ぼくは思春期の頃からずっと母のことを一人の女として見ていました。それも、母に淡い恋心を持っていた…などという可愛らしいものではありません。
ぼくは母を一人の女として見、母に性欲を覚えていたのです。ぼくは母とセックスしたいと、いつも狂おしく思っていたのです。頭の中は母のおまんこでいっぱいでした。
……そう、ぼくの頭の中は、母のおまんこの穴にぼくのちんぽを突き刺し、激しく擦り立ててから大量に精液を注ぎ込む妄想でいっぱいでした。その場面を想像しながらオナニーでイッたとき、ぼくはいつも、体が蕩けるような快感を覚えていました。
ぼくはそういうオナニーを思春期のときからずっとやってきたのです。計算すると15000回近くやってきたことになります。
実はぼくは、妻とSEXしているときも頭の中では母を思い描いていたのです。妻の中に射精しながら、実は空想のなかの母に射精していたのです。
そしてそれは、五十路を過ぎたいまでも続いています。妻とSEXしながら、妻の顔に母の顔を重ねているのです。
なぜ母を女として見るようになったのか、今となってははっきりとしたことは自分でもわかりません。ただ、初めて母の顔を思い浮かべて射精したときの、あの強烈な快感だけはよく覚えています。
あれはまだオナニーを覚えたてのころでした。友達に借りたエロ本をみながらちんぽをこすっているとき、なぜか唐突に母の顔が頭に浮かんだのです。本当になぜだかわかりません。
でもそのとき胸がギューッ、と締め付けられました。そして堪らなく切なくなって、同時に、それまで味わったことのない強烈な快感を覚えたのです。それは、射精しながら腰がとろけてしまうような気持のよさでした。
射精が終わったあと、ぼくは強い罪悪感を覚えました。なんだか背中がゾクゾクしたのも覚えています。
それでもつぎにオナニーするとき、ぼくはまたしても母の顔を思い浮かべたのです。だって思い浮かべずにはいられなかったのです。あの強烈な快感が忘れられなかったのです。きっと罪悪感が逆に快感を増幅させていたのだと思います。
それ以来、ぼくは罪悪感を覚えながら必ず母をオカズにしてオナニーをするようになりました。そしていまでも……。もしかすると死ぬまでやめられないかもしれません。