2025/12/08 20:51:59
(ooX4vtKP)
先ずは子供との距離を縮める。
俺は昨日はびっくりしたね。と彼女の息子に声を掛ける。
うん。パパが凄い怒ってて。車でも怖かった。
男の子は素直な瞳で俺にそう答えて少し暗い表情を見せた。
混んでる時間だったからね。後ろに列が出来ちゃったからパパも仕方なく怒ってみせたんだよ。と慰めを言うと
パパはいつも怒ってばっかり。と息子が下を向く。彼女が慌てて、そんな事無いでしょ。こないだ野球連れていってくれたじゃない、楽しかったでしょ?
だってパパ、携帯で電話してて途中で出て行ったじゃん。男の子は拗ねた様子を見せる。
俺は子供に名前を尋ねる。子供はショウタと元気に答えた。
そうかショウタ君って言うのか。キャッチボール上手いね。オジサンも昔、野球やってたから分かるよ。ショウタ君は良い球投げてる。どこかのチームに入ってるの?
うん。〇〇ボーイズに入ってる。少年はキラキラした眼で答える。
そうか。ポジションは?ピッチャーだよ。俺の問いに少年は即答する。
そうか。それは良いね。オジサンが球受けてやるよ、本気で投げてみてよ。俺が返すと本当?やる!遠慮する彼女からグラブを受け取り俺は距離を取って座って彼の球を受けた。
その日は彼にフォークボールの握りを教えたり、彼の投げ方が往年のプロ野球選手の様だと褒めたりした。
彼女も息子の笑顔に気を良くしている。来週の月曜日も投球練習をやろうと息子に言うと、少年は目を輝かせて絶対だよ。約束だよ。4時には来るからねと言う。
母親は恐縮していたが少年が何度も良いでしょ?と言うセリフに休憩の邪魔にならない程度にお付き合いくださいと俺に言って来た。
翌週から毎週月曜日の夕方、親子とキャッチボールする事になった。一カ月程経った頃の日曜日、事務所に彼女の家族が訪れた。
事務所のパート女性が所長、お客様が所長に挨拶したいって来てますがとモニター室に入って来た。何か凄い感じが悪い男ですけど。
俺の計画通りだった。俺が受付に行くとあの神経質そうな眼鏡男が菓子折りを手にして突っ立っていた。
俺の顔を見るなり、あー貴方か。前に駐車券の再発行でお手間掛けた。ショウタ、息子が野球教えて貰ってるそうで。有難う御座います。これ、つまらない物ですが駐車場の皆さんで食べてください。と言って菓子折りの手提げ袋を突き出して来た。
台詞は至って常識的なモノだが態度は明らかに余計な事をしやがって、関わるんじゃないと物語るモノだった。
俺は微笑みながら、そんな、こんな事して貰っては困ります。いや人様の息子さんに余計な真似しちゃって、申し訳ない。ただ私、昔、野球やっててショウタ君が結構いいセンスしてるんで教えるのが楽しくなってしまって。
俺のセリフを遮るように男が被せて喋る。いやショウタにもオジサンの仕事の邪魔しちゃ駄目だと言って聞かせましたので。眼鏡の奥で人を値踏みする様な陰湿な目が光っている。
彼女が取り繕うように休憩のときに時々ですもんね。ショウタがすっかり甘えてしまって、本当にすみません。彼女は旦那の不機嫌を宥める様な物言いだ。
俺はすみませんでした。申し訳ない、ちょっと野球齧ったもんで子供が野球やっているの嬉しくて、最近はサッカーばかりだから。俺が申し訳無さそうに言うと男はいや、止めてくれと言ってる訳じゃないんですよ、ご迷惑を掛けているんじゃないかと心配しただけです。市がやってる駐車場ですから安心してますよ。
男は、それこそ市がやっている駐車場ですから受け取れないと云う俺の言葉を遮り半ば無理やりに菓子折りを置いていった。
帰り際にショウタにはもう迷惑を掛けないよう言ってありますからと俺の家族に近づくなという趣旨の釘を刺して帰っていった。
次の月曜日。夕方、俺の想像を超えた収穫があった。親子が居ない広場を見下ろす俺に声を掛けて来た人が居る。
振り返ると彼女だった。
昨日はごめんなさい。気を悪くされましたよね。うちの主人ちょっと気難しくて。ショウタは野球チームを辞める事になって…今日から毎週月曜日は学習塾に通う事になって…今、塾まで送ってきました。
この日から毎週、塾に息子を送った彼女とベンチに座って色々な話をする様になった。
2回目にはもう彼女の口から旦那の悪口が聞こえてきた。俺はそれを黙って聞いていた。
どうやら第二段階に入った様だと俺は感じていた。
〜つづく