2015/07/21 16:16:22
(pHZanuN2)
あの山小屋での時の義母の苦しく切ない心情の吐
露を、僕は二度読み返した後、肩を揺らせながら大
きな息を吐き出していました。
あの雨風の強い暗闇の中で寒さに堪えようとして
いた僕を、義母は自身の胸の中で少なからずの葛藤
と迷いがあったとはいえ、血の繋がりもない僕を、
まるで我子を思う気持ちで狭いシュラフの中へ入れ
てくれたのかと思うと、心が少し折れて傷む思いで
した。
そんな義母の優しさもわからず、不埒千万な欲望
に負け、結果として僕は彼女を闇に乗じて犯し陵辱
したのです。
しかし義母はそんな僕を責め詰るのではなく、全
ての責任を年長者である自分の心の脆弱さのせいに
してくれている優しさが、身勝手ないいかたですが
かすかな救いではありました。
病院内のことでも日記は書かれていました。
同時に僕は義母のまるで知ることのなかった何十
年も前の、屈辱の出来事まで窺い知ることになった
のでした。
十月三十一日
危惧していたことだったが、浩二さんにまた身体
を求められる。
しかも今いるこの病室でだ。
山小屋でのことは一度だけの過ちとして看過する
つもりだったのが、若い彼の魔の手はまたしてもど
す黒い毒牙となって、私の肌だけでなく心にまで癒
えることのない傷の刻印を残していったのだ。
ベッドの上で襲われた時、当然私は抵抗した。
しかし病院の病室ということが、私から抗う声を
奪い、拒絶の力を半減させていた。
足の自由も利かず両手だけの抵抗では、若い浩二
さんの強い力に勝てる道理もなく、私の身体はまた
しても彼の欲望の餌食となった。
もしここで人でも入ってきたらという気が気でな
い思いもあり、私は浩二さんのなすがままになるし
かなかった。
まさかこのような場所でという予期せぬ驚きと、
人が入ってくるかも知れないという恐怖感の中で、
私は浩二さんに衣服のほとんどを剥ぎ取られ、身体
の至る部分への愛撫を受け続け、そしてまたしても
だが、彼の前に愚かにも女としてはしたなく反応し
喘ぎの声を上げてしまっていた。
失くしてはいないつもりだった自分の理性の心も
抑制の気持ちも、結果としてはしかし哀しいくらい
の脆弱さだった。
女としてはもう早くに枯れたはずの年齢でありな
がら、私の身体は義理の息子の浩二さんの時間をか
けた手管の前に脆くも屈していったのだった。
剥き出しにされた乳房への舌の愛撫と、乳首への
歯での甘噛み。
そして私の下腹部に伸び下ってくる彼の手で、敏
感な箇所を捉えられくぐもった声を上げるしかない
私。
感じてはならない愉悦に次第に薄れかけていく意
識の中で、どうしてかわからなかったが、唐突に私
は何十年も前の自分の屈辱の記憶を思い起こしてい
た。
私はそして浩二さんの前に、はしたなく愚かな女
の部分のほとんどを曝け出し、最後には彼の身体に
しがみつき悶え果てたのだった。
彼が病室から去って一人になった時、私の目から
涙が溢れ出た。
悲嘆と悔恨と慙愧の涙だった。
明かりを消したくらい闇の中で、当然のように私
は寝付けない時間を過ごした。
自分は本当に浩二さんの男の力に屈しただけなの
だろうか?
彼の魔の手が私に伸びてきた時、私は強く抗った。
義理の息子の暴走を強く叱る声も出した。
本当にそうだったのだろうか?
あってはならないことだが、どこかで女として浩
二さんの男としての欲望の行為を、心密かにはし
たなく期待している愚かな自分がいたのではない
か?
