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春眠の花
カテゴリ: 官能小説の館    掲示板名:ノンジャンル 官能小説   
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1:春眠の花
投稿者: いちむらさおり
まだまだ最後まで書けていませんが、見切り発車で載せていきます。
 けして万人受けはしませんので、ご了承ください。
 
2012/04/15 22:34:55(sBOolPf9)
7
投稿者: いちむらさおり




「産道の通りをスムーズにする為に、小村さんの膣を拡張します。痛い時には痛いと言ってください。それとですね、気持ちいい時にはそれなりの返答をお願いします、よろしいですか?」

「……、こんなこと……、ぜったい許さない……」

 泣き寝入りをすれば、そこで私の負けが決まる。
 乱暴に犯されようが、気味の悪い道具や薬物でもてあそばれようが、私がこの陰湿な組織の存在を公表さえすれば、どれだけの女性が救えることか。
 私は出来る限りの正義感を眼にたぎらせて、生意気な医師を睨みつけた。

「小村奈保子さん、僕があなたに出会えたことは一生の幸運です。ドクターとクランケのあいだに生まれる信頼関係、これを脳が勘違いして恋愛感情だと思い込んでしまうというのだから、女性とはつくづく愛に弱い生き物だと思いませんか?」

 そう言いながら彼はトレイの上に並べられた器具を品定めすると、その中のひとつを潔癖な手つきで摘み上げた。
 それはとても不潔な形をしていて、おそらく大人のレディスグッズの機能を備えているのだろう。
 回転がどうとか、太さや素材がどうとか、いちいち胸焼けがしそうな説明をしてくれる。
 それなのに私の下半身は処女を取り戻したように半熟に湿り、それでいてローズの蕾(つぼみ)みたいに陰唇をめくらせていた。

「呼吸を楽に……、そうです……、そうです……、入りますよ……、ゆっくり……、子宮に感じてください……」

「ああっ……、あっいふっ……、ふぅ……ふぅ……、あはぁんぁんぁ……」

 許容範囲を超えたものが私の中に入ってきた。
 『痛い』と『気持ちいい』のギリギリのところ、どうせならどっちかにして欲しい。そうじゃないと、どんなリアクションをしていいのかわからない。

「出血はないようですから、少し動かしてみましょうか」

 彼は左手の器具を私の局部に挿入させたまま、右手でタッチパネルを操作した。
 数え切れないほどのいやらしい視線が、私の生裸にチクリと刺さる。
 こんな物で中を掻き回されたら、そんなの……気持ちいいに決まってる。
 気持ち良くなったらエッチな汁もいっぱい出ちゃうだろうし、秘密にしておきたいことまで告白してしまうかも知れない。
 私はどうしたら──。
 そんな不安を瞳に浮かべていると、出海医師のスマートな指がまた画面をタッチした。

「イグニッション……」

 彼が放ったその言葉の理解に苦しんでいると、通電を知らせる低い音が私の中で唸った。まだ動いてはいない。

「ケミカル……」

 彼は教育実習の講師を気取って、まわりのスタッフに上から目線で目配せをする。
 その時、静止していたはずの器具が前後に微動し、その柔軟な素材で私の膣をしごきはじめた。

「いっ……いいっ……、んんぅ……」

 正直あせった。男性経験も少ない未開発な部分が、一瞬で液体になったみたいに溶かされてしまったのだ。

「開発部のにんげんに造らせた最新医療機器と連動するアプリの威力がこれだ、よく見ておくといい。デュアル……、トリミング……」

 彼は私の体には指一本触れず、ただタッチパネルをたたいているだけなのに、レイプと言うにはあまりにも違和感のある反応を私はさらしていた。

「あっあっ……、だめあっうんっ……、ああっああっ……、やだ……んっくんっ……」

 体験したことのないサイズの異物が、私の中で男性的な動作を繰り返す。
 乗り物に揺られている感じ、ついでに気持ちいい。

「小村さんも調子が出てきましたね。これならすぐに排卵も促進されることでしょう」

 真面目な顔をして、言っていることはめちゃくちゃだ。
 産科医に股をひらくのは、歯科医に口をひらくのとはわけが違う。
 そんなこと分かり切っていたはずなのに、結局残念な結果になってしまった。
 本当にそうなのだろうか。いや、そうじゃない。
 物足りなかった気持ちを満たしているのは、不妊治療という名のこの行為だ。
 見れば佐倉麻衣さんもふくよかな自分のお腹をさすりながらも、私に同情の目を向けている。

