………

［あのひと］と その家族が
ここに越してきたのは
うちの主人が独立して
１年くらい経った頃だったように思う

主人の戻ってくる頻度が
徐々に 少なくなりかけていた頃
戻ってきても 夕方の少しの時間だけで
軽く食事を終えたあとには
夜の帳を待って 飲みに出て行く

初めて［あのひと］を見たとき
スマートな出立ちと
ちょっと荒い口振りのくせに
子供たちや 奥さんに
優しげに笑う姿が 印象的だった

あたしは 主人が
家族の為に頑張ってくれている…と
みずからに言い聞かせていた日々のなかで
少し 羨ましがるような感覚に
罪悪感のようなものを感じながら
ベランダに干した洗濯物が
風に揺れる すき間から
その様子を眺めていた

………

平日 少し遅めの朝
うちの子供たちも学校へと出掛けた時間
［あのひと］は
出勤前に決まって 煙草を吹かして
うちのベランダから見える位置で
太陽に向かって 目を細めていた

あたしはなんだか イタズラ心というか
好奇心というか… とにかく
そんな日々に どうにかしていたんだろう

ベランダから［あのひと］が見えるなら
［あのひと］からも ここが見える…

あたしは 年甲斐もないと
笑われるかも知れないと思いながらも
愛用していた 真っ赤な花が飾られた
黒いショーツを
ベランダの１番 端っこの
１番［あのひと］から見える位置へと干した

次の日も 次の日も
前日に履いていた 派手めな下着を
思いっきり拡げて 見せ付けるように…

いつからか それに気づいた［あのひと］は
まるで毎朝の日課のように チラチラと
あたしの下着を 気にするようになっていた

そんな視線に気付いた日から
あたしは［あのひと］の目を 瞳を
思い出しては
ひとりのお昼を 慰めていた

そして その瞳で 恥ずかしくも
汚してしまった ショーツを洗い
次の日には また
［あのひと］へ 見せ付ける

きっと 毎朝 さりげなく
このベランダへと視線を流す［あのひと］も
楽しみにしてくれてるはずだから…

………

………

［あのひと］の下着観察…というか
あたしの一方的な下着報告が始まって
半年近くが経過したころ

その間に
あたしの身勝手な欲求は 膨らみ続けて
妄想が欲望を呼び覚まし
ただ もう［それ］だけでは
満たされなくなっていた

［あのひと］に下着を汚されたいという
完全に一線を越えたような願望から始まり
下着泥棒にあって 誰とも知らずに
性の捌け口に使われた
自分のショーツを見てみたいなんて
夜になって 洗濯物を干してみたり…

ついには
昼過ぎに回収に来るゴミ出しに
Ｔシャツ１枚で ブラすら着けずに
短いパンツ姿で
胸元にくっきりと 乳首の形を浮かせながら
出歩く始末で…

しかも早朝 寝起きの［あのひと］が
いつもの場所で 煙草を吸っている姿を
カーテンの隙間から確認してから…

………

とはいえ そんな妄想が
現実となるはずもなく…
というか 正直なところ
ゴミ出しの時も 完璧に
［あのひと］に見られてしまうという瞬間に
あたしは 胸を隠してしまった…

だって… 家には 子供がいるのだから…

それだけが あたしの理性を繋いでいた

ただ すでに
主人の顔は 思い浮かんではいなかった…

………

主人から 今日は帰るという
連絡があった日を除いて
あたしは ほぼ毎日
下着報告を続けていた

そして 真夏日のような５月の今日
［あのひと］のお風呂を覗いてしまった…

あたしの理性が
高鳴る鼓動の音と その熱で
槌き消されていく気がしていた

………

………

あたしは ほぼ毎日のように
近所のコンビニへと出掛ける

これはもう 家族の誰もが
当たり前に受け入れている
あたしの日課のようなもので
子供たちに夕食を与えたあと
その日の分の缶ビールを買いに行く

１日ひと缶 余分は買わない

若い頃には あたしも
夜の店でバイトをした事もあった
いま思えば 若気の至り…だなんて
おばさん臭い言い訳が
あたまをよぎる姿もさらした

飲み過ぎて 子供たちとの生活に
支障をきたす朝がないようにと
母親として あたしが
自分自身に向けて約束した 決め事だった

それが いま あたしにとって
なんとも都合のよい言い訳になる

………

平日の夜は タイミングが悪い
出勤の遅い［あのひと］は
あたしが通常 コンビニへ行く時間には
まだ帰って来ていないか
まだ帰宅したばかりで お風呂には入らない

翌日がゴミの日ならば
それを理由に
遅い時間に外に出れるけれど
そうでなければ 特に理由が見当たらない

だから チャンスは
［あのひと］の休みの日 もしくは
［あのひと］が ふいに
出勤前に シャワーをする朝だと思っていた

ただ 朝はさすがに覗けない
どうしても チラ見くらいはしてしまうけれど
ご近所の人たちも歩いているし
明るいときには ［あのひと］の姿は
夜のようには ハッキリ見えない

