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1:可愛い弟子 30
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タカ
◆mqLBnu30U
世の中に、こんな人間がいるなんて信じられない・・・。
ドアを開けた瞬間から、危険な匂いを感じてはいた。 『そのガキも連れて行けよ。』 出掛けにトリヤマから、そういわれたとき、わたしはそれをめずらしいこととは思わなかった。 誰もこの子の面倒なんてみたがらない。 ひとりにするほうが心配だったから、仕事に出掛けるときは、いつも一緒に連れて行った。 トリヤマも、最初の頃は渋い顔をしていたくせに、泣き出したこの子をあやすわたしを犯したがる男たちが意外と多くいるとわかると、文句をいわなくなった。 ミルクをあげたり、おしめを替えたりしながら、わたしは犯された。 母乳なんか出もしないのに、乳首に吸いつかせたがる男たちも多くいた。 誰もがみんな、この子の世話をするわたしを面白がって弄んだ。 だから、この子を一緒に連れて行くことなんて、全然めずらしい事なんかじゃなかった・・・。 蛇のような冷たい目で見下ろしていた。 はじめて指名してきた客だった。 アイツはわたしをひと目見るなり、にやりと口元を歪めて笑った。 視線は、すぐに腕の中で眠っていたあの子に落とされた。 薄気味悪い笑みに嫌な予感を覚えた。 あの子をベッドに寝かせるなり、すぐに裸にされた。 じっくりと眺める人が多い中でめずらしいタイプの男だった。 危険な匂いを感じていたから、されるがままになっていた。 わたしを裸にしてしまうと、自分の唾で濡らしただけで無造作に入れてきた。 横柄な態度はめずらしいことじゃなかったけれど、まったく観察をしないことに訝しさを感じてはいた。 わたしを買う男たちは、物珍しさからしばらくは目で犯す。 隅々まで眺めてから、最後に指で開いて、性器の奥をじっくりと確かめる。 全然できそうにないスリットの奥に暗い空洞を見つけて、悪魔の笑みを浮かべる。 その穴を無理矢理塞ぐ自分の姿に酔い痴れ、それから思いつくままに嬲りはじめる。 ほとんどの男がそうする中で、あの男はそれをしなかった。 なにか違う目的があるのかもしれない。 うつ伏せでお尻から犯されながら、わたしはぼんやりとそんなことを考えていた。 堅くなったものを何度も奥深くまで差し込まれた。 ぐいぐいと入れてきて、それはまるで動きを封じるために楔を打ち込もうとしているかのようだった。 髪を鷲掴みにされ、乱暴に唇を貪られているときに、不意に口移しで何かを飲まされた。 力ずくであごを掴まれ、吐き出すことはできなかった。 あいつは、わたしの口を塞いだまま、激しく腰を叩き続けた。 ニヤニヤと笑うあいつを下から眺めているうちに、次第に皮膚の感覚が敏感になっていき、逆に意識はぼんやりとかすむようになって、なにか得体の知れないクスリを飲まされたと気付いたときには遅かった。 やがて自分を制御することができなくなり、何度も深い波に呑み込まれて、わたしは途中で意識が途絶えた・・。 次に目覚めたときは、床の上に転がされていた。 ひどく頭が重くて、どこにいるのかもすぐには思い出せなかった。 ゆっくりと辺りを見回して、ぼんやりと向けた視線の先にあの男がいるのに気付いて、まだ部屋の中であるのを知った。 あの男は、ベッドの脇に膝を付いていた。 両手になにかを握り締め、しきりに黒い頭を上下させていた。 初めは何をしているのかも、わからなかった。 徐々に意識がはっきりしだして、あいつの手に握っていたものが、あの子の足だとわかったときは叫ぶより先に身体が動いていた。 あいつは、裸にしたあの子のか細い足首を握って、股間に顔を埋めていたのだ。 なんてことを! まだ、こんなに小さな子なのに! まだ、赤ちゃんでしかないのに! なんて恐ろしいことを! 「やめてっ!!!」 フラフラと足元のおぼつかない身体で力の限りぶつかって、すぐにあの子を奪い返そうとした。 「どけよ・・・」 けれど、取り戻す暇もなく、髪を掴まれて引き離された。 わたしを見おろすあいつの目は普通じゃなかった。 怒りに顔が豹変して歪みきっていた。 「どけっ!!」 髪を掴まれたまま、もの凄い力で振り回されて壁に叩きつけられた。 したたか頭を打ち付けて意識を失いそうになったけれど、目を閉じたりはしなかった。 「邪魔すんじゃねえよ・・・」 あいつは、わたしを見おろしながら、床に落ちていたジャンパーからナイフを取りだしてそれを見せつけた。 「コレはもらっていくからよ・・・。俺が仕込んでやるよ・・・。初モノは俺がいただくんだ・・・。へへ、最年少記録にチャレンジしてやる・・・。