「どんな気持ちなのか、本音で言ってみてください。それとも、自分で言うのが恥ずかしいですか?」

 彼女に問われて、私は遠慮がちに頷いた。

「とても気持ちがいいと、そう言いたいのですね?」

 私は熱っぽく「イエス」の意思表示をした。
 そして彼女はその先の質問をまわりに聞かれることをはばかり、私にしか聞こえない距離で耳打ちしてきた。

「こんなところでイクのは恥ずかしいけど、イっちゃいそうでしょ?」

 ふふっ、と可愛らしい女笑いをする彼女に、またしても私は首を縦に振るのだった。
 私たち女二人の密かなやりとりが、分娩室のシリアスな雰囲気に花を咲かせたらしい。しばらく力の抜けた空気が漂った。それが彼女なりの気配りだ。

「男ばかりの職場では、なかなかこうはいきませんよ。佐倉さんの仕事に対する姿勢は、院長だって評価していますから」

 そう言ってから、なにやら余計な話を持ち出してしまったという顔をして、出海医師は医者の面構えをつくりなおした。

「さてと、小村さんの気が変わらないうちに、やるべき事をやっておきましょうか」

「……?」

「僕の診るかぎりでは、あなたは30歳になってようやく理想のビジュアルを手に入れたようですね。顔も体も、それから女性器も見事なビジュアルです」

 褒め言葉のつもりだろうか、私は軽く受け流したはずだったが、どうやら子宮と膣は彼に口説き落とされたようだ。
 愛液の分泌量だけで両手が満たせるくらいに、あとからあとから流れ出てくる。
 私の胎内から老廃物を搾り出すようにして、婦人医療のスペシャリストは器具のストロークを巧みにあやつる。

「スプーン……、トリック……」

 さまざまなアプリケーションによって結合部を上手い具合に突き上げられるたびに、水分を含んだ音が部屋中にひびく。
 気持ちが良すぎて、もうおかしくなってる。
 自分的には「トリック」の先の読めない動きが好きだけど、ほんとうはもっと生々しい、男の人そのものがたまらなく欲しい……。欲しい……。欲しい……。

「ふんぅん……んんっ……、はっあっ……あぁ……あぁ……」

 喘ぎ声が出るうちはまだ救いようがある。
 でも私は変なスイッチが入ってしまって、息を吸っているのか吐いているのかもわからなくなっていた。

「オーガズムの兆候だ。類似の症状と間違わないよう、君らも気をつけるように」

 女性が性的な絶頂に溺れていくメカニズムを、彼は指摘を交えながら研修医に教え込んだ。
 フィットネスクラブで爽快な汗を流しているのかと思うほど、一滴一滴が私の肌の上でおどっていた。