だから あたしは
その休日が待ち遠しかった
そして 他のチャンスを伺うように
［あのひと］の生活パターンを
もう少し 観察してみる事にした

………

週末 土曜日
どうも［あのひと］は
隔週で出勤するようで
出勤しても 帰宅が早い

そして そんな日は大抵
あたしが家を出る頃になって
シャワーをする

完全な休日と違って
早く帰宅していても
その後に 出掛ける事も少なく
梅雨が明ける頃には
あたしは狙いを定めていた

………

初めて見た あの時よりも
夜の帳は ゆっくり降りて来る
あたしは 夕食の準備に
手間取るふりをしながら
キッチンのロールカーテンのすき間から
様子を伺い タイミングをはかる

今日は少し［あのひと］の動きが遅い
あたしは なんとも言えない
高揚感を感じていた

………

まだ あどけない学生の頃…
夜中に家を抜け出して
当時 初めて付き合った彼氏と
公園のベンチで待ち合わせをした

ゆっくり ゆっくり
部屋を出て 玄関の扉を閉めるまでの
あの息苦しいような… 息を呑むような…

喉の奥が カラカラに渇く
悪いことをしている自覚もある
心臓の鼓動に合わせて 手が震える

夕食を食べる 子供たちの顔を見ないようにして
あたしは［いつも］を装って
玄関の明かりをつける…

財布は ジーンズのお尻に差した
いつもより遅い今日は 外も暗い

洗面所に明かりがついた後
浴室の電気がつくのも確認した

呼吸を深く… 玄関を開ける
目の前の窓を見て 息が止まる

相変わらずに 予定通りに
開き過ぎな窓から漏れる
シャワーの音と ソープの香り

［あのひと］の 濡れた肌…

一歩を踏み出しながら
周囲を手早く見渡す

ひとは… いない…

隣の家のベランダにも
反対側の駐車場にも…

そのまま 静かに… 真っ直ぐに…
窓に近づいていく

［あのひと］の近くへ…

窓のすき間から
シャワーの熱気を感じる

熱を帯びた あたしの身体が
その熱気を浴びて 汗ばんでいく…

Ｔシャツが 身体にまとわりつく
蒸れたショーツが食い込む

近づくと あたしの背では
少し高い位置にある窓の中は見えない

壁際に身を隠すようにして
右手を上へと伸ばす
カメラモードにしたスマホの画面を
息を圧し殺して 食い入るように見つめる…

精一杯に伸ばした腕
痺れる手で 位置と角度を調整する

［あのひと］が画面に映る…

(やった！！)