面白えオモチャに仕込んでやるからな・・・。赤ん坊を連れてくる蝶がいるとは聞いていたが、まさか本当だったとはな・・・。おかげで面白いもんが手に入ったぜ。安心しな・・。大事に育ててやんよ・・。ちゃんとド変態の淫乱メス犬にしてやっからよ・・・・。」 あいつは声を出して笑った。 人間とは思えない薄気味悪い笑いだった。 人の心をなくした化け物がそこに立っていた。 「だから、俺の邪魔すんじゃねえよ・・・。今度邪魔したらマヂで殺すぞ・・・。」 髪を掴まれて、仰け反らせる首筋にナイフを押し当てられた。 チリチリと鋭い刃先が薄い皮膚をわずかに裂いた。 「許してください・・・・この子だけは許してください・・・」 精一杯憐れみを乞うように涙を流して懇願した。 膝を付いて、すすんでペニスを口にしていくと、あいつは勝ち誇ったように薄ら笑いを浮かべた。 「ふん、馬鹿ガキが・・。最初からそうしてりゃいいんだよ・・。そうやってテメエはしゃぶってろ・・。こいつはまだ使えそうにねえから、取りあえずお前の口の中に出してやんよ・・。俺が舐めてる間、しゃぶり続けてろ・・・。」 あいつは、わたしを脅したら何もできなくなる普通の女の子だと思い込んでいたのに違いない。 手荒な客なんていくらだっていた。 誰もわたしたちを人間としてなんか扱ってくれない。 油断したのが命取りよ。 また、あの子の足首を掴んで拡げようとした。 させるはずなんてなかった。 あいつの手にはナイフが握られたままだったけれど、怖くなんてなかった。 『てっ!おい!・・ぎゃあぁぁあぁぁっ!!!!』 食い千切るつもりで噛みついていた。 本当に噛み切ってやろうと思った。 こんな奴がいるから、わたしたちはいつまで地獄から抜け出せない。 こんな奴らのせいで、わたしたちは人間として生きていくことができない。 すべての恨みをあいつにぶつけていた。 鋭い衝撃がこめかみを襲った。 ナイフの柄で殴られていた。 意識を失いそうになったけれど、わたしはそれにも耐えた。 「い、痛えよっ!!助けてくれ!」 わたしは我慢したのに、あいつは我慢できなかった。 無様に床の上をのたうち回っていた。 血まみれになった股間を両手で押さえながら、涙まで流して助けを求める姿は、憐れというより滑稽でしかなかった。 ナイフなんか持っていたって、それを使う勇気なんてありはしない。 所詮、こいつ等なんてその程度でしかない。 床に落ちていたナイフを拾いあげた。 こめかみを殴られても、わたしは我慢できたのに、あいつは痛さのあまり放り投げたのだ。 噛み千切ってなんかいなかった。 たぶん歯形がちょっと残っただけだ。 それなのに大騒ぎして、なんて情けない・・。 目の前を泣きながら入り口に向かって這っていくあいつを見おろしていた。 まるで芋虫みたいだった。 こんな奴、人間なんかじゃない。 虫以下の価値もない。 躊躇いなんてなかった。 背中に馬乗りになって、ナイフを握る両腕を振り上げた。 「お前なんか消えちゃえっ!!」 振りおろした手に、肉が食い込む感触はなかった。 だから、何度でも振り下ろすことができた。 あいつは這い回りながら必死に逃げようとしたけれど、わたしはどこまでも追いかけて刺しつづけた。 視界が真っ赤になっても、全然気にならなかった。 声も出せなくなって、必死に腕を伸ばしながら逃げようとするあいつが面白くて仕方なかった。 「いなくなれっ!いなくなれっ!いなくなれっ!」 本当に消えてなくなってしまえばいい。 それは、自分に向かっていっていたのかもしれない・・・。
2015/05/06 22:50:57(mGZ6plbY)
投稿者:
タカ
◆mqLBnu30U
「どうだ?」
署内の喫煙室でタバコを吸っていたシンドウに声を掛けてきたのは、あの捜一の刑事だった。 シンドウは、俯きがちに小さく首を横に振った。 「だめだ・・。ひと言もしゃべらない・・。」 「けっ!ガキのくせにカンモク(完全黙秘)かよ!」 忌々しげな顔をしながら、捜一の刑事が吐き捨てるようにいった。 ホテルでの陰惨な事件から三日が経っていた。 確保した少女は、その日のうちにすぐに病院へ連れて行き、検査した。 右側頭部の殴打痕と、首筋にあったわずかな切り傷、それにナイフを振り下ろしたときにできたと思われる裂傷が両の手のひらに何カ所かあったが、それ以外に特別大きなケガは確認できなかった。 発見されたときの状況がひどかっただけに、たいしたケガがないとわかって束の間安堵した。 だが、問題は目に見えない心の傷のほうだった。 少女は、まるで生きる力を失ったかのように瞳に光が戻ってこなかった。 魂が抜け落ちてしまっている。 ぼんやりと虚ろな眼差しを一点に向けるだけで、感情というものを表情に出さない彼女の姿は、まさに心が壊れているとしか表現のしようがなかった。 