「そうですね、一度このへんで楽になっておきましょうか。治療はまだ始まったばかりですからね」

 出口の見えない快感に飲み込まれていく私に、淫らな審判が下された。

「マテリアル……、サージカルヒット……」

 醜くほぐれた膣膜に新たな動きが加わり、女体のなかの温泉を掘りあてた器具は回転の切り換えを速めていく。

「あっあっあっ……、あひっ……あんあっ……ひっ……、う……嘘っ……、ひあうんっ……」

 びちゃん、びちゃんと情けない音が歪(いびつ)な性器から聞こえてくる。
 妊婦としてここに運ばれてきた時の私とはまるで正反対の素質を持った女が、分娩台の上で贅沢な接待を受けていた。
 シスターがそうするように、私は胸の前で十字を切ったつもりでエロスの女神に祈りをささげ、甘い洗礼に身悶える巡礼者になりきった。
 ちょっと待て、そんな女神様がいるわけないだろう、と冗談をしている暇もなく、窮屈な膣がわなわなと痙攣しそうになってきた。
12/04/20 11:25 (gGKJ.zH5)
8
投稿者: ドラ
はっきり言って、すごい・・・。
お金が取れると思う。
文体の流れが自然で、読んでいて疲れを感じないし、違和感も感じない。
プロでもここまで書ける人は早々いないんじゃないかと思う。
特にエロの表現は、男に真似できないリアルさがある。
一気に読ませてもらいました。
見切り発車ということなので、これから落としどころを作るのでしょうが、力まずに最後まで頑張ってください。
応援してます。
次回作がとても楽しみです。
12/04/22 22:28 (8N.npMz8)
9
投稿者: いちむらさおり




 絶頂まであと数秒だと思ったとき、出海医師のあやつる機器が不吉な電子アラーム音を発した。
 故障……でもなさそうだ。耳障りな音だが、いまの私は快楽の真っただ中で首すじを伸ばし、血管という血管を青く浮き上がらせていた。
 あたまの隅で鳴り続けるアラームが耳の穴を不快にさせた瞬間、快楽物質のミストが体中で吹き荒れた。
 もう瞼を開けておける自信がない。上りきったのか落ちていったのかも自覚できない感覚の中で、電子アラームだけがずっと同じ音を刻んでいる。
 せっかく気持ち良くなれたというのに、音が気になって余韻が楽しめない。音の出どころはどこだろう。
 私は瞼を上げるのと同時に寝返りを打って、目に映ったその光景に戸惑いを隠せなかった。

 気がつけば私はベッドの上でよだれを垂らしていた。
 相当寝相がわるかったらしく、掛け布団はありえない方向にすべり落ちている。
 体をほとんど動かさずに目覚まし時計の電子アラームを止めてみて、私はようやく夢から覚めた。
 そう、さっきまでの出来事はぜんぶ夢。
 低血圧な目つきで起床すると、寝室では思いもよらない事態が起きていた。
 可愛げのないベッドに、流行音痴なシーツ。女性の部屋には不釣り合いに見えるカーテンと、風水を無視した家具の配置。
 それはまあいいとして、もっと残念なことがあったわけで。

またやっちゃったよ……。

 私は自分の股間あたりを二度見した。パジャマが濡れている。
 ここには私ひとりしかいないはずだから、当然私の仕業だろう。
 生理日でもなければ、夜尿症による汚れでもない。
 消去法でいけば、私の愛液だということは明らかだった。
 夢の中で体験した出来事が私を興奮させて、眠っているあいだに発情してしまった結果がこれだ。
 言い訳もできないくらいの恥ずかしい染みが、シーツに地図を描いていた。
 さすがにコロンブスもびっくり……するわけがない。ぜったいあいつのせいだ。
 思い出したくもない人物の顔を辿りながら、私はバスルームを目指した。
 そもそも知り合って三ヶ月で、「奈保子とずっと一緒にいたいんだ、僕と結婚してくれ」と言われた時点で気づくべきだった。
 その言葉を信じて籍を入れた途端に彼の性格が変わり、残業があるからと朝帰りをしては、いやらしい香水の匂いを家庭に持ち込むような人だった。
 私の知らないところで不特定多数の女の子と会っていたのだ。携帯電話の履歴を堂々と残してあるのがまた憎たらしい。
 セックスにも不満があった。セーラー服を着ろだの、裸にエプロンだの、挙げ句の果てには深夜のアダルトショップに私を連れ出し、犯されてもおかしくない状況の中で男性客の視姦を浴びせられたのだ。
 彼とのあいだに子どももいなかったし、離婚を決意するのに時間はかからなかった。
 私にバツがひとつついた。離婚歴のある女性にはマイナスイメージがついてまわるのが相場だが、マイナス結構。過去は忘れて前向きな人生を取り戻し、ふたたび女を咲かせることにした。
 シャワーの水圧を押し返す肌の弾力をたしかめながら、下腹部の汚れをぬめぬめと洗い流した。わるい男運もいっしょに流れてしまえばいいのに。
 だけど何だろう、どんな夢を見ていたのかまったく思い出せないというのは。彼と離婚してからこっち、何度かおなじ夢を見ているはずなのに、目が覚めるといつも記憶に雲がかかってぐずついている。
 だからといって寝不足になるでもなく、何から何まですっきりとした気分で朝から絶好調なのだ。
 性に奥手な私がここまで派手に濡らしているということは、そうとうリアルな夢を見ていたに違いないわけで。
 それならそれで、思い出さないほうがいい夢だってあるんだから、この件についてはあまり深く追求しないでおこう。
 軽くシャワーだけで済ませて、私はバスルームを出た。

