🔺倉持あかね
私はこの先、どう生きていくのだろうと不安になる時がある。
女としての全盛期は過ぎてしまい、今は若さにしがみついているだけの女に見える時もある。
全ては5年前のあの事件が転落の始まりだった。
34歳の頃、私は実業家の夫と10歳の子供と何不自由ない生活をしていた。
夫は私がいつまでも美しくいる事を願っており、私の健康目的、美容目的であるならばなんでもお金をだしてくれだ。
そんな私だが30代特有の欲求不満から通っていたスポーツジムでスタッフの男の子と不倫をしてしまい、彼の子を身籠ったことで夫にバレてしまう。
それから泥沼の離婚調停がはじまった。
私は子供の親権を夫にとられ、また慰謝料を私が支払い、そして逃げるように藤村町に引っ越してきた。
まさか子供までとは思ったが、結局、100対ゼロで私に非がある事。そして夫には経済力があり、祖父母も健在で子供の面倒を見れること。そして子供が乳幼児ではなくある程度の判断ができる年齢だから、「母親との生活が子供にとって不可欠とは見なす事はできない」と判断を下された。
結局、慰謝料は払ったが、「300万やるから出ていってくれ。これだけあれば当面は問題にならないだろ」と言われ、、そして今私はここにいる。
何もかも夫に依存していた私は働かなければならなくなった。
だが私に出来ることがあるのかと考えれば、特に何もない。
だが、、年齢の割に容姿が、、、という要素で、男性中心の会社にはすぐに採用された。
それから私は「保安器」と呼ばれるマンション設備を組み立てる工場で働く事になった。
毎日、毎日、工場長の掛け声に合わせて部品を組み立てていくだけ。
私は「懲役」を受けている気分になった。
(だめだ、、このままでは自分がいつから壊れる、、ストレスコントロールをしないと、、)
そこで思いついたのは、、スポーツジムに通うことであった。
スポーツジムでしか私が輝ける場所はないと思った。
まだ恋愛がしたい、私はまた輝ける、、そして私は藤村町にある小さなスポーツジムへと申し込むのであった。
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