今は、大事を取って警察病院に入院させてあった。 「あのガキは人を刺したんだぜ。手ぬるいことやってねえで、さっさと吐かしちまえよ。それとも、やっぱうちで面倒見るか?」 事件から三日が経っても、なにひとつ有力な情報を得られていなかった。 コロシ、という荒事を専門に扱う捜一のデカからすれば、腫れ物に触るような少年課の対応は、「なまぬるい」としか目に映らなかったのだろう。 「冗談はやめろ。お前さんたちの所に連れて行ったら、それこそ本当に壊されちまう。アンタらにはアンタらのやることがあるんだから、こっちのほうは任せてもらいたいもんだ」 たとえ12歳以下でも、刑事犯の場合は強行班係で取り調べを行うことができる。 「けっ!少年課ごときがなにをえらそうに!お前らの調べなんか待ってたら、いつまで経っても調書なんか作れやしねえよ!」 「どうせ作文なんだから、事実なんかお前さんたちには必要ねえだろ?」 そうだ、こいつ等の作る調書なんか、すべて誘導によるねつ造だ。 自発的な調書なんか、ほとんどありはしない。 「それより、あの子の素性はわかったのか?」 面白くなさそうな顔をする刑事に、今度はシンドウが訊ねた。 「ああ?あのガキの身元か?はぁ・・・、それがわかったら、お前の所になんか来やしねえよ。どうやら、あのホテルは初めてだったらしいが、他のホテルに照会したら、やっぱりあのガキはトランクケースを持って何度か現れていたらしい。だが、フロントにチェックインしてるわけじゃねえから、手掛かりらしいものは何も残ってねえんだ。」 ぼやくように刑事はいった。 「押収品からは?」 「そっちもだめだ。服とオモチャ以外に目立ったものは見つかってねえ。取り敢えずトランクの入手先を今調べさせてるところだ」 「じゃあ、あの赤ん坊の身元もわかってないわけだ・・」 「そりゃそうだろう。病院のセンセーに調べてもらったら、生後一年ほどだそうだ。取りあえず他の奴らに産科のある病院をしらみ潰しに当たらせてるが、そっちも今んところは、かんばしい報告は上がってきてねえな。」 「誘拐の線は?」 「もちろん調べたさ。だが、ここ一、二年であの赤ん坊に該当するような届け出はなかった。」 「そうか・・・」 シンドウは考え込むようにじっと床を見つめた。 「なあ・・」 「あ?」 「お前さんの見立てでいいんだが、あの二人の関係はなんだと思う?」 「あの二人って、あの娘と赤ん坊のことか?」 「そうだ。」 少女の持ち物からガイシャとの関係はおおかた予想がつく。 売春婦と客だ。 信じられないことだが、それはこの刑事自身がシンドウに教えたことだ。 状況から推察しても、おそらくそれは間違っていないだろう。 わからないのは、なぜあの少女が赤ん坊を抱いていたのかだ。 売春目的なら、赤ん坊が一緒にいるは不自然だ。 どうして、赤ん坊を連れて行った? その理由がわからない。 「うーん・・そうだな。おそらく姉妹・・、そんなところじゃねえのか?」 刑事は自分の見立てを口にした。 「姉妹?」 推理としては妥当な線かもしれない。 あのふたりの年齢から考えてみても、そう判断するのが当然だろう。 しかし・・・。 「なぜ、そう思う?」 この刑事の見立てをすべて聞いてみたかった。 「なぜって、そりゃあ・・・まだはっきりとはわからねえがよ。あんな胸もねえガキの子供ってことはねえだろ?」 だよな・・・。 そう考えるのが本来なら普通だ。 「あの赤ん坊があの場にいた理由は?」 シンドウの質問に刑事はしばらく思案顔になった。 「まあ、これは憶測に過ぎねえんだが、おそらくあの娘と赤ん坊は日頃から一緒にショーバイしてたんじゃねえのか?ホテルからの目撃証言でも、あの娘が赤ん坊を抱いていたのは、今回が初めてだったわけじゃねえようだからな。」 「いつも赤ん坊連れだったのか?」 「らしいな。似たような子供を見かけたって証言は幾つもある。」 「どうして赤ん坊を連れて行ったんだ・・・。」 その理由が知りたい。 「それは、お前らがこれから調べるんだろうが。しかし、あの娘がショーバイのたびに赤ん坊を連れて行ってたのは事実だ。おそらく、なんらかの理由で預けることができなかったんじゃねえのか。まさか、あの赤ん坊までショーバイしてたわけじゃねえだろうからな。」 それを聞いて、シンドウは敢えて常識の範疇では考えられない質問をぶつけてみた。 「なぜ、いい切れる?」 「ああ!?おい、お前、まさか!?・・・」 刑事は驚いた目をシンドウに向けた。 しかし、すぐにため息を吐くと、思い直したようにつぶやいた。 「まあ、あの娘のやってたことを思えば、そう考えても不思議はねえか・・・」 少女売春。 物的証拠や状況から推測できるように、あの少女がホテルへ身体を売りに行ったのは、まず間違いない。 