そう思ったとき
あたしは 自分の失敗に気づいた

この状態では 撮影できない…

顔から離した位置の画面では
結局 ハッキリ見えないし
撮影しようにも
シャッターボタンをタップ出来ない

なにより いくらシャワーをしているからって
窓のすぐ外で 機械音が鳴れば気づかれる…

あたしは すぐさま窓から離れて
いつもより さらに足早に
コンビニへと急いだ

チャンスは あといっかい

手早く 缶ビールと目についた雑誌を持って
レジを済ませて 帰路に着く

チャンスは あと いっかいあるんだ…

………

………

コンビニからの帰り道
足早に息をきらせて歩く
あたまの中はグルグルと
シュミレーションを繰り返してる

駐車場に着いて
遠目に 浴室の電気を確認する
まだ間に合うはず…と
注意深く 周囲を見渡す

隅っこに静かに
余分な荷物を置く
缶ビールと雑誌が入った袋
そして 財布まで ポケットから抜き出す

鍵も邪魔…
出来るだけ身軽に…
出来るだけ音を出さないように…

さらに辺りを見渡しながら
スマホのロックを解除する

周囲にひと気はなく
誰も その明かりに気づいた様子もない

手のひらに
スマホを包み込むように持ち
出来るだけ音が響かないようにと
息を殺して 努めて静かに
カメラを ムービーモードに切り替える

［あのひと］に聴こえない位置で
録画を開始して そのまま近づく…

これなら スマホの音で気づくはずない…

とはいえ
あまりに帰りが遅くなるわけにもいかないし
［あのひと］も お風呂から出てしまうかも…

歩幅を小さく 素早く…
自分でも なにやってんだと
嘲笑いたくなるような滑稽さだが
それでも あたしは真剣だった

窓に近づき… さっきと同じように…

緊張と鼓動で 身体が震える
ガクガクと 膝が揺れる
呼吸を細く… 細く…

息苦しさも忘れるくらいに
あたしは 右手に握った
スマホの画面に 食い入って見る

位置さえ合わせれたなら
あとは そのまま 身体を固定すればいい

あとから じっくり… ゆっくりと
今日の成果を 再生すればいい

どれくらいの時間が経ったのか
あたしは身体を固定したまま
すぐ そこにある 限界を感じた

シャワーの音が止まり
しばらくして


≪カシャンッ≫


びっくりした…
本当に 心臓が止まった気がした

突然 浴室の窓が閉められた

あたしは まさかバレたのかと
焦りと 願うような… すがるような…
そんな思いで パニックになりそうだった

一瞬 止まりかけた心臓が
それまでとは違う 激しい鼓動を打つ

身動きを取れずに 様子をうかがう…


なにも 起こらない…


ワシャワシャと 髪の毛を拭くような
タオルの音が 微かに聴こえる

その音に 慌てたような仕草も感じない

あたしは 静かに その場を離れて
ふたたび 駐車場の端っこで
ようやく ムービーの撮影をストップした

表示された録画時間は
わずか５分と２３秒

移動と さっきの動けなかった時間を思うと
実際に［あのひと］を撮せたのは
おそらく２～３分にも満たないだろう…

それでも あたしは
なんとも言えない 充実感のなかにいた

手早く荷物を拾って
なにも忘れていないか…
あたしがいた証を落としていないか…
２度…３度と確認してから
にやけてしまう顔を隠して
子供たちの待つ 家の玄関をくぐった

すぐにでも動画を確認したい…

衝動に逆らいながら
ビニール袋のなかで
汗をかいた缶ビールを拭き
湿ってしまった 雑誌の表紙も軽く拭いて
努めて 何事もない いつもの様子で
冷蔵庫に ぬるくなったビールをしまう

テレビを見ながら
談笑している子供たち

スッと姿を消すように
あたしはトイレのなかに隠れた…

………

………

トイレのふたを開けて
熱を帯びたままの下半身に
冷たく張り付く
蒸れて乾いた 下着をずらす

トロりとした透明な液体が
一筋の糸を引くように垂れる…

個室のなか いままで必死で
抑えていた息が 一気に荒くなる

顔が熱い… さらに身体が火照る…

音漏れしないよう スマホの音量を下げる

あたまと身体が
うまくリンクしていないような感覚…

あたまで思うより はやく
指先が スマホの画面の上を走る

（落ち着け…落ち着け…）

いくら こころが念じても
あたまは ぐるぐると回り続けて
指先は さらに身勝手に
動画ファイルを見つけて開く…


ガサガサと ノイズのような音…

暗く揺れる画面のなかに
歩く あたしの足先が映る…

暗闇にわずかに 我が家とわかるシルエット

そして 激しく揺れていた画面が
静かに… 風のない日の水面のように…

あたしは 息を呑んだ…

あの感覚がよみがえる…

急に光をとらえたカメラが
またたきするほどの一瞬
画面を 白く染め抜いて

そして シャワーの音と共に
湯気と水飛沫で
少し 白く曇った視界のなかに
［あのひと］の姿を 浮かび上がらせた…

あたしは 見入っていた

ただ ただ… 静かに
手のひらのなかの
小さな画面を見つめてた…

濡れた髪を 掻きあげて…
あたしでは 高くて使わない位置に
シャワーヘッドを引っ掛けて
首筋から背中へと
シャワーを浴びながら
［あのひと］の手が…指が滑る

気持ち良さそうに
少し上を向いている［あのひと］

なにげない その手の動きが
あたしには 愛撫にすら感じられて
忘れていた欲望が ふたたび
滲み出るように 雫を垂らす

やがて… ［あのひと］は
浴槽のふちに置いていた
眼鏡を サッと洗い流して
眼鏡を掛けて シャワーを止めた…

それからすぐに
［あのひと］の右手が伸びる

あたしは ハッとした

画面に ［あのひと］の身体が…
顔が 近づいてくる

おそらくは 濡れていて
ハッキリとは見えていない 眼鏡で助かった


≪カシャンッ≫


カメラの目の前で 窓が閉まる

あたしは 息が止まってた…

ようやく 本当に気づかれていないと
確信が持てたような気がした

そして もう一度 その瞬間を繰り返す

(あッ…)

もう一度… もう一度…

指で細かく 再生と一時停止を繰り返す

［あのひと］が近づいたときに
ほんの１コマ… 乱れた画質のなかに
［あのひと］の…

はっきりとは見えなかった

それでも お風呂上がりの
息子以外の身体を…
おとこの人のあの部分を…

しかも 目の前の家で暮らす
ご近所さんの… 他人の旦那さんの…

あの奥さんのご主人の…

あたしの指と身体は
またしても身勝手に動いていた

くちゅくちゅと はしたなく…

彼の妻でも 母親でもなく
ただの いやらしいだけの
ひとりのおんなと化した 濡れた秘部…
その花弁をなぞり 蕾を撫でて
深く… 深く…
さらなる蜜を 求めるように…


「ママ？」


ビックリした…
思わず 身体が跳び跳ねて
スマホを床に落としてしまった

「大丈夫？」

どうやら…
あまりにも動画にのめり込んでしまい
トイレにこもる時間が 長過ぎたようで
娘が心配して 声を掛けてくれたらしい

「だ…大丈夫 大丈夫 もう出るから…」

慌てて立ち上がり トイレの水を流す

「ごめん ごめん 大丈夫よ」

さらっと娘の視線をかわしながら
洗面台で 手を洗う

慌てて 濡れたまま履いてしまった下着に
溢れた蜜が 吸い込まれていくのを感じながら
あたしは 明日の朝の
［あのひと］への報告を思った…

………