2022/01/26 12:09:05
(vxKV8Ncn)
俺は時流に乗って大きくなる会社の中で新卒採用の大卒や他チェーンから引き抜かれたやり手の中で揉まれながらも高卒としては異例の出世コースを登っていった。
社内では会長のお気に入りとして疎まれる向きもあったが、俺は必死に勉強して資格を取ったり従業員と密にコミュニケーションを図り幹部連中に一目置かれる存在になるべく、そして何より会長に認められるべく生きてきた。
俺は同期入社としては大卒より先に部長職に就いた。俺のこの人事は社内に少なからず波紋を広げた。色々なやっかみやあらぬ噂を耳にした。
気にかけてくれている会長から時折、気にするな頑張れという旨の言葉を掛けて貰っていたが正直言って社内では疎外感を感じる場面が多々あった。
そんな孤独感に付き纏われ俺は結婚し家庭を持つ事を強く意識する様になり、たまたま知人の紹介で知り合った女性と三度程食事をした程度で早々に結婚を決めた。
妻の光代は8歳年下で地元の高校を出た後、地方銀行に就職し一度結婚したものの旦那の浮気が原因で2年程の結婚生活は破綻して当時は地元の運送会社の事務をやっていた派手な事を好まない地味な女だった。
俺は恋愛には縁遠い人生だったから、結婚なんてこんなものだろうと光代と入籍し、郊外に中古の出物の小さな一軒家を購入して結婚生活を始めた。
光代も自身の年齢を考え子供を早く欲しがっていたのもあり、結婚して2年目には長女を授かった。
光代とは特にその間愛を育んだとは言えないかもしれないが、普通に一緒に子育てをし、俺は仕事が終われば真っ直ぐに家に帰り穏やかな夫婦生活をしていたと思っている。
そんな頃にウチの会長が今までの大衆店では無い高級店を都内の一等地に構える構想をぶち上げ、社内に立ち上げの為の特別チームを作り、俺はそのチームリーダーを拝命した。店のコンセプト作り、物件探しから俺は会長の期待に応えようと重圧の中で働き予定の準備期間内になんとか高級住宅街として知られる都内の私鉄駅前に多額を投資した路面店舗を開店させた。
開店前夜、俺は夜中に何度も胃液を吐くほどの精神状態だったが店は部下達の努力もあり、コロナの影が忍び寄る微妙な時期にも関わらず上々の滑り出しを見せた。
しかしコロナの影響は徐々に店舗に忍び寄ってきた。どうも政府が何らかの対策を飲食店の営業にだすのではないかと業界で噂になり始めた。
会長からは連日、コロナ対策や今後についての連絡があり俺は尋常では無い事になる実感をし始めた。
店舗は未だ通常営業をしていたが、客足は激減し始めていた。
俺は不安がる店舗スタッフのケアの為に店舗に向かった。ラストオーダーまであと1時間程ていう時間に金を掛けた店舗入り口の重厚な扉を開けて上品な薄いベージュのスプリングコートを軽やかに羽織った女性客が入店してきた。
店舗入り口で店長がラストオーダーが小一時間で来ることのことわりを女性客にする。女性客はえ?閉店時間ということ?と少し苛立ったような声を上げる。俺はその声に反射的に厨房隅から女性客の前に歩んで、閉店時間まで1時間程ですがご案内申し上げますと女性客に丁寧に対応した。
女性客は俺ににっこりと微笑み、食事は良いの。少し軽いものを頂きながらワインを少し飲みたいだけだから、1時間も有れば充分だわと応えた。
コートをお預かりしますと告げると女性客はコートをすって脱ぎ、俺にしなやかな動作で手渡す。
俺は女性客を店内に案内しようとした店舗スタッフを視線で制し、女性客を自ら案内した。
コートをスタッフに預けて俺は女性客を窓際のテーブルに案内する。
俺が引いた椅子に女性客は座ると俺に振り向き、有難う。この時間にこんなお店に1人でワインを飲みにくる女って変かしら?とクスッと笑いながら言ってきた。
口元にはいたずらっ子の様な笑みをたたえ、振り向いて俺を見上げる瞳は涼しげだ、肩までの艶やかな黒髪。試すような視線を投げてきた美しい女。
それが俺の全てを壊した可奈との出会いだった。