10月中旬。やす君と付き合ってから1年が経ちました。私はこの一周年をちょっと面白く過ごしたいと計画しています。そして、この日の為にアイテムを準備しました。それを持ってやす君の家に向かいます。「あれ、なにそんなに持って来たの?」いつもより荷物が多い私を見て驚いています。私は持ってきたものを部屋に広げます。黒のローファーに高校生がよく持っている布製のカバン。「えっ!?なにこれ・・・?」「制服デートしよ!」「えっ!?」「してみたかったんでしょ?モテない男子高校生のやす君は」「そうだけど・・・今から?」「もちろん!」やす君が前に、放課後にデートとかしてみかったと言っていたのを覚えていました。それを叶えてあげようということです。「本当に??」「うん。じゃなきゃ買ってこないでしょ笑)」「マジか~・・・誰かに見られたら恥ずかしいな」「そんなに友達多くないでしょ(笑)さ、着替えた着替えた」やす君が渋々、実家から持ち帰った制服に着替え始めました。私もやす君の家に置いてあった制服に着替えます。やす君がブレザーで私がセーラー服です。なんだか本当に高校生みたいです。私達はいつものカバンから学生カバンに持ち替えて、真新しいローファーを履いて外に出ました。肩にカバンを掛けて手を繋いで歩きます。「どこ行く?」やす君が聞いてきます。「とりあえず、街に出よっか」電車に乗って街へ出ました。他の高校生と同じようにゲームセンターでプリクラを撮ります。それから、ファーストフードへ行って、撮ったばかりのプリクラをやす君がとても照れ臭そうに見ています。「男子校だった恨み少しは晴れた?」「うん。結構楽しい」「良かった、良かった」「トモミもさ、高校の時こんな感じでデートしてたの?」「こんな感じではないかなぁ~田舎だし」「そうなんだ。どんな感じだったの?」「えー放課後一緒に帰ったり、コンビニ行ったり、たまにショッピングセンターに行くくらいだよ」私の地元には映画館もない田舎なので、高校生のデートはとても限定的です。ふと、やす君の表情が曇りました。「あれ、ヤキモチ妬いちゃったの?」「違うって・・・」「絶対そうでしょ?そんなにお餅焼かれても食べれないよ(笑)」このぐらいのヤキモチは少し気持ちが良かったりもします。数時間のデートを終えて夕方、私達はスーパーに寄って帰ることにしました。スーパーまでの途中、道端で頭から血を流して座りこんでいるおじいちゃんがいました。やす君が近づいて声をかけます。「大丈夫ですか?」おじいちゃんは「大丈夫、大丈夫」答えますが、額から流れる血はメガネを真っ赤にしています。「トモミ、ティッシュある?」
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11月下旬。その日は天気が悪くて、昼過ぎから私の部屋でくつろいでいました。やす君は冬休みに入ったら合宿免許に行く予定なので、こういう時間は貴重です。出来上がってきた成人式の前撮り写真を見てもらった後で、やす君が不意にテーブルの下に置いてあったファッション誌を指し「これ見てもいい?」と言うので「うん」と答えるとその雑誌を手に取りました。「ん?何これ?」雑誌の下に置いてあった、その存在のことを私は完全に忘れていました。私が止める間もなく、やす君は雑誌をその脇に置いて白い紙を手に取ります。(ヤバい・・・・・・)やす君はそれを見ます。「どういうこと?」「大丈夫なんでもないから気にしないで」「いや、どうしたの?」「本当に何でもないの」「いや・・・気になるから」それは、○○産婦人科と書かれた病院の領収書でした。私が一週間前に行った時のものです。「大丈夫なの、本当にそういうのじゃないから」たまに『ナマ』ですることもあったので、その可能性はありました。ただ、やす君が今、心配しているであろうそれを否定します。「じゃあ、なに?」「うん、ちょっとね。本当に大丈夫だから」「トモミ、ちゃんと言って。大丈夫だから」お互いが主語をはっきりとさせないまま『大丈夫』の応酬です。「本当に、安心してって。できたとかじゃないから」「じゃ、どっか悪いの」本当のことは言えません。けれど、テイのいい言い訳も見つかりません。「ううん。大丈夫・・・」「え?何?本当に言ってよ」「大丈夫なんだって」「できたんでしょ?」「違うよ」私も苦しくなってきました。けれど、理由を言いたくはありません。やす君は一度、大きく深呼吸をしました。「俺、大丈夫だよ。もしそうでも働きながらでも学校行くし。だから、正直に言って」(どうしよう・・・やす君が真剣だ。そして、私が妊娠したと思いこんでる・・)「うん、でも本当に本当にそうじゃないから」「じゃ、どこか悪いの?」もうこの繰り返しです。「ううん、大丈夫だよ」「調子悪かったの?」「そうでもないんだけど・・・」「言いづらいことかもしれないけど、トモミも逆の立場だったら心配でしょ?だから言ってよ」「うん・・・」「なに?」今度は私が深呼吸をしました。一度は決心をしたつもりでしたが、やっぱり言い出す勇気がでません。そんな私をやす君は急かします。「トモミ大丈夫だから、ほら言って」
