いけにえ
日が昇って、何とか僕は家に辿り着けました。誰もいない事を覚悟して玄関に向かうと、ドアの鍵は開いていました。でも家には、部屋でいびきを『クカー、クカー』と元気にかいている、姉だけしかいないみたいでした。
『あいこ』の推測はハズレました。でも何で、夕べみんながいなかったのかは謎のままでした。夕飯の残り物も無かったので、僕は家で食べる事をあきらめて、取りあえずシャワーだけ浴びて朝練に出掛けました。
途中、あのコンビニで食べ物とユンケルを2本買いました。レジで僕の顔を見るなり、店員さんが『ギョっ!』としてました。
陳列棚にあった鏡を見て、僕はガックリきました。また、目の下がクマで真っ黒でした。調子に乗り過ぎてる『バカの顔』が映ってました。
『ちょっと、控えよう…』
と、僕は深く反省しながら、『ツナマヨ』をガツガツ噛み砕き、豆乳でお腹に流し込むと、ユンケルもゴクンと立て続けにお腹に入れました。
練習場に着くと、今度はみんなが『ギョッ!』として、僕の所に寄って来ました。そして、何とも表現しにくい表情をしながら話し掛けてきました。
「ともゆき、マジかぁ~?」
「へっ? 何が?」
「お前、大丈夫かよ…?」
「だから…、何?」
「『あいこ』と、付き合ってるって、…何で?」
「ぅえっ!?」
(諸般の事情により、今回もオフレコでお送りいたします。)
一晩経っただけなのに、もうみんなにバレてました。しばらく秘密にして置きたかったのに『何で?』と、また混乱してきました。
「えっ? いや…、それより、何で、みんな知ってるの?」
僕の疑問には誰も答えずに、みんなが一歩半くらい引きました。『猛獣』と付き合ったら予想される反応だと思ってはいましたが、実際に目の当たりにすると、やっぱり僕も『逆に』引きました。
すると、一人の後輩がササッと進み出てきました。
「ともゆき先輩、自分、昨日、み、見ましたっ! さ、『貞子』みたいな『あの方』に…、無理矢理…、先輩が…、」
僕がガッツリハマってた白いワンピースのJKは、『貞子』呼ばわりされました。『チャレンジャーだな~、コイツ…』と僕は思って絶句しました。
全然、そんな想像もしないでチンポを充血させまくっていたので、『そう見えるのかな?』と思うとガックリ来ました。でも、チャラ男たちにナンパされかけてたので、『そうでもないよ』と自信が湧きました。
「あああっ、すみませんっ、先輩っ! じ、自分、怖くて、怖くて、な、何も出来ませんでした。すみませんっ!!」
『何もしてくれなくて、良かったよ…』と僕はホッとしました。この後輩を巻き込んでいたら、またさらに面倒臭いコトになる所でした。でも、コイツに『どの辺まで見られてたんだ?』と考えたら、物凄く恥ずかしくなってドキドキしてきました。
「お、お前、どこまで見たんだ?」
と、僕はたまらず、聞いてしまいました。
「せ、先輩が土下座して…、そしたら『うらあ~』とか叫びながら、『あの方』が走って来て…、」
「(ゴクンっ)でっ?」
「無理矢理引っ張られて、立たされました…、よね?」
「う…、うん。」
「………で、ナニ、されたんですか? あの後…。」
「えっ? 見てないの?」
「…はい、自分、怖くて走って逃げました。…す、すみませんっ! ホントにサァーせんっ!!」
「あっ、そか…(ホッ)。」
「ともゆき、…つうか、何でお前、『パシリ』遣らされてんだよ?」
「えっ!?(ああ…、そっちかぁ…)」
後輩は僕に『勘違いの』同情をして泣き出しました。コイツのお陰でみんなに、はなはだしく誤解されているようでした。面倒臭かったんですが、事情を正しく説明するのも面倒臭いし、第一、恥ずかしいのでスルーしようかと思いました。
「止めとけよ~。ロクな事ないぜ?」
「何の恨み買うか、分かんないよ?」
「あ、うん(…つうか、もう買わされちゃったんだよね…)。」
「『あの方』さぁ、例え彼氏でも、平気でボコるらしいから、危ないぜ!」
一昨日あった『「ショウたん」の惨劇』までもが、もうみんなに知られているのかと、僕はまたまた『ドキッ!』としました。
「えっ!? 知ってるの?」
「同じ空手道場に彼氏がいたらしいんだけど、『マジ』で『ガチ』の喧嘩して別れちゃったらしいよ…。」
(あれ? 『ショウたん』のコトじゃないの…、かな?)
「それって『試合』じゃなくて?」
「『試合』じゃねぇよ。『死闘』って言うんだよ!!」
僕は『ショウたん』の前にも、彼氏をボコったコトがあったのかと思うと、何とも言えない気持ちになりました。あの『惨劇』は、まだ知れ渡っていないと分かりましたが、『時間の問題だな』と思いました。
「ともゆき、悪いコトは言わない…。離れろ…。」
「…ちょっと、無理かな?」
「何でだよ?」
「こんなトコで、ビビんなっ! 根性出して別れろっ!」
何だか、場の空気がおかしくなって来ました。隠しておくと、もっとおかしくなって、もっと面倒臭いコトになりそうな気がしました。僕は思い切って教える事にしました。
「…無理だよ。昨日、告ったばっかなんだから。」
「はっ?」
「何だよ…、『コクった』って?」
「だから…、僕が…、『あいこ』に、」
「またぁ~、ともゆき、冗談キツいよ~ぉ?」
「マジなんだよね…。」
また、みんなが表現しにくい顔をして、また無言のまま、一歩半くらい引きました。
「と、ともゆき、…ま、…マジ?」
「うん、だから、『告ったトコ』を見られちゃったんだよね…。」
「あっ、で、お前、断られたんだ? 良かったな~。」
「ううん。OKもらった。」
『どぅえーーーーーっ!?』
「そんなワケでさ、ちょっと僕、『付き合うコト』になったんで、ヨロシク。」
しばらく、何とも言えない妙な沈黙が続いた後、ソワソワとみんなが動き出しました。
「や、ヤダなあ、ともゆき『くん』。隠してたなんて…」
(えっ、『くん』?)
「と、ともゆき『さん』、脅かしっコ無しですよ…」
(『さん』?)
「ともゆき『兄さん』、自分、夢を見てたみたいです! さっきの話し、…作りましたっ! さ、さ、サァーせーん!!」
(『兄さん』って何だよ?)
「バっ、ばかっ! お前、作ったのかよっ!? …い、いや、俺らも、なっ? なっ?」
急に、みんなが横一列に並びました。そして一斉に頭を下げました。
『すみませんでしたーっ!』
(…何の、謝罪なの?)
一応、みんなに僕と『あいこ』が交際を始めた事を公表して、公認してもらいました。この日だけ、みんなに『ガンバレ』とか励ましてもらえました。みんなも『ちょっと』期待していたみたいです。
村人を困らせる悪さばっかりする『もののけ』に『いけにえ』を捧げたので、『少しは、おとなしくなってくれるかな?』…と。『これで、自分たちに降りかかる災いが、妨げられるのかな?』…と。
僕も『ちょっと』期待してしまいました。『年上の彼女』が少しだけ優しくなって、ちょっと甘い恋愛生活が始まってくれるコトを…。
僕とみんなの甘い期待は、一週間も経たない内に綺麗に裏切られました。あっという間に『被害者の会』が発足し、僕はその代表者兼・交渉窓口にさせられました。『板挟み』とは僕のコトを指す名詞です。