答えの見つからない自問自答を、眠れぬまま私は
長く続けた。
そして答えの見つからない苛立ちで混乱する私の
頭の中に、浩二さんに抱かれている時に唐突に思い
起こした、何十年も前の屈辱の記憶が勝手にめらめ
らと湧き上がってきていた。
長く自分の心の中に封印してきたことで…このこ
とを書き記すのは初めてのことだ。
大学を出て教職の道に進んで二、三年の頃だった。
教師としての最初の赴任先は、県内の奥深い山村
の小学校だった。
その頃からもう過疎化の進んでいる小さな村で、
学校の生徒数も一年から六年まで合わせて八十人足
らずだった。
そこで私は四年生の担任として社会人の第一歩を
踏み出し、二、三年があっという間に過ぎた。
そして忌まわしい事件に私は図らずも遭遇してし
まったのだ。
当時、村の山奥のほうで小さなダム建設がもう何
年かに渡って行われていて、その工事に携わる人間
が村の外から何十人も入ってきていた。
彼らは村から一時間以上も山奥に入ったダム工事
現場近くに、プレハブの飯場のような建物を幾棟か
建てそこで集団生活をしていた。
そして事件は起きた。
私は村の小高い丘の上にある小学校の運動場の横
に立つ教職員宿舎での生活だった。
建物は長屋式の平屋建てで二棟あり、そこに私を
入れて三人の教師が寄宿していた。
男性教師二人と女性教師は私一人だった。
夏休み前の大雨の降る週末だった。
私もバスで二時間ほどの実家へ帰る予定でいたの
が、クラスの子供一人が急性肺炎にかかり診療所に
入院していたので、日曜日に見舞いに行くつもりで
帰郷を断念したのだ。
宿舎に入っている男性教師二人はともに帰郷して
いた。
風はなかったが雨の音がすごく大きく聞こえる夜た
で、少し心細い思いでいた時だった。
玄関戸を激しく叩く音がした。
時刻は九時頃で、私は身を竦めるようにしてひど
く緊張した面持ちでいた。
戸を叩く音は止むことなく続き、次に人の声が聞こ
えた。
「すみません…すみません」
という男の声だった。
玄関口の明かりを点け、中から外を窺うと、硝子
戸越しにヘルメット姿の男が身を屈めているのが見え
た。
「どなたですか?」
と恐怖の少し入り混じった声で私は尋ねた。
「すみません。ダム工事の現場の者です。この下の
道で車の事故起こしちゃって」
運動場の下に、車一台が通りかねるような道が山に
向かってあるのは知っていた。
「すみません、こんな時間に。事故で足を怪我して
しまって」
私は止む無く玄関戸の鍵を開けてやった。
四十代くらいの髭の濃い男が合羽も着ずにずぶ濡れ
で立っていた。
右足の作業ズボンが大きく裂けていて、血のような
ものが雨に混じって流れ出ていた。
玄関口までその男を入れて、私は居間に戻り救急箱
を持ってきて、取り急ぎその場で止血処置をしてや
った。
「すみません、夜遅くに。血さえ止まれば帰れま
すので」
とヘルメットを外し、殊勝な恐縮の声を出してい
たその男が豹変したのは、それからすぐのことだっ
た。
怪我した足に包帯を巻き終えて、救急箱を持って
室に戻ろうとした背後から、男にいきなり飛びかか
られたのだ。
救急箱が廊下に落ち、中のものが廊下に散乱した
のを、何故か今も覚えている。
何が何だかわからないまま、私は男の強い力に引
きずられるようにして、明かりの点いた居間に連れ
込まれた。
私は必死になって喚き、泣き、叫んだ。
しかし激しい雨音がその全てを消し去り、私は居
間の畳の上で全裸にされた。
身を竦めるしかなかった私の横で、男が無言で雨
に濡れた衣服を脱いでいた。
何をどうされたのかの記憶がそこで途絶えていた
が、畳に仰向けにされ、両足を大きく拡げられて男
のつらぬきを受けた時の生まれて初めての衝撃は、
今も私の身体のどこか奥底に痛みとなって残ってい
るような気がする。
私の男性体験の最初だった。
「すまんかった。あんたの匂いに負けてしもうた。
もう二度と来んよ」
少し訛りの混じった声で男はそういって雨の外に
出ていったのは、十一時過ぎだった。
今も定かな記憶ではないが、男は私を一度犯した
後にも、
「すまんかった…」
といった。
やがて男は立ち上がり台所にいき、脱ぎ捨てたシ
ャツのポケットから煙草とライターを取り出し、ラ
イターを何度も擦るのだが火が点かず、調理台のガ
スを点火して煙草に火を点けた。
私は男に犯されている途中のどこかで意識を失く
していたようで、茫漠とした目を開けた時に男がそ
うしているのが見えたのだ。
男も素っ裸だった。
足の太腿から胸にかけてが黒い毛に埋め尽くされ
ている大柄な男の、あまりにも突発的で直情的な強
襲に、小柄で華奢な女の私が勝てる道理もないこと
