2021/10/23 17:59:06
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指定された居酒屋は駅前の飲食店が入るビルの最上階にあるちょっと高級な寿司居酒屋だった。
俺が店に入るとお待ち合わせですか?と若い店員に尋ねられ俺は紗英が待つ個室に通された。
紗英は俺を見るなり立ち上がり、課長すみません。お呼びたてしてしまってと近づいて来た。
お荷物お預かりします。と言って俺の鞄に手を伸ばす。俺はいや大丈夫だと断った。
紗英は年齢の割にこういう気遣いが出来るところも若い男性社員だけでなく俺の様な中年オヤジ達からの受けが良い要因だ。
だが俺は先程のミーティングルームで見せた紗英の肝の座った態度や落ち着きを見ている。逆にこの如才のなさに油断出来ないと気を引き締めた。
俺は座卓の座椅子に腰を下ろした。俺が座るのを待って紗英が正面に座る。早速だが会社では話せない話っていうのは?と紗英に切り込む。
紗英はニコリと俺に微笑むと、課長。先ずは乾杯くらいしませんか?と言う。
俺はいや、酒は良い。話をしに来たんだ。店に悪いから何かウーロン茶と簡単なモノを2、3品頼んでくれれば良いと言った。
紗英はごめんなさいと笑うと私、課長待ってる間に先にもう呑んでしまって。と手元のビール瓶とグラスに視線を落とした。
正直、少しはお酒入らなきゃ話せる内容じゃなくて…課長、形だけで良いから課長も少し飲んで頂けませんか?とても素面の人に話せない。
紗英はそれだけ言うと小さなグラスをくいっと煽った。俺は仕方なく先程の案内した店員を呼ぶとビール2本と本日のおすすめと書いた黒板を指差してあそこの上から3品持って来てくれと頼んだ。
紗英はまたニコリと微笑むと俺の前に伏せられたグラスを返して俺に差し出す。受け取った俺のグラスにビールを注いで乾杯と自分のグラスを合わせて来た。
紗英は開口一番、課長は私の履歴書見てますよね?私、こう見えても人妻なんですよ。噂になるような事はしたくても出来ない立場なんです。と言って来た。
確かに派遣会社から回って来た紗英の資料には彼女の履歴書が貼り付いていた。産休の間の代打要員にさして興味も無い俺はそれを斜めに読んでいたので彼女が既婚者である事を目では確認したものの頭に入ってはいなかった。
俺は早速出鼻を挫かれた形になった。そうだったね君は既婚者だ。確かにそんな噂になるような事は出来ないよね。
俺は自分の間抜けさを呪った。開始早々彼女に無罪判決を下したような馬鹿な台詞だ。
良かった。課長なら分かってくれるって思っていたんです。と言ってにっこりと微笑む。
やられた。完全に一本取られた。俺は仕方なく愛想笑いをしてビールを煽った。
紗英は空になったグラスにすかさずビールを注ぎ足してくる。俺の背後から失礼しますと声がすると料理を手にした店員が入ってくる。
料理を目にした紗英はわーっと感嘆の声を上げ美味しそう!と俺に笑いかける。
紗英は俺に醤油を取ったり、料理を取り分けたりとかいがいしく手が動く。その間にも私、実は派遣会社登録して初めての職場だったから馴染めるか心配だったとか、皆さんに良くしてもらってるから働きやすいだのと畳み込まれた。
俺は気づくと彼女のペースに完全に飲まれていた。ビールを空けて紗英のお気に入りだという日本酒を彼女と呑み、追加で何品かつまみも頼んだ。
課長、ねぇ課長さん。かなり酒の入った紗英は色白のせいか頬を真っ赤に染めてトロンとした目つきで俺に視線を送ってくる。
先程から暑い暑いとシャツのボタンを開けた白い胸元がうっすらとピンク色に上気している。
ねぇ課長、楽しいですね。色っぽく見える。
こんな娘みたいな年頃の女に俺は何を考えてるんだと被りを振って日本酒を煽ってテーブルに戻したグラスを握った手に紗英が手を重ねた。
課長、楽しいですねって言ったの。紗英は俺を見つめてフニャーっと笑う。俺はその手を握ってハイハイ。楽しい楽しい。とおどけて見せた。
課長。わたし課長の事、好きー。紗英は微笑みながら俺を見つめて言う。
俺はおーそりゃ有難いなと返した。
やだなぁ。本気なんです。迷惑ですか?
彼女はグラスに少し残った酒を煽ると俺に向き直り課長。次どうします?
と少し酔いで潤んだ色っぽい視線を投げてきた。