出張から帰ってしばらく僕は悶々とした日々を過ごしていました。
美代子との会話の中で榎田部長の名前を出したこともあります。
美代子は至って普通の反応でした。
「相変わらず元気よねー」
「でも、美代子…結構仲良かったよな?」
「同じチームで仕事してたし。結構みんな榎田さん怖がってたでしょ?みんな私のとこにグチ言いにきてたよ」
こんな会話をし、普通に家事をこなし子供の世話をしている妻を見ていると、部長に担がれたんじゃないのかとさえ思ってしまいます。
それぐらい妻の反応は普通でした。
営業と企画の合同でのイベントがあり、その打ち上げがありました。
僕は関わっていないので参加しませんでしたが、部長は参加します。そして、美代子も参加することになっていました。
美代子は子供のこともあるので普段はほとんど飲み会に参加しません。アルバイトを始めてからは数回飲んで帰ってきた程度でした。
会社の飲み会とはいえ、部長と宴会の席に同席することに僕は不安を感じていました。
部長はあれから何も言ってきません。
打ち上げの日。
僕は早くに家に帰っていました。美代子は10時半ぐらいに帰ってきました。
「どうやった、飲み会?」
「どうって、普通に楽しかったよ」
「榎田部長も来てたよな?」
「うん。あまり話さなかったけど」
「そうなん?」
「席も離れてたし。それより杉本君っているじゃない?私、あの子ダメだわー。あの軽いノリついていけない」
妻の話を聞いていると、心配していたことがすべて杞憂だったのではないかと思いました。
なんだかんだ言いながら、部長は俺をからかったんじゃないか、そんなことすら思っていたのですが…。
部長から呼び出されたのは、その翌日のことでした。
部長はわざわざひと気のないミーティングルームに僕を呼びました。
「昨日、美代ちゃんなんか言うてたか?」
「え?普通に楽しかったと」
「俺のことは?」
「あまり話さなかったと…」
「ふうん、そうなんや」
部長が少し笑ったように見えました。
「昨日、席隣りやったし、ようしゃべったけどな」
「でも…美代子はそんなことは一言も…」
「そりゃ、言わんやろ。俺が横からこっそり手握ったとか」
「え…?」
僕は混乱しました。
「ああ、もちろん、美代ちゃんはすぐ手を引っ込めようとしたよ。俺は離さんかったけど」
部長は僕の反応を伺うように見つめます。
「美代ちゃん二次会行かんのわかってたからさ。美代ちゃんがトイレに立った時に俺もトイレ行って待ち伏せして…今度飲みに行こうやって誘った」
僕は部長の次の言葉に身構えます。
「断わられたわ。子供もいるし、あまり飲みには行かれんからって」
「そう…ですか」
僕は安堵します。
「でも、また誘うって言うた。LINEも聞いたし」
「美代子は…きっと行かないですよ」
「そっか。でも、俺と話したことは黙ってたんやろ?」
「それは…」
「確認やけど、口説いても大丈夫なんやな?」
「いいわけじゃ…。でも、断ったんですよね?」
「お前、俺が今まで何人の女とハメてきた思ってんねん?人妻やで?しかも、元彼の誘いやで?最初からOKするわけないやろ」
「それはまあ…」
「ま、それでも美代ちゃんが断る場合もあるしな。それはそれでええやん」
部長は言うと、急に何かを思い出したように懐からガラケーを取り出しました。
「お前に見せよう思ってな」
部長は携帯をいじると、僕に向けて画面を見せました。
(あっ…!)
そこに写っていたのは妻でした。
美代子が服とブラを自分で捲りあげてカメラを見つめています。
恥ずかしそうに笑っている美代子は20代前半、若い時の姿です。
部長はもう一枚僕に写真を見せました。
全裸の美代子でした。
両手で顔は隠していましたが、ベッドに座り、股を開いています。美代子の性器は丸見えで写っていました。
「お前が信用してなかったらあかんと思ってな。昔の携帯、まだあったから」
ショックを引きずったまま、僕は部長との会話を終えました。
その後はずっと半信半疑でした。
妻を目の前にすると部長の言っていたことは信じられません。
部長の言ったことを聞くと妻は自分に嘘をついているのかと疑ってしまいます。
何より部長に見せられた決定的な写真が僕の心を乱していました。
あれは過去のことだ、今、美代子は自分の妻なんだ、子供の母親なんだと必死に自分に言い聞かせました。
部長と話をしてから2週間ぐらい立った頃でした。
出先にいた僕に部長からメールが入りました。
[お疲れ。美代ちゃんと来週の金曜日飲みに行くことになったわ]
僕は目を疑いました。
本当に美代子が部長の誘いをOKしたのか?
家に帰っても先に帰っていた美代子からは一言もそんな話はありません。
僕は疑心暗鬼のまま数日を過ごしましたが、翌週の月曜日になって夕食の時、ふいに美代子が口を開きました。
「そうそう、今週の金曜日、企画のアルバイトの子達と飲みに行くことになったんだけどいいかな?」
「あ、そうなん…」
聞いてから、僕は何ひとつ妻の手料理の味がしませんでした…。
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