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許婚

投稿者:守男
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2016/08/23 10:48:51 (uCBeQBs4)
年寄りな者で、細かいことが不得手になっております。
書き間違いによる誤字脱字等ありましたら、ご容赦願いたいです。
私は昭和15年生まれの76才です。
幼少の頃は戦争でした。
父は大工、戦後復興の波、父の仕事は忙しく、あっちが終わればこっちに行き、がむしゃらに働いてて、他の家より多少は裕福だったと思います。
私が中学二年の年です。
両親に呼ばれました。
両親の前で正座をして、話しを聞かされました。
私は中学を出たら、父の後をついで、大工見習いに入るつもりでいたんです。
父が言いました。
「高校へ進学しろ」
私が小学校卒業時、将来父と同じ大工の道を進みたいことを話すと、大喜びしてたはずの父です。
母がこれからは学が物を言う時代になる、だから高校くらいは出ろとの話し、大工見習いはそれからでも遅くはない、それが理由でした。
職人気質で厳しい父の言葉に、私は、はいわかりました、と同意せざる得ませんでした。
でももう一つ、私の将来に絶対的、決定的、重大なことがありました。
高校進学承諾の話しが済むと、父は立ち上がり、外に出ました。
母は緊張した面もちで、私を睨むようにしてました。
「どうぞ、こちらえ」
外に出て行った父が戻ってきて、父の案内に添うように、母娘が入ってきました。
誰なのかは全くわかりません。
父が説明を始めました。
父と大工仲間だった人の奥さんと娘さんでした。
その大工仲間は戦争で帰らぬ人になり、戦争未亡人とその娘という訳です。
父は、その大工仲間に相当な恩義があるらしく、その母に仕事世話したりしてきたそうですが、やはり厳しい世の中でした。
中学二年の私と、なんの関係があるのか、理解出来ないでいました。
「お父さん、回り口説い話しでは守男がわかりませんよ」
母の横やりに、こほんと咳払いをした父が、話しの核心を話しました。
「その子(娘を指差し)は、お前の許婚になる。その子の将来のためにも、お前には進学してほしいのだ」
青天の霹靂とは、まさにこのことでした。
唖然としてる私に、母の叱咤が飛びました。
「わかったのか、返事しなさい」
返事など出来るはずもありません。
名前も知らない子を、いきなり許婚だからと言われた中学二年の私です。
父も私を叱咤しました。
「守男、聞いてるのか」
大混乱の頭を少し整理、やっと言葉を発した私でした。
「名前も年も、何も知らない子を、いきなり」
私はその子を見ました。
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投稿者:守男
2016/08/23 11:31:34    (uCBeQBs4)
その子はペコンと頭を下げてから言いました。
「晶子と申します。年は12才です。守男さん、よろしくお願いいたします」
きちんと練習してきました、みたいな感じ、もう私を除くところで、話しは決まっている、そうわかりました。
晶子のお母さんは、深々と頭を下げ、私の母は変わらず、緊張の面もちでした。
私は思わず、晶子に言葉を掛けました。
「許婚って、どうゆうことかわかるの?」
晶子ははっきりした口調で答えました。
「守男さんのお嫁さんになる、そうお母さんから教わりました」
良いも悪いもなく、外堀内堀まで埋められた感じの私は、わかりましたとしか言えません。
「よろしくお願いします」
深々と頭を下げる母娘、私はそれを見て複雑な気持ち、両親は安堵みたいな顔をしてました。
父は家を少し直し、そこに晶子母娘が住みました。
奇妙な五人での生活が始まりました。
晶子は母の手伝いをこまめにして、母も晶子を可愛がってました。
私が中学三年になる、晶子も同じ中学の一年に入学しました。
一緒に通学するのが恥ずかしくて、私は晶子に一緒に通学はしないと言ってあり、晶子はそれに従ってくれました。
でもすぐバレてしまいました。
友達が私の家に晶子が入って行くのを見て、晶子に聞いたらしいのです。
