『行ってきます。』の挨拶もなく、玄関から僕の靴が無くなっているのを見た母は、『家事をしている間に出勤をしたんだろう。』と思ったことでしょう。
事実、部屋の押入れに隠れている時に、『カチャ。』と扉が開き、居ないのを確認すると扉は閉じられました。
その後、母はちゃんと家事をこなし、2階のベランダで洗濯物を干している音も聞こえていました。
お昼11時近くなり、僕は4時間近く押入れの中にこもり続けています。その頃でした。一人で1階にいるはずの母が会話を始めました。
やはり、母の日記通りに誰かがやって来たのです。日記には、その人物のことを『ゆうくん』と書いてありました。来たのは、ゆうくんなのでしょう。
僕は押入れから出て、自分の部屋の扉に耳を当てて、外の様子を伺います。しばらく会話も聞こえず、物音だけで母が家にいることを確認します。
そして、笑い声が聞こえて来ました。『アハハハ~。』と母の独特な笑い方です。そして、答えるようにもう一人が話しました。男性の声でした。
『もしかしたら、近所のおばさん連中が来ているのかも。』と期待はありました。しかし、見事に裏切られたのです。
母の笑い声が大きくなって行きます。そして、男性と会話をしながら、階段を上り始めました。僕は、部屋で息を潜めます。
僕の部屋の前を通るので、途中で扉が開かれるかも知れません。その場面を想定して、いつでも母と戦える覚悟を決めます。
大義名分はこちらにあります。悪いのは母です。しかし扉は開かれず、二人は僕の部屋の前を通り過ぎ、母の寝室に消えました。
僕は扉の前でしゃがみ込み、時間が過ぎるのを待ちます。押し入るための、証拠が必要だったのです。
おかしな話です。僕は、母が知らない男性と性行為を始めるのを待っているのですから。
15分くらい経った頃、僕は自分の部屋の扉をゆっくりと開きました。音がたたないように、履いている靴下を床に滑らせるようにして、母の寝室に向かいます。
母の寝室の前まで来ました。もう覚悟は決めていて、逃げ帰るつもりもありません。それでも、扉に耳をつける勇気が出ず、廊下で中の様子を伺います。
中の様子が分かりかねて、しばらく待ちました。息子の僕は、母の部屋から聞こえる喘ぎ声を待っているのです。これもおかしな話です。
ようやく聞こえてきたのは、母の笑い声でした。まだ、二人で会話中なのかも知れません。しかし、すぐに『アァ~…。』と母の喘ぐ声が聞こえて来ました。
僕の手は扉のノブに延びたのですが、いざとなると開けられないものです。やっぱり怖いんです。
それでも、『アァ~…。』と母の二度目の喘ぎ声が聞こえた時、僕はノブを回して、一気に扉を開きました。
怖さは、一瞬で飛びました。ベッドの横で、こちら向きに立っている男性。その股間に座り込み口で奉仕をしているであろう母の後ろ姿でした。
『ちょっとちょっと~!開けんとって!!』と慌てて僕に駆け寄る母。同じく慌てて、後ろでパンツを履く男性。全てがスローモーションのように動きました。
母は僕に何かを言っていました。僕の身体を押して、部屋から押し出そうともしていました。
男性の顔を見ました。彼が『ゆうくん』です。見るからに幼く、17~18歳の子供に見えました。こちらを一瞬だけ見て、後は目も合わせようとしません。
突然のことに、どうしたらいいのか分からない様子でした。『出て行け、お前コラぁ~!!』、僕が普段遣わない言葉に、母も動きが止まりました。
ゆうくんは、恐る恐る僕と母の横をすり抜け、階段を下りて行き、この家から出ていきました。
突然、『あの子は悪くないの!全然悪くないの!』と母が僕に詰め寄りました。これから、少しゆっくりと母と話をしようと思っていたのに、状況が違います。
『私が悪いの!あの子はいい子なの!』と、ゆうくんを必死でかばおうとする母。でも、もう冷静になっていた僕には、何も響きません。
『全部言い訳。ほぉ、それで?それで?』と思いながら、聞く気もないのに勝手に母に喋らせていました。
一通り説明を終えると、母も冷静になってきます。『誰や、あのクソガキ?』、その言葉に母も返すのをやめました。説明しても無理だと思ったのです。