 昇ったばかりの太陽がベランダから射し込んで、部屋の内装を白くぼかしていた。
 空腹のまま深呼吸をすれば、しびれを切らした胃袋が催促の合図を出す。
 ベーコンをカリカリになるまで焼いて、卵の目玉は半熟、厚切りのバタートースト、それからミルクたっぷりのカフェオレをテーブルに配置した。
 携帯電話には留守電が二件入っていた。勤務先からと、友人からだった。どちらも大した用ではなかったので、朝の貴重な時間を身支度に費やすことに専念した。
 テレビから流れてくるデイリーニュースを耳に詰め込みながら、鏡の前では勝負の顔が出来上がっていく。

五歳は若返った……かな。

 しぜんと口角が上向きになる。
 そして私は裸にエプロンではなく、セーラー服でもない、普通に大人の女性が好む格好をしてマンションを出た。
 勤務先までは車で20分ほどの距離だが、あいにく愛車は点検中なので、今日のところは電車で移動するしかなさそうだ。
 静電気でスカートが脚にまとわり付くのを省けば、駅まではスムーズに辿り着けたと言える。
 季節の変わり目ということもあり、冬服と春服の入り混じった人波が改札を出入りしていて、私は少し気後れしながらも早足でホームを目指した。

あいかわらず、すごい人ね……。

 サラリーマンとOLと学生、その三種類の人しかいないと思える光景。
 そのほとんどが携帯電話に気を取られ、そこにしか生き甲斐がないという表情で画面から目を離さないでいる。
 電車が到着してようやく顔を上げたと思ったら、マナーはどこかへ置き去りにされ、またそれぞれの世界に引きこもる。
 私はどこか納得のいかない気持ちのまま、混雑した車両へと吸い込まれていった。

「扉が閉まります、ご注意ください」

 蚊の鳴くようなアナウンスをなんとか聴き終えると、さっそく女子学生やOLらの談笑が細々と聞こえてくる。こんな場所でもやはり男性よりも女性の方が口がよく動く。
 流行性のウイルス対策なのか、マスクをしている人の姿も何人かいるようだ。
 そういえば──、と例の夢に『マスク』が関係しているような直感をおぼえた。
 でもそれがいったい何のヒントになるのかも今はわからない。わかっていることと言えば、それは私が下着を濡らしてしまうほどの淫らな夢だということくらいか。
 変な性病でなければいいのだけど、それを確かめる為に病院で受診するのもなんだか恥ずかしい。
 月経だって毎月きているし、危険な性交や不衛生な自慰もやった覚えがない。
 電車に揺られながらそんなことを考えていたら、不意に後ろから私のお尻に触れるものを感じた。

