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2024/07/18 17:17:06 (kNp.53Z7)
人間、落ちる時は一瞬だ。
俺は今年、56歳になる。普通の務め人なら老後がある程度具体的に始まる歳だ。実際、同級生達の人生は早期退職だの、関連会社に出向だの何やら騒がしくなって来ている。

そんな騒ぎを横目に俺は最低レベルの生活。いや最早、これを生活とは呼べ無いところまで落ちていた。

傾いた実家の稼業の継承を2人の兄達が要領良く逃げ、これと言った将来の計画も無かった三男の俺が継ぐ事になり、なんだかんだで30年は持たせたが時代の流れに逆らえず地元の商店街で80年続いた呉服屋を潰した。

夜逃げに近い形で地元を後にして、幸か不幸か独身だった俺は都会でその日暮らしの生活を始めた。

3年前、前日に知り合いの仕事をやって日払いで貰った金で、昼間から酒屋の角打ちで安酒を飲んでいたホームレス寸前の生活をしていた俺に、男が声を掛けてきた。

お兄さん、一杯ご馳走させてくださいよ。
世の中の鼻つまみ者の吹き溜まりの様な裏通りの酒屋の立ち飲みカウンター席。
俺は魚の缶詰でカップ酒を煽っていた。

なんだよ?お前誰だ?知らない奴に酒を奢って貰うほど落ちぶれちゃいねーよ。あっち行け。
俺は、声をかけて来た男の顔も見ずに手で追い払う仕草をした。

お兄さん、まぁそう邪険にするもんでも無いですよ。話だけでも聞いてください。男は俺の横に並び、おばちゃん、こっちに同じの2つ出してと言って店の人間に金を渡す。

奴は俺に新しいカップ酒を寄越すと自分のカップを開け、へへへっ兄さん、ま、いいじゃないすか。乾杯してくださいよと俺の手にした酒にカップ酒のコップを合わせる。

何だよ。気持ち悪いやつだな。何だよ?と俺が言うと男は薄ら笑いを浮かべながら、兄さん、気を悪くしないでくださいよ。兄さん、今はこんなとこで呑んでらっしゃるけど、昔はだいぶ良い生活してたんじゃないすか?私には分かるんですよ。
とカップ酒を煽った。

俺は何を言ってんのか良く分からねぇが、酒は有り難く貰っておくよ。有難うな。それで俺が昔、良い暮らしをしてたら何だって言うんだ?と尋ねた。

男はいや、余計なお世話なんすけどね。人間ってのは一回良い暮らしをするとなかなか、生活の質を落とすってのは難しいもんでね。
兄さんは、その点で苦労されてるんじゃ無いかってね。ええ。余計なお世話なんすけど。
私はね。今ちょっとした商売をやってましてね。お兄さんみたいな、時代の流れって言うんですかね、こうちょっと歯車が狂ったばかりに駄目になったけど実はセンスって言うか才能って言うかね。持った人に声を掛けちゃね。ウチの商売を手伝って貰いながら人生やり直すって言うかね。そういう事をやってるんすよ。

俺は相変わらず信用ならない薄ら笑いを浮かべた男に、なんだかワケの分からない話だな。分からないがアンタの与太話は聞いてやったんだ。遠慮なくコレ頂くぜと奴が寄越した酒を開けて呑んだ。

奴は俺が酒に口をつけたのを見ると、へへへっどうも。いい飲みっぷりですね。だけど、お兄さんの飲み方は破滅型だね。もっと酒は陽気に呑むもんだ。兄さん、俺の話を聞けば、も少しご陽気に飲めると思うんだけどね。どうすか?もう少し付き合っちゃくれませんか?