彼女が運び込んだトランクの中身が、まさにそれを裏付けている。 男根の責めになどとても堪えられないような身体をしているくせに、大人のオモチャまで持ち込んで彼女はそれをやりにいったのだ。 しかも赤ん坊連れでだ。 商品として売っていた、あの未熟すぎる肢体がどうしても余計なことまで詮索させる。 もしかしたら彼女は、とびきり青い春も一緒に売り込んでいたのではないのか? 常に赤ん坊連れだったという事実は、考えたくもないがそれを疑わせても仕方がなかった。 だが、刑事はそれをあっさり否定した。 「おめえが邪推するのも無理はねえが、今回に限っていえば、おそらくそれはねえな」 「なぜだ?」 「野郎が刺されているからさ」 シンドウは怪訝な顔になった。 この刑事のいわんとしていることがわからない。 だが、彼が否定してくれたことに、どことなくホッとしている自分がいた。 世の中、そこまで腐っているとは思いたくない。 「ガイシャが刺されたことと、あの赤ん坊となんの関係がある?」 怪訝な顔のまま訊ねた。 「本当に鈍い野郎だな。まあ、お前の歳じゃ、まだ正面からしか物事を見ることは出来ねえか・・・。 いいか?あの時の状況をよく思いだせ。 あの娘は赤ん坊を抱いたまま腕から離そうとしなかった。 おそらく守ろうとしてたんだ。 ガイシャはガキの力だったから助かったものの滅多刺しにされていた。 あそこまで刺しまくるってことは、よほどあの娘からひどい恨みを買っていたと考えられる。 この二つの状況から考えると、ひとつのことが見えてくる。 ガイシャがあの赤ん坊に何かしようとしたんだ。 だから、あの娘は妹を守るために狂ったように刺しまくった。 凶器となったナイフからは、ガイシャの指紋も検出されている。 これはまだ確証を得てねえが、ナイフはガイシャが持ち込んだものじゃねえかと俺は思ってる。 あのナイフを使って姉を脅し、妹に何かしようとしたところを逆に奪われて刺された。 間抜けな話しだが、そう考えると状況に整合性が出てくる。 おそらくガイシャの野郎は、あの赤ん坊の妹にも手を付けようとしたんだ。 それをやめさせようとして娘から刺された。 ってえことは、あの赤ん坊は商品じゃなかったんだよ。 預ける場所がなくて仕方なく連れて行った。それだけだ。 俺は、そう考えてる・・」 「ガイシャが赤ん坊に何かしようとしたという根拠は?」 「それなんだがな、ガイシャを調べていて面白えことがわかった。」 刑事が皮肉げな顔になった。 「面白いこと?」 「ああ。あの野郎、今じゃ北海道なんかに住んでやがるが、ほんの少し前までは、この近所に住んでたんだ。」 「この管内の奴なのか!?」 「そうだ。2浪してやっとこさ向こうの大学に入ったのに、何を考えてんだか、わざわざこっちに戻ってきて刺されてやがる。気の毒というよりはアホだな。」 「なんで、こっちに戻ってきたんだ?」 「そりゃ、わからねえが・・・」 不意に声を低くした。 「どうにも野郎の変態趣味は今回が初めてじゃねえらしい。俺の同僚が野郎のことを覚えてた。」 「なにかやったのか?」 「強制わいせつだ。16のときに公園で遊んでた女の子に悪さして補導されてる。」 「強制わいせつ?子供にか?」 「そうだ。」 「ちょっと待て。俺はそんな事件知らねえぞ。」 シンドウは少年課で刑事になった。 あのガイシャは確か二十歳のはずだったから、16といえば4年前になる。 4年前なら刑事ではなかったが、すでに籍は少年課にあった。 しかし、シンドウの記憶には、あのガイシャに覚えがないし、そんな事件があったなどと聞いたこともない。 シンドウの顔を見て、刑事がバツの悪そうに頭を掻いた。 「実は、こりゃ身内の恥をさらすみたいでいいづらいんだが、ガイシャの親ってのがお偉い代議士センセーなんだ。」 「代議士だと?」 「ああ・・」 「それで、その代議士センセーとやらの息子をどうしたんだ?」 「わかんだろ?」 「ああ。なんとなくはな・・。」 揉み消したのだ。 「向こうの親と無理矢理示談させて事件そのものを揉み消したんだ。 あのガキを公園でパクったのが、たまたまそこを通りかかったうちの奴でな。 署に連行する前にガキの身元がわかったんで、奴は上に報告するより先にその代議士センセーのところへ連絡したのさ。 当然、向こうは揉み消しを図って野郎に金を掴ませ、それで、そいつは向こうの親にあることないこといい含めて、結局、被害届を出させなかったのさ。」 「なんだとぉ?」 「ひでえ話しさ。 まだ4歳の女の子だったそうだが、突っ込まれて膣は裂け、股関節脱臼にまでされて将来は子供が産めるかどうかもわかりゃしねえ。 親は死んでも許さねえと息巻いたらしいが、被害届を出せば強姦の事実が明るみに出る。 それに、4歳じゃ証言能力も乏しいから無罪になる可能性が高い。 おまけに野郎は未成年だから、たとえ有罪になったとしても刑務所には絶対に行かない。 だったらおとなしく金をもらって黙ったほうが利口だ。 そんなことを散々吹き込んで奴は親を黙らせたのさ。」 「ひでえ話しだ。あんたンとこはほんとに腐ってやがるな。」 呆れて、声を荒げる気にもならなかった。 「まったくだ。それでもっと腹が立つのが悪い奴ほど出世しやがるってことさ。」 「おい、そのデカってのは、まさか・・・」 「うちの課長だよ。それまではたいした成績もなかったくせに以来トントン拍子に出世して、今じゃ課長様だ。」
