切内の線路上を勢い良く列車が通過した。風圧に煽られた髪がうるさく靡(なび)いて、スカートの裾が太ももを撫でる。 彼はまだパーカーのフードを深く被ったままで、いったいどんな顔立ちをしていてどんな表情を作っているのか、何一つ掴めない。 背は高く、がっしりとした体格が動物的な威圧を感じさせている。 靴はスニーカーを履いていた。その足がゆっくりとこちらに踏み出され、二人の距離は刻一刻と狭まっていく。 私はできるだけ気持ちを強く保ち、場合によっては悲鳴をあげるつもりでいた。 電車が通過したあとも、遮断機が上がる気配はなかった。反対側からも電車が来るからだろう。 そしてついに私たちは近距離で対面した。身長差がある分だけ私が見上げるかたちで、彼は私を見下ろしている。 それからパーカーのポケットに突っ込んでいた両手を抜き出し、右手でフードを外した。 * つづく
12/12/09 17:50
(iyDPFXO2)
投稿者:
綺愛蘭
4
まったく面識のない顔だった。ギザギザに尖った短髪頭に、濃いめの顔立ちをした二十代半ばくらいの青年のように見える。 「あなたですよね?」 彼は唐突にそんな台詞を言った。 私は目を大きく見開き、 「なにがですか?」 と強い口調で返した。 すると彼は左手を私のほうへ差し出した。何か持っている。 「これを落としたのは、あなたですよね?」 どこかで聞いたことのある台詞だった。四角くたたまれたハンカチが彼の手にあった。 それを見て私は自分のバッグを探り、 「それ、あたしのハンカチ……」 と私物であることを認めた。 でも、どこで落としたんだろう。とりあえずここは彼に感謝しておかなければいけない。 「すみません、ありがとうございました」 不審に思いながらも、私は彼からハンカチを受け取った。 「あの……」 どこに落ちていたのか尋ねようとすると、彼は無言で踵を返し、またフードを深く被ってそのまま立ち去って行った。 電車の音が遠ざかり、遮断機が上がる気配があったけれど、私はしばらくその場に立ち尽くしていた。 さっき彼が放った台詞をもう一度思い出してみた。 「これを落としたのは、あなたですよね?」 青年はそう言っていた。あのとき彼が拾ってくれた物がガラスの靴だったなら、少女漫画みたいなシンデレラストーリーが始まっていたかもしれない。 しかし私はすぐにがっかりした。新しい恋ができそうな予感を裏切られたからではなく、いい歳をしてそんな夢をいつまでも見ている自分自身にである。 それにあの青年の年格好にしても、私の理想とする紳士的な人とは程遠い。 唯一の救いは、産婦人科のお世話になるような事件や事故に巻き込まれずに済んだことぐらいか。 緊張して損しちゃった。帰ってビールでも飲みますか──なんてことを決意表明する独女。 いまならノンアルコール飲料でも酔えそうな気がしたが、体がアルコールを要求していた。 途中のコンビニエンスストアで缶ビールと惣菜を買い、無愛想な店員と決まり事の言葉を交わし、店を出て、今日も色気のない一日だったなと細いため息をつく。 こんなときに誰かがそばにいてくれたら、一緒に夕飯を食べてくれる相手がいたら、仕事の愚痴を聞いてくれる同居人がいたら──そんなことばかりが私の脳内を占めていた。 『あなたはレイプされる』 通い慣れた道、見慣れたアパート、明かりの消えた部屋のドアの前、私は鍵穴に鍵を挿し、ゆっくりと手首を半回転させた。 シリンダーが動く手応えがあり、空き巣に入られた形跡がないことを確認しつつ、ドアを開けて中に入る。 玄関の壁のスイッチを探って明かりをつけると、朝出かけたときと変わらない室内が照らし出された。 トイレも、バスルームも、衣装ケースの中の下着類にも異変はない。 変質者がこの近辺を徘徊しているという噂を何度も聞いていたので、以前よりもそれなりの用心をするようになった。 定時で会社を出られたおかげで、今夜は少し長めの半身浴ができた。 