事を知った友達が、私のとこに走ってきました。
「一年の晶子って、お前の許婚なんだって?」
教室内が大騒ぎになりました。
私は答えました。
「一応は。でもだからと言って必ずそうなるとはわからないよ」
私は晶子に少し怒りを感じました。
何故しゃべったんだ。
私は帰宅後、晶子に詰め寄りました。
晶子は何故怒ってるのか、みたいな感じでした。
「いけませんでした?だって許婚ですから」
淡々とした様子の晶子に、何故か湧いた怒りはすっと落ち着いてました。
物事に動じない、家事もそつなく手伝う晶子に、女の一面を見た感じがしました。
晶子は私をどう見てるのか、それが知りたくなりました。
地元の公立高校に無事、入学しました。
晶子は中学二年に、体は女性らしく成長してました。
そこで私は晶子に、前思ったことを聞いたんです。
「お父さん(私の父)から、ぶっきらぼうだが真面目だと守男さんのことは聞いてました。その通りだなと思いました。でも最近わかったのは守男さんが、気配り出来る優しい人だとわかりました」
そしてこう続けました。
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投稿者:守男
2016/08/23 12:44:32    (uCBeQBs4)
「一緒に住むとなったとき、お母さん(晶子の母)から言われたんです。守男さんは年頃の男の子だから、部屋を覗かれたり、お風呂覗かれたりするかもしれない。けど晶子、貴方は許婚なんだから、それを騒いだりしてはいけないのよって、言われました。でも一度もそんなことされたことないし、私に気を使ってるのかな、優しいんだなって思いました」
優しいのではない、ただ晶子に興味がなかった、私の正直な気持ちでした。
でも少しずつ、私の心に変化が出始めた時期でもありました。
最初見た晶子は、ガリガリの小さな女の子でした。
戦後の混乱の母娘は、おそらく食べ物にも困っていたのか、一緒の生活で晶子はぐんぐん変わっていきました。
変わらないのは、相変わらずの敬語と礼儀正しさでした。
晶子が中学三年に上がり、すぐでした。
私は両親に言われ、晶子の亡き父の墓参りに同行することになりました。
墓前に語りかけるように、晶子が独り言を言いました。
「お父さん、晶子だよ?大きくなったでしょ」
私は数歩、下がったとこにいました。
晶子の声が少し小さくなりましたが、私にはしっかり聞こえました。
「お父さん、私ね、赤ちゃん産めるまで成長したよ。今日はその報告です」
私はそれを聞こえないふり、してました。
家に帰ると、晶子の母と私の母が共同で、赤飯を炊いてました。
晶子の母が言ってました。
「この日が来なかったら、どうしようかと思っていた」
晶子は恥ずかしいような様子でした。
いよいよ私は晶子に女を意識するようになっていきました。
晶子の裸を見てみたい、その気持ちを少し持つと、それが一気に膨れ上がり、その衝動を抑えれなくなってました。
「覗かれても騒いだりしてはいけない」
晶子は騒がないはずだの頭もあり、私はついに行動に移しました。
夏、晶子は学校から帰宅すると、風呂沸かしが晶子の最初の手伝いが日課でした。
暑いからなのか、晶子はどうやら水浴びをしてるみたいな音がしてました。
風呂場には通気用小窓があります。
私はそこから覗きました。
白い肌に盛り上がる胸です。
想像より遥かに大きい胸でした。
時代は昭和30年代初期、まだ女性用下着は粗末な物、特に都会から離れた私のとこなどは、胸にサラシを巻いてってのがまだまだ主流でした。
晶子もその口、おそらくサラシでかなり押さえつけてたようで、その予想を上回る大きさに驚いたのです。
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投稿者:守男
2016/08/23 13:24:22    (uCBeQBs4)
晶子はやがて、水浴びを終えて、出て行きました。
私も急ぎ部屋に戻り、自慰を始めました。
白い裸に盛り上がった胸、初めて見た女性の体です。
「守男さん」
部屋の外から晶子が声かけてきました。
「水、くんであるから、良かったら水浴びどうぞ。それ済んだらまたお掃除して、沸かしますから」