15/05/06 23:00
(mGZ6plbY)
投稿者:
タカ
◆mqLBnu30U
シンドウも捜一の課長が異例の出世をしたのは知っていた。
目の前の刑事がいうように、彼はたいした功績もないまま課長まで一気に昇進して駆け上がったのだ。 当時は、所轄の七不思議といわれるほどに奇妙な人事だった。 だが、裏にそんな事情があったのなら頷ける。 しかし、それを知っているということは・・。 シンドウは、刑事の顔をじっと見た。 目があって、刑事のほうもシンドウが何を考えているのかわかったらしい。 「ご想像の通りさ。 俺も人様に胸はれる仕事なんかしちゃいねえよ。 野郎の手先になってお先棒を担いだこともあるさ。 デカの給料なんざキツい割りには見合ったもんはもらえねえからな。 ちょっとぐらい小遣いでも稼がなきゃ、育ち盛りのガキどもを食わせられなかったんだ。」 揉み消した事件の詳細を知っているということは、この刑事とその課長の間には何らかの結びつきがあるということだ。 でなければ、表に出るはずのない秘密をこいつが知っているはずがない。 「なんで俺に話す気になった?」 シンドウの瞳は刑事に向けられたままだった。 「ああ?なんでだろうな?だがよ、ついこの間、うちの娘が孫を産んだんだ。」 「アンタ、爺ちゃんかよ?」 まだ五十にもなっていないような刑事の顔だった。 「おお、親に似て気の早ええ娘でな、いつの間にか男とくっついちまって子供まで産みやがった。」 刑事は自重するように笑っていた。 「これが女の子なんだがな、まったく・・なんていうか、その・・可愛いんだ。俺が抱いてやるとな・・笑うんだよ・・。嬉しそうに笑うんだ。 それでな、その孫を眺めていたら、俺みたいなクソったれでも人並みなことを思うわけさ。幸せになってくれよ・・ってな。」 シンドウには、目の前の男が孫を抱いている姿が容易に想像できた。 男が嬉しそうに笑っていたからだ。 「ホテルであの娘が赤ん坊を抱いているのを見て、すぐに孫を思い出した。トランクの中身を見て想像はついたが、あんなところに赤ん坊が居ていいわけがねえ。あれが俺の孫だったらと思ったらぞっとしたね・・」 「それで?」 「それで・・って別にそれだけだよ。」 「俺たちをわざわざ迎えに来たのはそれが理由か?」 「ああ?」 「あんた、あの赤ん坊を早く保護したかったんだろ?だから、わざわざ下りてきて、俺たちが来るのをずっと待っていた・・・」 「・・・・・」 「あの赤ん坊に、孫の顔が重なったか?」 「どうにもな・・・」 「それで、あんたはどうしたいんだ?」 この男の思惑が大筋読めてきた。 向こうにもシンドウの性格はわかっていたらしく、駆け引きはなかった。 「ガイシャの野郎は、4歳の娘に突っ込むようなクソ変態野郎だ。 今回にしたって、あの野郎は赤ん坊にも何かしようとしたに違いねえんだ。 余罪だって追及したら、おそらく出てくるだろう。 そんなイカれた変態野郎を野放しにしていいわけがねえ。 今度こそ、あのガキをムショに送り込んでやる。 ついでにあのクソ課長も引きずり落としてやる。」 「そのクソ課長から、また横やりでも入ったのかい?」 「けっ、わかってんなら聞くんじゃねえよ。 ガイシャのガキにお咎めがいかねえように通り魔的な犯行にしちまえとさ。 錯乱した娘が一方的に襲った。あの異常な状況じゃ、それでも通用しちまいそうだからな。 とにかく適当に調書を挙げて、さっさとこの事件に幕を引けってのがあのクソ野郎からの指示だ。」 容易に想像はついた。 実質的には課長からの指示だが、その後ろには、また代議士の親がいるに違いない。 「じゃあ、少女売春も追わないことになるのか?」 事件の実態をあきらかにできないなら、売春の事実も葬られる。 「そういうこった・・。」 「他にも裏がありそうでクサいな・・・」 「ああ、プンプンしてらあ・・・」 「で、それが気に入らないアンタは幕を引く代わりに弓を引くことにしたと・・。そういうことか?」 「ああ。」 「アンタ自身も泥を被ることになるかもしれんぜ。」 「なあに、そのほうが孫も喜ぶ。」 刑事は笑った。 