なんだ?言ってみろ。これが堕ちる処まで堕ちた俺が今思えば、良かったのか悪かったのか。生活が一変する始まりだった。
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投稿者:(無名)
2024/07/18 18:27:24    (BFwkBK5E)
話を続ける気がないなら、スレたてるな
3
投稿者:桜井
2024/07/18 19:19:49    (yaO2A0UY)
男は自分を高橋だと名乗った。
高橋は相変わらずヘラヘラとした語り口調だったが、綺麗に刈り込まれた坊主頭の眼光は時折鋭く、俺は正直、初めから奴に飲み込まれていたかもしれない。

高橋と名乗る男は、いや突然に横に入ってきてこんな調子で話されりゃ誰だって怪訝に思うのは当たり前ですよ。

でもね。お兄さん、私も誰でも声を掛けてるワケじゃないんです。私もこの商売を始めて長いんですよ。何でもそうですけど、大概の才能やセンスが無い人間は普通に人生やってりゃ良いんですよ。

でもね。才能やセンスがある奴にも2種類居てね。
才能が有れば良いって話じゃなくてね。トップに立たなきゃ才能が活かせない奴とトップに立つと才能が活かせないで潰れる奴が居るんですよ。

勿論いずれにせよ、トップに才能がなきゃ駄目なんですがね。兄さんの場合は上に才能がある奴の下なら自分でも気が付いてない才能が発揮出来る奴なんですよ。

兄さんが今、こんな酒場で燻ってるのは、兄さんに才能が無いからじゃない。兄さんの才能を活かす才能を持った奴に今まで出会ってないからなんです。
高橋は俺の目を見ながらゆっくりと語った。

俺は高橋の話に引き込まれていたが、我に返り被りを振って酒を煽いだ。で、俺の才能を活かしてくれるのがお前さんって話かよ?俺は笑いながら高橋に言う。

ええ。烏滸がましいですがね。初めて会った人にこんな事を言うのは。でも間違いなく、そうなんです。お兄さん、失礼な事言うようですが今の人生、この生活に納得されてますか?

俺だって好き好んでこんな負け犬人生をしてる訳では無い。今の時代、地方のシャッター通り商店街の呉服屋など生き残れるワケが無い。それこそ家業を継いだその日からどうやって畳むかが頭の片隅にあった。

負け試合に駆り出された敗戦投手の様な人生だった。それなりに抗って展示会やら即売会、ネット販売だと俺なりに必死にやった。確かに、呉服屋でも上手い事をやっている人間も居るかもしれない。
しかし地方都市でいくら抗っても先細っていくばかりだった。

もし家業を継がなければと考えない日は無かった。俺にサラリーマンが務まったのだろうか?地元で一緒に馬鹿やっていたお世辞にも勉強が出来たとは言えない親友が時流に乗って東京でコンピュータの関係の営業を始めたと大昔に聞き、俺も実は何売ってんだかよく分からねぇんだよ。なんて言ってた男が今は社員を50人も抱えたソフト開発会社の経営者だ。

地元に高級外車の馬鹿でかいSUVに乗って戻ってきてはお前みたいな地道な仕事をしてる奴の方が偉い。俺なんてインチキなピンハネ稼業だよなんて言って褒めてくれたが、俺はとても素直に喜べなかった。

俺は自嘲気味に高橋に尋ねた。あんたが見たところ俺には何の才能が有るって言うんだい?

高橋はその時、俺に向き直り、俺の目を見据えてゆっくりと言った。

人を騙す才能だよ。
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投稿者:桜井
2024/07/18 19:55:10    (YYDkTKvA)
人を騙す才能?俺は思わずオウム返しに高橋に声を上げた。何だそれは?アンタに俺がどう見えてるのか知らねぇが、俺は人を騙すコトなんかしてねぇぞ。

高橋は声を荒げた俺に落ち着き払って言った。
ええ。今まではね。今まではお兄さんいや貴方は自分を騙してきた。その歳までご自分を騙してくるのは大変だったでしょう。
自分を騙せる人間は、他人を騙すのも上手いんですよ。

高橋さん、あんた何なんだ?喧嘩でも売ってるのか?俺は流石に腹を立てた。

高橋はそれでも尚、続けた。
立腹するのも尤もです。失礼を承知で言ってるんです。だけどね。人を騙すって言い方が悪ければ、人をその気にさせるとでも言いましょうかね。

貴方が一番分かってらっしゃると思いますがね。世の中、要は金なんです。金ってのは有る人が持っているわけで、持って無いやつは持ってないんですよ。当たり前ですけどね。

だから金ってのはある奴からしか取れないんですよ。ない奴から幾ら取ろうとしても取れないんですよ。貴方は今まで金を持って無い人間しか相手にして来なかったから才能が活かせなかったんですよ。