私は、わかったと答えましたが、自慰最中、水浴びどころではありませんでした。
しばらくして、再び晶子は声かけてきました。
「守男さん?水浴びなさらないなら、掃除してもいいですか?」
「あ、ああいいよ。掃除して」
私はそれから時々、晶子の風呂を覗きました。
晶子は知っても騒いだりしてはいけないを守ったのか、本当に気づかないのか、私にはわかりませんでした。
許婚なんだから、もっと積極的に手を出せばいいではないか、そう思う人もいるかと思いますが、私にはまだ晶子を婚約者、として見れないでいました。
そこまでの踏ん切りが出来てませんでした。
まだ高校生でしたし、将来をそこまで見据えてなかったんです。
晶子は中学を卒業しました。
高校に行きたいなら行っても良いと言った父の申し出を断り、晶子は比較的家事では苦手としていたはずの裁縫、わざわざ苦手の裁縫をしなきゃならない、服の直しをする店に働きに出ました。
晶子には計算があったんです。
高校に行けば、三年は許婚としてそのまま、高校に行かなければ私が卒業と同時に、それは後から聞かされました。
私は高校三年、父と同じ大工の道を進むつもりでした。
でも時代はこれから機械化になる、大工の将来に不安を感じた私は、別な道を探すことにしました。
私は学校の勧めで、機械部品を作る会社に行くことに決めました。
親会社が旧財閥系で、安定していい給料貰えるが理由でした。
そうなるともちろん、晶子とどうするかが再浮上してくるわけです。
服直し店で働く16才になった晶子、18才高校卒業を控えた私、親の同意あれば結婚は可能です。
晶子のお母さんも、多少考えに変化がありました。
無理にはさせたくない、けどお世話になった私達家族に申し訳が立たない、微妙な考えになってました。
父も晶子を家族同様に扱ってました。
母はちょっと違った考えでした。
こまめに良く気が付き、手伝いをしてきた晶子が、守男のお嫁さんになればと考えてました。
そして私は。
晶子に女を感じてましたし、晶子がいない生活を想像出来なくなってました。
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投稿者:守男
2016/08/23 14:07:10    (uCBeQBs4)
晶子が好きなのか、知らないうちに好きになってる自分に気づきました。
風呂を覗きながら、晶子という女に魅了されてました。
では晶子はどうなのか。
先ほど書いた通り、晶子は私の高校卒業をひたすら待っていたんです。
だから高校進学を晶子は断ったんです。
ついでに言えば、風呂覗かれてることも、晶子はお見通しでした。
バレないはずありません。
小窓開いてれば、誰か覗いてるってわかるに決まってます。
晶子はあえて、小窓に目をやらないよう、気をつけていて、自分が私にどうゆう対象になってるかを、きちんと認識していたんです。
女としての対象になっている、晶子はそれを知っていました。
「私は守男さんのお嫁さんになる」
晶子が一番、揺らいでなかったのです。
12才の頃の気持ちが、全くブレてなかったんです。
話しは決まりました。
きちんと契りを結びたい、そう申し出たのは私でした。
男性としてけじめをつけたい気持ちでした。
昭和33年暮れ、父の先輩大工を仲人みたいな役をお願いし、結納みたいなことをしました。
きちんとした物ではなく、簡素な物でした。
これでやっと、結婚の約束を結んだわけです。
そうなると次は、体の結びつきです。
私はきちんと就職するまでは、そう思っていました。
それを促したのは母でした。
「お前の学校から役所に向かう途中に、成田旅館あるのわかるかい?そこの女将さんに話ししておいたから」
そう言って私にお金を渡しました。
つまりそこで晶子と結ばれてこいと言うことです。
私は給料もらうようになってからと言いました。
「もう決まったんだから。いつまでも女を待たせるもんじゃない。晶子は何年も待ってたんだよ」
母の毅然とした態度の中にも、晶子を思いやる優しい気持ちを垣間見ました。
晶子が服直し店休みのとき、私はあえて学校をサボり、晶子を誘いました。
街を少しブラブラ、成田旅館前、誘えず通り過ぎたり。
やっぱり女は、男より一枚二枚上手でした。
三度目くらいだったでしょうか?