「そのためには、あの娘の証言が必要だし、身元をはっきりさせなきゃならねえ。後ろにはもっとデカい山が転がっているかもしれねえしな。」 「もしかしたら、その代議士とやらがまた出てきて立ちはだかるかもしれねえぞ。」 「望むところさ。邪魔をする奴らはみんなまとめてブチ込んでやる。とにかくお前はあの娘から何かしらの証言を引き出せ。俺は、ガイシャの線から裏を追ってみる。」 「ずいぶんと正義の味方になったじゃないか?」 「バカやろう。俺は元々正義感が強いんだ。だがな、このクソ警察に長く足を突っ込んでるうちに、ほんとの正義がわからなくなっちまった。それだけだ・・。」 「迷ったわけかい?」 「恥ずかしいこったがな。だが、もう迷わねえよ。孫が道を教えてくれた。」 「ミルクでも買ってやんな。」 「ああ、そうするわ。とにかくこっちがわかったことは全部教えてやるから、お前も何かわかったら、すぐに俺に話せ。共同戦線だ。」 「ああ、わかった。」 「じゃあ、もう行くわ。」 「ああ・・っと、あんた名前は?」 「ミコシバだ。」 「似合わねえ名前だな。」 シンドウは笑った。 「ぬかせ。あんた、少年課のシンドウだろ?」 「知ってんのかい?」 「今、売り出し中のホープさんだからな。うちのクソ課長が褒めてたぜ。正義感が強くて、やたらと正論ばかり吐く。いけ好かねえ野郎だから、そのうち潰してやるとな。」 「覚えもめでたくてありがたいこった。」 「とにかく気を付けな。ここは魑魅魍魎が巣くう魔窟だ。油断してると足元すくわれるぞ。」 「覚えておこう・・・。」 「ああ、忘れんな・・、じゃあ、他に用事がねえなら行くぜ。」 「ああ、その前にもうひとつ聞かせてもらいたいことがあるんだ。」 「なんだ?」 「あんた、あの娘と赤ん坊が姉妹かもしれねえ、っていったよな?」 「ああ、そうだが・・それがどうした?」 「姉妹じゃなく親子・・。そう考えたら、どんな答えが出てくる?」
15/05/06 23:01
(mGZ6plbY)
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タカ
◆mqLBnu30U
不思議な色香がある。
この少女を前にしたとき、シンドウはいつもそれを感じずにはいられない。 信じられないことだが、彼女はすでに、その未熟な肢体を使って男を惑わせる術を身につけている。 男を知っているだから、情欲を焚きつける色香のごときフェロモンを発散させていても不思議ではない。 だが、違うのだ。 彼女から感じる色香は、それだけではない。 男の肉欲を煽り、無差別的な攻撃衝動を駆り立てるだけのものとは違う。 いい方としては妙だが、敢えて表現するなら崇高な存在の向こうにある淫らさ。 そんな感じだった。 この不思議な色香をシンドウはどこかで覚えていた。 着替えのために家に戻ったとき、鏡台の前で長い髪に櫛を通していた母親を見かけて、ようやくそれを思い出した。 時々、母親に垣間見る色香と同じなのだ。 自分の親に懸想したことなど一度もない。 しかし、男にとって女親とは永遠の女神であり、思慕と畏怖と清廉と淫靡ささを内面に潜ませた常にミステリアスな存在なのである。 この幼い少女を前にしたとき、なぜかシンドウは同じものを感じずにはいられなかった。 あの刑事は姉妹だといった。 最初は、シンドウもそう思っていた。 しかし、彼の見立てを聞いているうちに、違う答えが浮かび上がってきた。 目の前の少女を眺めていると、その答えは、ますます確信に近いものに変わっていく。 狂ったように刺しまくったのは妹だからじゃない。 自分の娘だからだ。 それは単なる感でしかなかったが、シンドウは自分の直感を信じた。 「あの子は元気にしてるよ。またミルクの量が増えたそうだ。ずいぶんと食いしん坊な赤ちゃんだね。すごく元気で、よく笑うから看護婦さんたちにも大人気だ。たくさん可愛がってもらっているよ。なにも心配することはない。あの子は、大丈夫だ・・・。」 事件から三日が過ぎても少女の様子はなにも変わらなかった。 相変わらず魂が抜け落ちたような光のない瞳で一点を見つめるだけだった。 ケガはずいぶんとよくなり、外出の許可も得ていたが、取り調べは警察病院の病室でつづけていた。 なかなか報告の上がってこないのに苛立った係長から、一度署に連行しろと催促されたが、それは無視した。 もしかしたら、捜一の課長から横やりが入ったのかもしれない。 事件のことには一切触れなかった。 ただ、あの赤ん坊のことだけを教えつづけた。 考えがあった。 あの赤ん坊は、同じこの警察病院内にいる。 すぐ身近なところにいて、それは少女も知っている。 だが、彼女は事件以来、監視役の女性警察官に24時間付き添われて、未だに行動は自由になれない。 