私が23歳の時の話。当時ホステスをしており毎夜ほろ酔いで帰るのが当たり前だった。
いつものようにほろ酔いで歩いていると「お姉さん大丈夫?」と居酒屋の店員が声をかけてきた。
いつも通る道沿いの居酒屋だったから何回かはお店に入ったこともあり「大丈夫よ」と愛想よく返事して行こうとしたら「待って」と呼び止められ、自分の着ていたパーカーを脱ぎ私の前に差し出し「寒いから着ていきなよ」と言う。びっくりしている私に彼は強引にパーカーをかけ「風邪ひくよ」と一言言って店中へ入って行ってしまった。
それがタクトとの最初の出会い。酔ったら眠たくなる私はこの時のタクトの顔は全然記憶にない。ただパーカーの温もりに包まれ不思議な感じで帰った。
次の日、私は洗濯して顔も覚えてない名前も聞いてない彼を訪ね居酒屋に入った。「あの、昨日いた店員さんにこれ返したいんですけど..」袋に入ったパーカーを見せると、「おい!タクト!お客さん!」と誰かが大声でタクトを呼んだ。奥から返事が聞こえ少年が私の前に立つ。坊主ではっきりした顔立ちに片耳ピアス、今時の子だ。私は袋を渡し「ありがとうございました」と一礼し立ち去ろうとするとまた「待って」と声がする
「少し飲んでってよ」開店仕立ての店内はまだお客さんはいなく、店員の視線は私に集まる。飲食業のよしみで断ることも出来ずましてや恩があり「少しだけ」とカウンターの椅子に座った。「ありがとうございます」とタクトはにっこり笑う。
かわいい。男性にこの言葉は間違いなんだろうけど私はそう思えたのだ。
それからタクトとは仲良くなった。