2017/05/26 00:52:39
(6S8NvDpP)
嫁の事は すっかり忘れてたね。
遣る事は 伯母と婆ちゃんで 事足りたしね(笑)。
百姓の事で いっぱいいっぱいだったし。
伯母朝子が嘔吐するように成り 朝子に子供が出来たのには驚いたね~!
その時代、子供が出来無いと 女側に原因が有るとされ 離縁も有ったが 原因は伯父の方らしかったんだよ。
47歳夏 朝子は男児を出産、子供の戸籍は父親の覧は空白に成らざる得なかったんだな。
その頃から 婆ちゃんの様子が少しずつ変に成り出し、2回目の最中 「何してんだい 誰?」
何て事が何度か!
数ヶ月で悪化 痴呆老人に成り 何もかも直ぐ忘れる。
食事を食べる事は覚えてるが 食べた事を忘れて 食事が終わって暫くすると「夕飯 まだかい?」
これには参った(笑)。
婆ちゃんが夜中出歩くように成り、婆ちゃんも俺達の部屋に一緒に寝かせるようにしたけど。
食べる事とSEXする事は忘れてなかった婆ちゃんだった(笑)。
朝子は子守りと婆ちゃんの世話で 百姓は俺1人、子供も産まれ頑張ったな!
畑仕事してると あのボケボケ婆ちゃんが 血相かいて走って来て
「○矢 大変だ ○坊が ○坊が‥」
家に走って帰ると 救急車が来てて病院へ!
3つに成る前に○坊は死んでしまった。
婆ちゃん 隣家にも知らせて 隣家の人が病院まで来てくれたんだよ!
原因不明で死亡診断書が出て
「 タクシーには死亡者を乗せれないから 家の車で○坊を連れて帰ろう」
と 隣家の車で家に連れて帰りました。
車中 朝子は○坊を抱きしめて泣いてました。
全く婆ちゃんの事は頭の中に無く 押入から○坊の布団を出し敷いて 足元側にポツンと 暗い部屋に座ってたのには驚きました。
あの一時 正気に戻った婆ちゃんが 未だに不思議ですね。
それからは 寝たり起きたり朝子の世話を受け 夕方 少しの お粥を口にして 眠るように此の世を旅立ちました。
その頃には 俺と朝子の仲を地区の人達は受け入れてくれたのかな?
何とか受精可能な内にと それまで以上に励んだが 受精期は終わり、少しずつ俺を拒むと云うか少なく成って来て、まだ30過ぎたばかりで、「じゃ嫁さん探し」とばかり 女散策を少しばかり(笑)。
結構尻軽な奥さん オバサン 婆さん 俺より年上で婿の見つからない1人娘も居て 時々 御世話になりました(笑)。
幾ら百姓をやっても 残る物も知れて、人生を掛けて田畑家屋敷すべて売り払ったのが 俺42歳 朝子62!