赤ん坊にも、いっさい会えずにいた。 いずれ限界が来る。 シンドウには確信めいた予感があった。 この少女の瞳に光をもたらすのは、あの赤ん坊しかいない。 「さっき見てきたけど、相変わらずいい飲みっぷりだったよ。ゴクゴク飲んでた。ほんとに食いしん坊な赤ちゃんだよね。」 笑いかけてみても少女の表情は変わらない。 かまわなかった。 あの子の近況を毎日教えてやる。 それが、この娘にどんな変化をもたらすのか。 それを確かめてみたかった。 少女に対する調べは、毎日続けられた。 氷のような冷たい表情は、一度として変わることはなかったが、限界は近いとシンドウは予測していた。 すぐ身近にいるにも関わらず、この子はずっと娘に会えないでいる。 男を刺してまで守ろうとした娘だ。 我が子であるならば、会えないのが一番辛い。 能面のような表情で取り繕っていたが、内心は穏やかでないはずと踏んでいた。 いよいよ10日も過ぎた頃に、頃合いと見計らったシンドウは仕掛けてみることにした。 「今も赤ちゃんを見てきたよ・・。」 目の前にいる少女はいつもと変わらなかった。 ベッドの上に上半身だけを起こし、両手の指を軽く組みながら、無表情に光のない瞳を伏し目がちに落としているだけだった。 シンドウは、少女の顔だけを見ていた。 「ぐっすりと眠っていた。今日もたっぷりとミルクを飲んだそうだ・・・。」 ゆっくり話した。 窓から差し込む柔らかい日差しが、少女の頬を照らしている。 「でも、とても残念なことがある・・。」 毎日、あの子の様子をいって聞かせた。 そろそろ限界になっているはずだ。 まだ、表情は変わらない。 「今日で、あの子ともお別れすることになった・・・。」 かすかに少女のまぶたが動いた。 シンドウは見逃さなかった。 「明日からは、あの子に会えなくなる・・・。」 初めて反応が現れた。 落としていた視線が、ゆっくりとシンドウに向けられる。 「あの子は、施設に預けられることになった・・・。」 シンドウは、向けられた眼差しを正面から受け止めた。 きっと、この子は堪えられない。 姉妹であるなら、離ればなれにされても今の環境よりはマシな生活になることを甘受できるかもしれない。 だが、母親なら別だ。 自分の胎内で育て、分け与えた命を切り離される痛み。 その痛みに堪えられる母親など、居はしない。 「いずれ、どこかの夫婦に養女としてもらわれていくことになるだろう・・。」 少女の口は相変わらず閉じたままだった。 だが、彼女の瞳が嫌だと訴えていた。 ガイシャを滅多刺しにしてまで守ろうとした赤ん坊だった。 その子と引き離される。 それが我が子であるなら堪えられるわけがない。 「そうなれば、二度と君に会うことはできない・・」 鼻の頭が赤くなり、見る見るつぶらな瞳に涙が滲んでいった。 「あの子に会いたいか?・・」 シンドウの問いかけに、少女は唇を噛みしめた。 じっと見つめたままだった。 あどけない顔は、天使のように愛らしい。 その愛らしい顔の上を、大粒の涙がぽとりぽとりと落ちていく。 「君の、子供なんだな?」 少女は唇を噛みしめたまま目を閉じた。 観念したかのように、唇をきつく結んだまま、小さく頷いた・・・。
15/05/06 23:15
(mGZ6plbY)
投稿者:
タカ
◆mqLBnu30U
「あの子に、会わせて・・・」
弱々しい、か細い声でそれだけをいった。 あれほど感情を見せなかった彼女の瞳に光が戻っていた。 この子は壊れていたわけじゃない。 何かを隠していただけだ。 10日もの間、なんの感情も見せず、ひと言もしゃべらず、ひたすら無表情を続けるなんて精神崩壊者でもやりはしない。 確固たる意志がなければできることではないのだ。 少女の返事を確かめてシンドウは後ろを振り返った。 ヒントを与えてくれた銀縁メガネの男が、病室の壁にもたれながらシンドウを見つめて大きく頷いた。 シンドウは交換条件を出さなかった。 重丸が止めたからだ。 本当なら、子供に会わせる代わりに事件の全容を証言させることも可能だった。 あのミコシバからは、いつになったら証言が取れるんだと、矢のような催促も来ていた。 「ああまでして隠そうとしたんだ。よほど恐ろしいことか、なにか都合の悪いことではないかな?ならば、それを無理に聞き出しても、どこに嘘が潜んでいるか見つけるのは難しい。ならば、彼女が自発的に話すまで待ったほうがいいと思うよ。」 人生の大先輩であり、尊敬する師匠でもある重丸にそういわれたのでは従うしかない。 もっとも反対するつもりもサラサラなかったのだが・・。 「そうですよね!さすが重丸先生です!やっぱり相談してよかった!あの子たちを養護施設に預けるとなったとき、すぐに先生を思い出しました。先生が児相にいてくれたおかげで助かりました!