湯上がりにたっぷりの保湿クリームを全身に塗り延ばし、鏡の前で乳房のかたちをチェックしながら、肌は嘘をつかないなと今更思った。 それでもなんとなく自分の裸に萌えてしまう私。一度履いたショーツを太もものあたりまで下ろし、薄めのアンダーヘアに視線を落とす。 そこを指先で軽く撫でてやると、一本一本の縮れた感触が微妙につたわってくる。 けして快感を得るほどはいじらない。いままでの経験上、それをしてしまうと指が止まらなくなるからだ。 性欲よりも食欲が優先しているうちにさっさと部屋着を着て、出来合いの夕食で胃を満たした。 カロリーだってちゃんと考えてある。会社の帰りに買った缶ビールにしても、ほんとうのビールではなく、じつはカロリーを最小限に抑えたアルコール飲料だったりする。 けれども今日は酔えなかった。朝は普通に出勤し、お昼休みを終えたくらいから体調はずっと下り坂だったような気がする。 トイレに行った回数も多かったし、誰かの囁きみたいな耳鳴りがしていたのも気になるところではある。 お昼は会社の同僚といつもの定食屋で唐揚げ定食を食べて、午後の休憩時間には他部署の人から差し入れてもらったお茶菓子をつまんだ。 いずれかのタイミングで毒でも盛られたのだろうか。 そもそも毒ってなに?二時間枠でやっているサスペンスドラマみたいに、善人の顔をした悪人がいて、リーズナブルな毒があったとする。だとしても私との接点はない。 セクハラやパワハラの気配も感じない職場で、誰もそんな発想にはならないだろう。 すっかり空き缶と化したアルミと惣菜容器のプラスチックを分別し、赤いフレームのおしゃれ眼鏡をかけてテレビを視る。 これがなかなか面白い。夏の連続ドラマはどの局もハズレばかりだったけれど、秋のドラマはアタリが多い。 私はいつものように抱き枕にまたがり、ストーリー展開次第でそれをぎゅっと抱きしめたり、ぽんぽんと叩いたり、顔を埋めて泣いたりする。エッチなこともたまにする。 二十二時まであとちょっとだ。三十二型液晶テレビのスピーカーから、聞き覚えのある歌声が流れてきた。 主題歌を歌っているのは有栖川美玲。彼女の人気が高まれば高まるほど、私はどうしようもなく嬉しくなる。 がんばれアリス──と私は彼女の成功を願う。 そろそろとベッドの上に移動して、ホットアイマスクを着けた。 およそ十分ほどで蒸気の効果は消える。それまではこうやって女の子座りをしたまま、何も考えずにただ時間が過ぎるのを待つだけだ。 そう、何も考えないつもりでいた。瞼が蒸気で蒸されて、じんわりと熱くなってくる。 会社を出てから帰宅するまでに起きた数々の奇妙な出来事が、瞼の裏に浮かんでいる。 重要だと思っていたことが些細なことだった気もするし、逆に些細なことが重要な意味を持っていたような気もする。 そんな疑念を晴らそうとすると、頭の中で危険を知らせる警報が鳴り出した。偏頭痛よりも気味の悪い痛みだった。 不快感から解放されたくて、私はまだ温かいままのホットアイマスクをそっと外した。 目の疲れは適度に解消されていたが、商品価格分の効果は得られていないようだった。 そうして改めて部屋の中を見渡すと……果たして警報の原因がそこにあった。 もう何年も寝食を過ごした自分の部屋だというのに、そこに得体の知れないものが加わるだけで、まるで他人のテリトリーに踏み込んでしまったような錯覚に陥る。 ここにいてはいけない──とまた警報が鳴った。 しかしもう手遅れだった。私は布のようなもので口を塞がれ、もがきながら空気を吸い込んだ瞬間、そこですべての感覚を奪われてしまった。 後頭部のあたりから暗闇に食べられていくように全身が重くなり、上半身、下半身と、やがて私の存在を食べ尽くした。 * つづく
12/12/09 18:12
(iyDPFXO2)
投稿者:
熟便器
つ続きを( ´△`)
12/12/10 00:14
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