「……」

 体に緊張がはしって、おどおどと振り返ってみると、そこには座席の手すりがあった。ろくに身動きもできないこの状況だ、痴漢を疑ってもおかしくないほど人と人とが密着している。
 性犯罪は他人事ではないのだから、そのへんは日頃から過剰に意識しておかなければいけない。
 不快な感触を消すために、私はお尻をかるく手で払った。
 ヒールの高い靴ほど電車の揺れには不利だ。足を踏ん張るたびに、ふくらはぎがぱつんぱつんに張っているのがわかる。
 今日はスニーカーにしておくべきだったと反省していると、私の目線にひとりの女子高生の顔が見えた。どこにでもいる普通の女子高生だ。どうだろうか、私の位置からだと二、三人を挟んだ向こう側だからかなり近い距離だけど、人の肩と肩のあいだから顔が見えたり、たまに制服が確認できる程度だ。
 どうして私は彼女が気になったのか、それは彼女の様子に原因があった。
 色白で肌荒れの跡もない可愛らしい顔には、余裕がないといった表情が浮かんでいたのだ。
 言い方を変えれば、貧血とか生理痛で立っていられない様子にも見える。
 この年頃は色々と体調のバランスが不安定なのだ。私が体を支えてやりたいけど、次の駅に着くまではそれもかなわないだろう。
 平成生まれの女の子らしい標準顔を赤らめて、体温の変調に呼吸も整わないでいるのか、ピンク色の唇を半開きにさせている様子がなんとも辛そうだ。
 まわりの人は彼女には無関心な素振りで、さらには電車の揺れに合わせて彼女に体当たりをする始末。
 どこまで自己中なのだろうか、女子高生の右の彼も、左の彼も、どさくさにまぎれて的な態度で彼女の体に触れては離れ、そしてまた触れる。
 その時、私は『まさか』の事態を想定した。
12/04/23 00:18 (vXcB37Zy)
10
投稿者: いちむらさおり




 痴漢……。

 彼女のほかにも女子高生はたくさんいたが、ほかの子はみな顔色も変えずに普段通りのテンションでおしゃべりしている。
 それにくらべるとやはり彼女の目は潤んでいて、耳まで真っ赤だ。
 彼女を取り囲む状況もおかしい。まわりは男性ばかりだし、吊革だってあんなに不自然にあまっている。
 手を上げられない理由があるとすれば、それはもう少女に対する行為を果たすために繰り出されているとしか考えられない。
 それに怯えて身を縮めるしか方法がないから、あの子はあんなに赤面しているのだ。

まったく……、ひとりの女子高生を集団で……。

 車内アナウンスが迷惑行為禁止を促す中で、彼女は完全にうつむいてしまっていた。
 やがて駅に到着した電車は何人かを下車させたが、また何人かが乗車したため、私は彼女のそばに行くこともできなかった。
 私と彼女の位置関係は変わらない。その代わり、彼女の制服姿を上下あわせて見られる体勢にはなった。
 短いスカートのプリーツは少し乱れていて、スクールタイツを履いた細い脚を内股気味にすり合わせていた。
 そこで私が見たものは、予想していた通りの卑劣な光景だった。
 誰かの手がお尻を撫でている。もうひとつの手が太ももの触り心地を楽しんでいる。
 それらを必死で払おうとする彼女の手は弱々しく、恐怖でかじかんでいた。涙をこらえる姿が痛々しい。
 私に勇気があるのなら、ここで出すしかない。
 私は彼女のいる方向に身を乗り出した。

「やめておいたほうがいいですよ」

 すぐそばで声がした。どきりとした私は、心臓が正常に動いているのを確認すると、ほぼ目だけを後ろに向けて体をねじった。

「あの銘柄は初心者にはリスクが高すぎますって……、ええ……、昨日の今日ですから」

 携帯電話を片手に株の話でもしているのか、商社マン風の堅い身なりをした若い男性がそこにいた。
 彼は私の視線に居心地をわるくしたふうに、「すみません」と口だけを動かして苦笑いをした。
 どうせならマナーも携帯してもらいたいものだ。
 そうやって別のところに気を逸らされているうちに、私はあの女子高生を一瞬だけ見失っていた。
 彼女がいたその場所をもう一度、目で探す。彼女はいた。
 しかしなんということか、ブレザーを汚す不潔な手までもが見えはじめ、目を離した一瞬の隙に事態は急変していたのだ。
 彼女の体型よりも不自然にふくらんだ胸のあたりでは、上着の下からもぐり込む手の動きが想像できる。
 多感な時期の複雑な気持ちをもてあそぶように、少女趣味な動きが彼女をいじくっている。
 そしてスカートのチェック柄までもが清潔感をなくして、その奥をまさぐる腕とこすれ合っていた。