つまり未だ試合会場にすら行った事が無い選手の様なもんです。更に言えば貴方は何の競技に出たら良いのかも分かっていなかったんです。
そこまで言うと高橋は空になった俺のグラスに目をやり、おばさんもう一つお代わり下さいと先程の店の初老女性に札を握らせる。

受け取ったカップ酒を開けると高橋は俺にそれを寄越して、考えて見てくださいよ。
貴方より才能が無い人間が上手くやって貴方より全然良い暮らしをしている。

俺の頭に東京で外車を乗り回し、家族と暮らす親友の顔が浮かんだ。俺はその幻影を振り払うように被りを振って高橋が寄越した酒を煽る。

俺は口の端から溢れた酒を拭って高橋に尋ねた。
で、俺は何の競技に出りゃ良いんだ?

高橋はニヤリと笑って応えた。
わたしが始めた新しい競技ですよ。
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投稿者:桜井
2024/07/18 20:54:54    (Ce44vBlx)
新しい競技?何だそれは?俺が尋ねると高橋は笑い出し、楽しくて仕方ないと云った口調で返してきた。

まぁここで全部話せる内容じゃないんですけどね。貴方がその気にさえなれば、その競技のチャンピオンになれる事は保証しますよ。

それにね。貴方にとっては復讐劇でもあるんです。復讐っていうのは、どんな人間にも蜜の味がするんですよ。

俺が?誰に何の復讐をするって言うんだ?
俺は横で酒を啜る高橋に尋ねた。

ははは。貴方はどうも人が良いふりが上手だ。
世の中、復讐したい相手が居ない人間は居ないんですよ。どんな聖人君子でも何かしら生きてりゃ抱え込むんですよ。

抱え込んでいるモノが無い人間ってのは余程の馬鹿か復讐を既に達成した人間ですよ。
貴方だって何か抱えてるでしょう?

俺は高橋に答える代わりに目の前の酒を煽る。
復讐を考えるほどの恨みは抱えちゃいないけどね。俺は絞り出すように高橋に言った。

高橋は俺に微笑んで言った。私と組んだ人間は皆、最初にそう言うんですよ。
そういう人間は復讐する手段を持ってないから考えないようにしているだけなんですよ。

貴方が復讐の手段を手にしたら、自分の本当の姿に気が付きますよ。貴方みたいな人間の復讐劇は大衆受けするんです。貴方は支持されて孤独じゃ無くなりますよ。

今、決めてくれという話じゃ無いんです。
少し考えてみてください。これが私の連絡先です。
と言って高橋は俺に名刺を差し出した。

高橋企画と書いてある。俺はそれを受け取った。
高橋はニコリと笑って言った。

私の話に乗る理由は貴方にはゴマンと有るんですよ。貴方の復讐はもう始まりましたよ。
明日、夕方電話ください。私はここで失礼します。
そう言うと高橋は札を店の初老女性に握らせ、こちらの先輩にお酒出してくださいと言うと俺に頭を下げて通りに消えていった。

なんだよ。随分と羽振りの良い知り合いじゃねーかよ。この店でタキちゃんと呼ばれている常連のすえた匂いがする男が酒臭い息を吐きながら俺の隣に近づいて言ってきた。

店のおばさんが俺にあの人、一万円札渡してきたよ。これお釣り。と渡してくる。

俺は隣の物欲しそうな赤ら顔の男に、釣り銭分呑まして釣りがあったらやってくれと言った。
隣のホームレスの様な男が汚い歯を見せて喜んでいる。エヘヘ旦那、悪いねと言いながら俺に何やら話しかけて来たが、俺は男が去って行った暗闇を見つめてひとり考え込んでいた。
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投稿者:(無名)
2024/07/19 01:09:54    (dshrxBXU)
仲々のもんじゃのう。ツカミも消えて、あんまり引っ張ると皆逃げちゃうけど。
7
投稿者:(無名)
2024/07/19 13:57:54    (tv7sAORl)
文章面白い、ここで書く様な人じゃない🤣
8
投稿者:(無名)
2024/07/20 08:42:02    (Ns/DVizq)
浅田次郎を読んでるようです!
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