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1月中旬。成人式を終えて、実家から帰る際に母から「彼氏にあんまり迷惑かけないようにね」と言われると、父から「少しは飲めるようになったのか?」と尋ねられました。「うん、少しだけね」「そうか」それだけでしたが、父からやす君のことを聞かれるのは悪い気はしませんでした。私は成人式が終わった後は中学校の時の友達数人と食事に行きましたが、やす君は地元の中学校には通ってなかったので特にそういうこともなくすぐに帰宅したそうでした。それは少し寂しそうです。帰ってから「なんにもなかった?」「うん」やす君が危惧していたのは、成人式で元彼との接触でした。痩せた私を見て、また私のことを・・・と心配していましたが、そんなことはまるでありませんでした。それを伝えると、ぱあっと表情が明るくなります。「そんなに心配だったの?」「もともと、トモミのこと好きだったわけでしょ・・・」「そうかもしれないけどさ、心配しすぎだって(笑)」万が一、声を掛けられたところで復活するようなことはありません。それが分からないのかなとも思ってさえしまいます。「そうだ、トモミ前にさ成人式までは髪切れないって言ってたけど・・・」「あぁ、そんなこと言ったね」やす君が前に「ショートカットにして」と言っていたことを思い出しました。私は自分の髪で出たかったので「成人式までは切れない」と言っていたのですが、まさかそれをすぐに言われるとは思っていませんでした。そんなにショートにしてほしかったんだと気付きます。「いつ髪切る?」「えぇ!そんなに、すぐなの?」「だめ?」「だめじゃないけど、そんなにすぐなんだと思って」「楽しみにはしてたから・・・」「そうなんだ(笑)んん~じゃ、考えておくね」「うん。楽しみ」私はふと閃きました。「ねぇ、やす君も髪切らない」「えっ、俺?」「うん、やす君もちょっと短くしてみよ!」「短くするの?」その表情は明らかに不安そうです。「そうそう。ワックスとかつけてちょっと立たせてみたりとか」やす君の部屋には整髪剤の類はありません。「なんて頼んでもいいか分かんないよ」「じゃ、今度雑誌買ってくるよ。それ見て決めよ。あっ、一緒に美容院行こっか?」「美容院なんて行ったことないよ」「一緒に行けば大丈夫だって」私は強引にそれを決めてしまいました。その数日後には実際に雑誌を買って「これがいいんじゃない?そっちがいいかな?」とやす君と相談して決めました。やす君も女性誌を見て「これがいい」といくつか候補をあげてくれたうちから私の髪型も決まります。私としてはさながら、お昼のワイドショーの「旦那改造計画」気分で、楽しいです。
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4月下旬。やす君から、去年もあった花見の誘いがありましたがその日は仕事だったので参加できませんでした。まだ学生のやす君が少し羨ましくなります。入社当日、挨拶をするとその反応はあんまり芳しいものではありませんでした。そう感じたのは私が緊張していたせいでしょうか。あんなに働けることが楽しみだったのに、毎日目の前の言われたことをこなすので精一杯です。「おはようございます」「お疲れ様です」と挨拶をしても半分が帰ってこなかったり・・・まだ、仲間の一員として認められていないのでしょうか。それに仕事も周りのスピードについていくのがやっとです。「遅い!」と言われることも度々あって、しっかりと着いて行かなきゃという焦りがありますが、これも数ヶ月もすれば慣れるとこの時は思っていました。社会人デビューはのスタートはあまり感じのいいものではありませんでした。毎日寝る前は少しだけ、明日の仕事が憂鬱です。そんな毎日なので、やす君とのメールもだいぶ減りました。それでも、お互いに時間を作って会うようにしました。「仕事どう?」「うん、慣れるまでは大変そうかな」そんなメールをした覚えがあります。私が休みの時は、やす君の家でご飯を作って学校から帰ってくるのを待ったり、逆にやす君が休みの時は私の帰りを待ってくれたりして会う時間を作っています。その日は私が、やす君の家でご飯を作ってアルバイトからの帰宅を待っていました。ごはんを作り終えてから暇だったので、この4月からやす君が取りだしたスポーツ新聞を拡げます。やす君の弟くんが、2年生でレギュラーに抜擢されたようでそれは誇らしげでした。そして高校野球の情報を得る為に取ったものでした。芸能面を読んだりしていると、やす君が帰ってきました。「ただいま」「おかえり」こうやって、休みに会えるのが唯一のオアシスです。夕飯を食べながら、やす君に尋ねられます。「どう、少しは慣れてきた?」「うん、大変だけどちょっとずつね」自分に言い聞かせるように、そう言います。感じている不安をそのまま言えたらどんなに楽なんだろ。でも、まだ一ヶ月もしないうちに弱音を吐くのは甘えのような気がして、言う気にはなれません。そして、それを聞くやす君の顔を見ると少し安心したようで本音を話してしまうと、それを裏切るような気さえします。やす君もこの春からある学内講座を受け始めました。どうやら、志望する進路を決めたようです。部屋にもその参考書が並べられています。(やす君も頑張っているんだから、私も頑張らなきゃ・・・そのうち慣れるだろうし)夕飯の片付けを終えてから、やす君は勉強を始めました。私は携帯電話を見たり、持参した雑誌を見たりして、その時間を潰します。(私と会う時ぐらい勉強しなくたって・・・)そんな想いがどんどんと支配してきます。それまでにも、やす君は私と居る時に勉強をしたり、レポートを書くことがありましたが「真面目だなぁ」と関心していて、そんなやす君を尊敬していました。私のなかで大学生って遊びが本分だと思っていたところもあったので、それとは一線を画しているように感じていました。ですが、それが今はもどかしい気持ちになります。「ねぇ、やす君」「んん~?」「勉強あとどれぐらいで終わる?」「ごめん、もうちょっとかかるかな」「そっか・・・」分かってはいるけれど・・・言葉にはできないけれど・・・。私はやす君の背後にまわって抱きつきます。「ねぇ、まだ??」
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