だった。
畳に俯伏せになったまま、私は声を出すこともで
きず、涙を止め処なく流すしかなかった。
しばらくしてその男は再び私に迫ってきた。
私は壁の隅まで這うようにして逃げ惑うのが精一
杯だった。
男に苦もなく両腕を掴み取られ、私はその場でま
た畳みに仰向けにされた。
男は私の上に覆い被さるようにして、髭だらけの
顔を私の乳房に擦りつけてきた。
乳房の上で男の舌が蠢いているのがわかった。
長い時間そうされていたような気がする。
下腹部に何か固いものが当たっているような気が
したと思った矢先だった。
「ああっ…」
私は思わず高い声を上げていた。
男の固いものが私の下腹部にめり込むように侵入
してきたのだ。
最初の時の、あの生まれて初めての衝撃だった。
身体の中に何かを深く呑み入れたという実感めい
たものを私は感じた。
私の体内の深い部分にまで入った男のものはその
まま動きを制止した。
私の乳房を這い巡る男の舌だけが忙しなげに動い
ていた。
目を深く閉じているしかなかった私には途方もな
いくらいに長い時間だった。
気持ちがどうにかなりそうになりかけていた時、
男のほうが私の身体を抱え込むようにして上体を起
こしてきた。
男が畳みに胡坐座りをしていた。
上体を起こされた私はそのまま男の胸の中に包ま
れるしかなかった。
両足を男の腰に巻きつくようにして座らされてい
た。
そして私の下腹部には男のものが突き刺されたま
まだった。
「ああっ…こ、こんな」
屈辱の姿勢だった。
男の毛むくじゃらの太い腕が私の背中を抱いてい
る。
顔の目の前にやはり毛むくじゃらの男の厚い胸が
あった。
「ああっ…は、恥ずかしい」
男の熱い胸の中で私はどうすることもできなかっ
た。
男の片手が俯いていた私の顎を掴み、顔を上に上
げさせた。
間髪を入れずに私は唇で唇を塞がれた。
異性とのそういう行為は大学時に交際していた男
と一、二度くらいの経験だった。
髭が肌に痛いと感じる間もなく男の舌が強引に、
私の歯と歯を割って押し入ってきていた。
私は目を大きく見開いて驚きの表情で、声を呻か
せるだけだった。
男に裸のまま座位の姿勢で密着させられている時
間のどこかで、何か気持ちと心に初めてのような感
覚が出てきているような気がした。
これまで一度も感じたことのない不安定な感覚に
取り込まれそうになっていた時、私はまたそのまま
畳みに仰向けにされ、そして再びのつらぬきを受け、
私は男の前で二度目の意識喪失に陥ったのだ。
この時の本当の気持ちをいうと、意識を失う直前、
私は女としての快感めいたものを身体と心の奥底の
どこかで感じていたような気がした。
男が外に出る前の言葉は、意識を取り戻して間も
ない時だった。
それからの私は男の影に怯え慄く日が何日も続い
た。
誰にも告白することのできない恥辱だった。
そうして何ヶ月から一年、二年と日は過ぎた。
幸いといっていいのか、暴行による妊娠はなかっ
た。
次に転任した海辺の町の小学校で、私は亡くなっ
た夫と知り合い、恋に堕ちた。
本当に実直謹厳を絵に描いたような人で、言葉で
語るより手紙での告白が多く、私へのプロポーズも
連綿とした封書に依るものだった。
言葉で直接いってほしいという前に、私は彼に正
直に過去に不幸な過ちがあったことを告白した。
彼はそのことを意に介する素振り一つ見せず、ぎ
こちない言葉で私にプロポーズしたのだった。
私は彼と結婚し由美を出産した…。
義母が二十代の頃に男からの陵辱を受けていたこ
とは驚きの事実でした。
どんな人間でも表裏一体とはなかなかいくもので
はなく、表と裏があり、生きてきた過程の中では触
れられたくないことや、知られたくないことがある
のは当然です。
長く子供を教え導く教職員として生真面目に生き
てきていた義母にも、それはやはりあったのです。
小柄で華奢でたおやかな体型となよやか過ぎるく
らいに色白の肌。
清楚で清廉な身のこなしと、素養豊かでどことな
く気品の漂う顔立ち。
外形的にも内面的にも崩れとか歪みとかいうもの
が一切見受けられない人だと思っていた義母に、こ
れだけの屈辱の過去があるのは、正直なところ大き
な驚きでした。
六十三という年齢を重ねて尚、女としての妖艶と
はまた違う艶やかな魅力を、自然のかたちで保持し
ている義母であるだけに、表裏の落差は見た目以上
に深く大きなものなのかも知れません。
そして彼女の女としての屈辱の過去はまだあるの
でした。
時計を見るともう正午に近い刻限でした。
野村加奈子との約束もあり、僕は少なからずの未
練を残して、義母の日記を元通りの場所に戻し置き
ました…。
続く