成田旅館の前を通り過ぎようとしたときでした。
「ここに用があるんじゃないですか?」
晶子が成田旅館を指差しました。
「え?なんで?」
私はとぼけてみせました。
「お母さんから聞いてます。守男はどん臭いから誘えないだろうと言われてきました」
参ったな~と思いました。
「本当にいいの?」
「何年も前からずっといいですよ」
成田旅館の暖簾をくぐりました。
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投稿者:守男
2016/08/23 14:41:52    (uCBeQBs4)
成田旅館の女将さんが、出迎えてくれました。
「何回も行ったり来たりして、いつになったらくるんだと思っていたよ」
母から預かったお金を渡すと、部屋に通されました。
布団が二組並べられて、浴衣が用意されてました。
歩いたのと、緊張で喉が乾き、お茶を飲もうとテーブルに近寄りました。
そのテーブルには一枚のメモがありました。
「男も女も、きちんと身を清めてから。体のスミまで洗うこと」
みたいなことがかかれていました。
母や晶子のお母さんの字ではないから、おそらく女将さんと思いました。
晶子はそのメモを見ると、浴衣を手に浴場に向かいました。
旅館ですから男湯女湯別れてます。
とにかく、洗って洗って、結構時間かけました。
でも晶子はまだ戻ってませんでした。
いい加減過ぎても戻って来ない、怖くなって逃げた?まさか。
やっと戻ってきました。
今みたいに情報が溢れてるわけではありません。
不安を感じた晶子は、女将さんにいろんなことを聞いていました。
晶子は浴衣の帯を外しました。
スルリと肩から浴衣が落ちると、何度も風呂を覗いたその裸が、すぐそこにありました。
もう以前に、風呂を覗かれてることを知ってる晶子が言いました。
「私は守男さんを見せてもらってません。だから見せてもらえませんか?」
頭に血が登り、顔から血が吹き出るんじゃないか、そのくらいになってました。
私は浴衣を脱ぎました。
パンツも脱ぎました。
晶子の目は一点に集中してました。
逃げ出したいくらいの恥ずかしさでした。
いつもなら晶子の裸覗きして興奮するのに、興奮はどこへやら、緊張ばかりでした。
だから私の真ん中は、ダランとしてました。
すっと近寄ってきた晶子が、その真ん中のダランを手に取りました。
「緊張、してます?」
晶子の問いかけに、うんと言いました。
転がしたり撫でたりされてるうちに、私は少しずつ元気になっていくことが出来ました。
そして目のすぐ下にある晶子の胸に、手を添えるようにしました。
プルンとした感触の胸、小窓越しに何度も見た胸が、今手にある、そう思うと緊張は興奮へと変わりました。
立ったまま触りあってるだけじゃ埒があきません。
晶子を寝かせて、まずはキスからでした。
やっぱり少し歯が当たり、少しお互い痛い思いをしました。
それでついつい笑ってしまいました。
でもそれがお互いの緊張を一気にほぐしました。
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投稿者:守男
2016/08/23 15:11:14    (uCBeQBs4)
とにかく、お互い知ってること総動員させよう、そんな感じになりました。
これが淫核かな、これをどうしたらいいのかな。
お汁が出ないと、女性は受け入れ不可能は知ってました。
胸はどうしたらいいのかな、軽く乳頭を指で触ったら、晶子はピクンとした、これでいいのかな?
赤ちゃんみたいにチュウチュウ吸ってみたら、強く吸いすぎたか歯がまた当たったか、晶子はちょっと痛いといった、もう少し優しく、といった感じ、試行錯誤してました。
晶子の手は、私の真ん中をずっと触ってました。
もうそれだけで出てしまいそうになり、私は晶子にちょっと手を離してとお願いする有り様でした。
指についた多少のお汁から漂ったいい香りが、私の本能に呼びかけたような気がしました。
先ほどまでは見て触るだけを、私は舐めてみたくなり、舐めたんです。
「え?汚いですよ、そんなとこ」
とっさに手で隠した晶子でしたが、明らかにお汁がトロンと出たような気がしました。
「晶子が準備出来ないと、ダメなんだからさ」
私の方は準備万端どころか、終わってしまいそうなのを我慢してる有り様です。
晶子は目を潤ませながらも、手を外してくれました。
一舐めごとに湧き出るお汁、晶子は握り拳を口に押し当て、何かに耐えてる様子でした。
「もういいかな?」
私が晶子に訊ねました。
晶子は自ら真ん中に手をやり、確認してるかのようでした。
「多分、大丈夫と思います」