嘘でしょ……。

 その成り行きを見て、私は戸惑った。黒いスクールタイツは太もものあたりにまで下げられ、ガードルを履いているみたいに彼女の脚を飾っている。
 そこに重なる白いショーツも下着の役目を終えていた。
 ならばどうだ、彼らが触れているものは少女自身であり、乙女心そのものだ。

もう許せない……。

 私は頭に血が上り、身動きできない自分にも腹が立った。声を上げれば彼女は救えるが、被害者の心境を考えると、それは二次被害を招いてしまうと躊躇する。
 ならばどうするべきか。相手の人数も把握したいけれど、この混雑では特定はむずかしい。全員は無理にしても、誰かひとりを絞り込んで次の駅で引き渡そうか。
 女の私が考える策なんてどれも企画倒れに思えたが、女子高生のスカートの中では今も激しいいたずらが続いていて、時折見える彼らの指がひどく濡れているのも気味が悪い。
 そうしてなかなか決断できないでいる私の目の前で、誰かの携帯電話が彼女のスカートの中を狙った。
 恨めしいその指がシャッターボタンを押した瞬間、私はそいつの顔を記憶した。
 頼りないアナウンスが駅名を告げ、まもなく電車の扉が勢いよく開いた。
 人波の流れが外に向かっている。私は胸やお尻が押しつぶされるのも気にせず、女子高生の腕をぐるっと組み、ついでに彼女のスカートの中を狙った携帯電話をそいつの手からはじき飛ばした。
 携帯電話はホームの白線の向こうにまですべっていった。

「ごめんなさい」

 私は反省の色を顔につくって、そいつに視線を向けた。
 私がそのまま女子高生と二人でホームに降りると、とうぜん彼は不機嫌な身のこなしで後をついてきた。
 作戦どおりだ。彼女の有り様を隠すために私は急いでジャケットを脱ぎ、ベンチに座らせた彼女のひざにかけてあげた。
 おどろいた様子で私を見上げる少女の目に涙の粒ができていた。もう大丈夫よと微笑む私。

「おい、あんた、どういうつもりだ」

 その声に振り返ってみると、遠ざかっていく電車を背景に、先ほどの男性が仏頂面で立っていた。
 通勤途中のサラリーマンに見えるこの男性が、痴漢の常習者のはずなのだ。

「電車は行っちまうし、ケータイはこんなだし、……ったく」

 すり傷だらけになった携帯電話を片手に、30代くらいの彼は若者風を吹かせながら私との距離を詰めようとする。
 私は大きく息を吸い込んだ──。

「誰か助けてください。この人、痴漢なんです、捕まえて!」

 私の絶叫がホームの端まで響きわたった。そこにいた全員がこちらを向いて、怪訝な目で彼を追い詰める。
 人垣の中から駅員が飛び抜けたかと思うと、あっという間に彼を揉み倒してしまった。
 その一部始終を眺めていた女子高生はひざを小刻みに揺すり、彼らに汚された部分を隠すようにして背中をまるめた。
 計り知れないほどの恐怖と後遺症が、少女の小さな背中に重たくのしかかっていることだろう。
 私の気持ちは同情の域を出ることはなかった。
12/04/24 00:19 (kGnh7xly)
11
投稿者: ThirdMan
ほんとすごい

楽しみにしてます
頑張ってください
12/04/24 17:32 (efcyrXMP)
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