また、すぐにお世話になると思いますが、その時もよろしくお願いいたします!」 シンドウにとって重丸は神だ。 その神がいうことに逆らうつもりなどまったくない。 「難しそうな案件だから、今後はうちと二人三脚でやっていこう。取りあえず一番大事なのは、あの子たちをこれ以上不幸にさせないことだ。僕はそれだけを考えるから、できるだけ君も協力してくれ。」 児相職員たちの熱にほだされ、重丸もこの職に本腰を入れ始めた頃だった。 保護対象の少女は、殺人未遂の容疑が掛けられ、おまけに売春の疑いもある。 こんな年頃の女の子が自発的に売春をするとは考えられない。 裏には何か大きな闇が潜んでいるのではないか。 その闇から、なんとしてでも彼女を救い出さなければならない。 それが自分の使命であるとさえ重丸は信じていた。 「コトリ・・コトリ・・。」 少女に笑顔が戻っていた。 無償の愛とは、こんなことをいうのかもしれない。 赤ん坊を腕に抱きしめたときの彼女の表情がシンドウには忘れられない。 まだ胸も膨らみきらない少女だった。 その彼女が、赤ん坊を抱いた途端、菩薩のような慈愛に満ちた表情で笑ったのだ。 それはきっと、母親にしかできない笑顔だったろう。 少女はずっと愛しそうに腕の中に抱いた我が子の頭を撫でていた。 「コトリちゃんていうのかい?」 シンドウが問いかけた。 「うん・・」 言葉も戻り始めていた。 簡単な受け答えならするようにもなった。 「幾つなの?」 「1歳・・。」 やはり医師の見立ては正しかったことになる。 「ところで、君は幾つになるんだい?」 まだ胸も膨らみきらない少女だ。 その彼女が子供を産んだ。 それも一年前にだ。 「いいたくなければ、いわなくてもいいんだよ。」 隣りで聞いていた重丸が引き取った。 少女の顔から笑みが消えていた。 無理に聞き出したのでは意味がない。 真実の裏に紛れ込む嘘を見つけるのは難しい。 「じゃあこうしよう。君の誕生日だけでも教えてくれないかな?」 無理強いをするつもりはなかった。 しかし、今後のためにもできるだけ情報は拾っておきたい。 生年月日からでも、ある程度なら身元を割り出せる可能性がある。 重丸の質問に、少女は何かを考えるように唇を噛みしめていた。 「無理にとはいわないけれど・・・、教えてくれると嬉しいんだけどな・・・。」 重丸の声音は優しい。 その優しさを確かめるように、少女はじっと重丸を見つめていた。 まるで瞳の奥まで覗くような見つめ方だった。 「7月・・・」 「ん?」 「7月・・22日・・。」 まだこの時は、偶然としか思っていなかった。 「7月22日か。いい誕生日だね。そうかぁ、7月22日なんだ。」 重丸にも、この日付には覚えがある。 決して忘れることのできない思い出の数字。 「この日が、なんの日か知ってるかい?」 この意義ある日の由来を知らないならば教えてやりたい。 そう思った。 「マリア様の日・・。」 「え?ああ・・・、よく知ってるね。」 そう、7月22日はキリスト教徒の祝日。 マリアを祝う日。 「でもね、聖母マリアじゃないんだよ。このマリア様はね・・。」 「知ってる。マグダラのマリア・・」 教えるよりに先に少女は答えた。 じっと重丸を見つめていた。 そこで初めて、重丸は違和感を覚えた。 彼女の瞳が、何かを訴えているように思えたからだ。 「君、名前はなんていうの?」 重丸の表情から笑みが消えていた。 「重丸先生?」 シンドウも重丸の微妙な変化に気が付いた。 重丸の目つきが厳しくなっていた。 「君の名前を教えてくれないか?」 急くような問いかけだった。 さっきまでの穏やかさが表情から消えている。 少女は、じっと重丸を見つめたままだ。 「いいたくないなら、無理に答えなくてもいいけど、できれば教えてくれないかな?名無しのゴンベちゃんじゃ困るでしょ?」 ただの偶然かもしれない。 だが、どうしてか心が乱れる。 なんとかしてこの子から名前を聞き出したい。 願いが通じたのか、かすかに少女の口が動いた。 「シ・・・」 聞き取れないほど小さな声だった。 「え?」 もう一度訊ねた。 今度は力強く少女は答えた。 「シホ。」 重丸は息を飲んだ。 同じ名前などいくらでもいる。 だが、誕生日まで一緒では無視できない。 しかも、この子はその由来まで知っている。 7月22日。 それは忘れもしない、キリストの復活を見届けたマグダラのマリアの聖名祝日。 そして、復活することのできなかった幻の娘の生まれた日だった。
15/05/06 23:19
(mGZ6plbY)
投稿者:
(無名)
面白いです!
続きが待ち遠しい。
15/05/07 01:39
(KOW..ovc)
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