晶子の足を開き、私の棒を押し当てました。
上手くいきません。
ヌルンの外れてしまいます。
数回それを繰り返しました。
すると晶子が、指で真ん中を少し開きました。
「上手くいかないようだったら、少し指で開いてあげなさいって、女将さんから教わりました」
私はその真ん中目掛けて、棒を押し当てました。
ヌルンとした感触と共に、棒が一気に締め付けられる感触になりました。
それと同時に晶子の叫び声が挙がりました。
「痛い!……です」
この場面においても、晶子はまだ敬語でした。
その叫び声にびっくりした私は、とっさに体を引いてました。
晶子の真ん中から、血が混ざってお汁が、トロンと流れてました。
そんなに痛がるんじゃ、これ以上続けるのはと思いました。
でも晶子は言いました。
「守男さん、最後までどうぞして下さい。痛いのは覚悟の上ですから。守男さんが終わってくれないのは嫌です」
そう言ってまた真ん中を少し指で開いてました。
8
投稿者:守男
2016/08/23 15:42:30    (uCBeQBs4)
晶子のその言葉に、私は再び棒を突き立てました。
晶子の顔は、見たことがない歪みをさせてましたが、今度は痛いとは言いませんでした。
何もわからない私は、ただ先を入れたり出したりしてるだけでした。
すると晶子が言いました。
「守男さん、もっと奥です」
ぐっぐっぐっと、少しずつ棒を奥に奥にと進めました。
根元までやっと入りました。
晶子が両手を広げました。
私は被されように、晶子に密着すると、晶子の手が背中に回りました。
「やっと一つになれました」
そのまま抱き合ってました。
そして、私は晶子の中の温もりだけで、私は終わってました。
達成感、満足感、無事終わった安堵感が入り乱れてました。
晶子から離れると、冬なのに晶子は汗をかいてました。
相当な痛みと戦っていたことを思わせました。
「痛かったろ?」
晶子は私の目をしっかり見て言いました。
「痛いより、もし守男さんが終われなかったら、情けないと思って、焦りました。終わってくれて良かったです」
晶子はタオルで、出血と、私が出したのを拭いました。
私は自分のタオルで、晶子の額に浮かんだ汗を拭きました。
私は何気ない言葉を言ってました。
「ありがとう」
晶子はにこっと笑って、返してくれました。
お互いまた湯を浴びて、帰宅支度をしました。
晶子は血で汚した布団を気にかけてました。
血に染まったタオルを晶子は手に、旅館入口近くの部屋に寄りました。
女将さんがいました。
「布団、タオル、気にしないでいいよ。わかってたことだから」
笑顔で言いました。
「血が出たってことは、無事に終わったんだね?めでたいことだよ」
私と晶子の肩をポンポンと叩きました。
「まだ帰るに早いだろ?お茶でもしてきなさい」
女将さんはお茶と、羊羹を切って出してくれました。
性のことだけではなく、色んな話しを聞かせてくれました。
「あらいけない、貴方達が使った部屋、片付けなきゃ、そろそろお客もくるから、ごめんね」
私達は帰宅の途につきました。
夕刻が迫っていて、風が冷たい、寄り添うように歩いてました。
母は夕食の支度をしてました。
私と晶子は、台所の母のとこに行きました。
でもなんと言って良いのか、立ちつくしてました。
母は察したかのように、語りました。
「二人寄り添うように帰ってきて。夫婦になるんだなって」
母は見ていたんです。
通りまで出て、どんな様子で帰ってくるかを心配してたのかもしれません。
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投稿者:守男
2016/08/23 16:16:53    (uCBeQBs4)
「あ、あの」
私がしどろもどろになってると、母が振り向きました。
「うまくいったようで。良かった良かった」
なんでわかるのかを聞きました。
「あんなぴったりくっついて歩いてくれば、うまくいきませんでしたではないよ。うまくいかなかったら、気まずさから、あんなぴったりくっついては歩かないよ」
ふふっと笑いました。
私は背筋を伸ばして言いました。
「俺は男に、晶子は女になりました」
母はうんと頷きました。
晶子も私に続きました。
「これからまだまだご迷惑おかけすると思いますが、何かとよろしくお願いします」
はいよ、と笑ってました。
そうこうしてるうちに、晶子のお母さんも帰宅、父も帰宅、改めて報告しました。
「お前はまだ社会人じゃない。これからなんだ。わかってるだろ」
厳しい言葉をいくつか投げかけられました。
その日から、晶子は父が直して住まいにしてた部屋から、私の部屋に寝るようになりました。
その夜、私はある不安を抱きました。
今日のことで、もし晶子に子が出来たら、でした。
私はまだ高校卒業までもう少しある、もちろんお金もない、育てられない不安でした。
晶子が服直し店で働いてるとはいえ、まだまだ見習いの身、お小遣いに毛が生えた程度の収入です。
避妊具、当時は高価で、私の小遣いや晶子の収入ではなかなか手が出ません。
両親に助けを求めるのも格好悪い。
枕を並べて晶子と話し合いました。
出た結論は、とりあえず今回妊娠してないことを祈る、それまでは性交渉は無し、そして私がきちんと仕事開始するまでは控える、でした。
翌月、晶子から言われました。
「来ました。無事来ましたから安心して下さい」
生理がきてほっとしました。
卒業式も無事終わりました。
「守男さん、これ使って下さい」
晶子は小さな箱を差し出しました。
避妊具でした。
「これ、どうした」
晶子は服直し店で、一つの仕事一人でやりとげれるようになったと、少し収入上げてもらえることに、それで奮発して買ったとのことでした。
成田旅館以降、私の処理は、晶子の手、のみでした。
「女将さんの教えも忘れないうちに、試したいです」
恥ずかしそうなに晶子は言いました。
その日、旅館以来の性交渉を、晶子が用意した避妊具を使用して行いました。
そして私は社会人になりました。
晶子は服直し店でコツコツ、私は会社でコツコツ、お金を貯めました。
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投稿者:守男
2016/08/23 16:55:26    (uCBeQBs4)
そして私が20才になり、それまではあくまで婚約者、から正式に結婚をと動きました。
まだ18才の晶子は、母の承諾を得て役所に籍を入れ、私はそれまでお世話になった方々を呼び、簡単な結婚式も挙げました。
昭和35年、9月吉日。
場所はあの成田旅館、大広間宴会場でした。
あの日を知る女将さんの計らいで、間違いなく赤字と思える酒と料理の量でした。
父は大工仲間はグデングテンに酔っ払い、私を中学時代冷やかした奴らも祝福、私が勤める会社の上司、晶子の服直し店の奥様、入り乱れての宴会でした。
女将さんはさらに粋な贈り物を用意してました。
宴会終了後、私達は普通に家に帰る予定でした。
でも女将さんは、初夜なんだから二人っきりさせなさいと、私達に部屋を用意してくれたんです。
もちろんあの部屋です。
披露宴と言うより宴会がお開きになり、両親も晶子のお母さんも帰宅していきました。
部屋に通されました。
「あれ(避妊具)、持ってきてないぞ」
晶子は言いました。
「あの日を思い出して、今宵はあの時と同じで良いです」
宴会で多少飲んだお酒、あと疲れもありましたが、私は晶子を抱き寄せました。
そして深々と繋がり、あの頃よりは多少上達したか、晶子の奥深くにて終わりました。
晶子も相当疲れたとあって、私達はそのままぐっすりでした。
翌朝、女将さん二日酔いのためと起こしにきた仲居さんの声で目覚め、慌てて浴衣を着ました。
朝風呂、朝食、そしてまだ二日酔いの女将さんに挨拶をして帰宅しました。
我が家では父の大工仲間と宴会の続きをしたらしく、一升瓶はゴロゴロ、仲間や父はぐったり寝てました。
「寝るとこなくなったから、守男の部屋使わせてもらったよ」
不機嫌な母と、笑ってた晶子の母でした。
今のうちにと二人の母は、私達に封筒を渡しました。
「どこか温泉に一泊程度のお金しか用意出来ないけど、ちょっと、いつか暇みて新婚旅行にいってきなさい」
二人の母が、やりくりして作ったお金でした。
汽車で隣の県の、有名温泉に行けるくらいの金額でした。
有り難くいただき、ちょっとした新婚旅行も予定外に出来ました。
晶子も順調に服直しの仕事を身につけ、収入も多少上がり、世はまもなく東京オリンピック景気、私の給料も上がり、私と晶子は団地の抽選に見事当たり、私達は団地に移り住みました。
昭和37年、四月でした。
それまで両親や晶子母を気遣いながらの性交渉でした。
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投稿者:はじめ ◆kTPphSuNUQ   namaehajime Mail
2016/08/23 17:09:24    (8S81jCn6)
長い文なのにスラスラと読めました。あっという間に読み終わりました。過激な性描写はないのに、読んでて興奮を覚えるのはなぜでしょうか。こういう結婚もいいですね。
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