2021/02/08 16:46:06
(LCK0x5n0)
当日の朝、会場になった都内のホテルの宴会場に向かった。宴会場前のエントランスには志保のセミナーを運営会社名と今日のセミナーなタイトル、新しいリーダー像。これからの時代のリーダーシップと書いた立看板やポスターが並んでいる。
俺は会場前に大人数のスタッフが対応しているカウンターで受付参加費用三万円を支払い受付を済ませると中野と自分の名前の書いた名札を手渡されて胸につける様に指示された。
俺は言われた通りに胸に名札をつけて会場に入った。宴会場の半分はテーブルと椅子が並べられている。俺は折り畳みのテーブルのパイプ椅子に腰掛けた。講演の開始時間までまだ間があったがもう席は8割、100人近い受講者で埋め尽くされ驚いた事に受講者数や規模、全て俺の想像を遥かに超えたものだった。テーブル席の向こうには演壇がしつらえてあり、何かを投影するのだろうか演壇の背には大きなスクリーンが下がっている。
朝9時になった。講義は9時からだとパンフや受付で貰った印刷物にも書いてある。その9時だ。何かあって開始が遅れているのだろうか。おかしいとは思うが周りは知らない者ばかりである。開始時間を確認する為にパンフを取り出したりする音だけが会場内に響いている。
9時5分を過ぎた、流石に会場内が遠慮がちにザワザワしてきた。それぞれ隣の初めて会う人間に9時5分過ぎてますよね。誰も来ないですね。100人近くの視線の先には開始時間を過ぎてもスタッフ1人出て来ない無人の演壇。
9時10分。流石に会場内がざわつき始めた。その時、会場の横の扉が開き何人かの人間が入ってきた。よく見ると入場して来たスタッフの先頭に先日の合コンの時とは全く違うスーツ姿の志保がいた。
志保はざわつく会場に入ってくると演壇に立った。ざわつく聴衆に志保の声が響く。今、何時ですか?ざわつく聴衆。志保は聴衆のざわめきぐ止むの悠然と待ち、静かになったところで今、何時ですか?ともう一度言う。
聴衆が口々に9時12分だ、13分だと言うと、開始時間は9時からになっています。貴方は今日三万円と言う大金を払って来ている。わたしは9時からずっと扉の向こう側に居ました。三万円も支払って、開始時刻になっても誰も来ない、それなのに誰一人受付に文句を言いにくる人間がいない。
貴方達は、三万円も支払っているのに誰一人立ち上がり文句を言いに行くどころか10分間もただ座って待っているだけだった!
志保は静まり帰る聴衆を見渡し、あなた方はリーダーシップを勉強する以前に自分から行動する事が出来ない、1番リーダーシップから遠い人間です!
先ずは、自分がこんな場面で多くの人間と同調して声もあげられない人間である事を自覚して下さい!と言い放った。志保は何かオーラに似た感じを出して100人近い聴衆を黙らせる迫力があった。
志保はリーダーシップについて語り、これから簡単なゲームを皆さんにやって貰いその体験から今後、自身のリーダーシップについて皆さんに考えて貰おうと思います。皆さん、テーブルに配布してある紙、筆記具を持って会場の後ろのスペースに移動して下さいと言う。
皆、筆記具を持ち会場の半分を占めるテーブルや椅子の置いていない絨毯の上に集まった。ワイヤレスマイクを持った志保が、立って待つ100人近い聴衆の前に進み出る。
それでは皆さん5人づつ組になって下さい。はいスタート。
俺は周りの人間に戸惑いながら声を掛け、近くにいたものと5人組を作った。志保は、はいそろそろ良いですか?と声を上げて、余っちゃった方いらっしゃいますかと聴衆に聞いた。
組にあぶれた方、前に出て来て貰えますか?と志保が言うと3人程が志保の前に進み出た。はい。今わたしは皆さんに5人組になって下さいと指示しました。ここにいらっしゃる3人の方は5人組に入れなかった方々です。
志保は手にしたファイルから茶封筒を取り出すと3人に手渡した。
渡し終えると聴衆に振り向き、残念ながら彼らはここで失格とさせていただきます。彼らはわたし共のセミナーを受けても、私達が効果を出せない方々どす。心苦しいのでお預かりした受講料を今、お返ししました。
では失格者の皆様お疲れ様でした。どうぞご退場下さい。
皆様、拍手でお送りしましょうと言った。
集団心理なのだろうか、それともあんな風に晒し者にされなかった安堵感なのだろうか、意地悪な気持ちも生まれていたのかもしれない。
俺も聴衆達と一緒に拍手をした。失格者と烙印を押されてた3人は複雑な顔して手には茶封筒を持ち拍手に押し出される様に退場した。
志保は、それでは選ばれた方々に先ずはおめでとうございますと申し上げます。彼らは今日たまたま5人組に入れなかった。明日やればもしかしたら彼らが入れて、組に入れず退場したのは貴方だったかもしれません。
ただはっきりしているのはチャンスを最大限活かすにはチャンスを掴む、逃してはいけないのです。明日チャンスは来ないかもしれない、常に今日のチャンスを掴める人が先ずはリーダーシップを発揮して成功する最低条件なのです!
静まり返る聴衆に志保が続ける、それでは次のゲームに移りましょう。
各自、皆さんご自分の名前の名札を付けていると思います。
各組のリーダー、副リーダーを決めます。
皆さん、各々自分の組の人間を見てリーダーに相応しいと思う方の名前を書いてスタッフが今から配る紙袋に名前を書いた紙を入れて下さい。
俺の組には、上品なスーツ姿で穏やかそうな50代くらいの名札に吉田俊之と書いた男、髪をツンツン立てて自信過剰そうな30代後半の西田、人の良さそうな背の低い小太りな40代の三橋、いかにも神経質そうな俺と同世代であろう30代前半に見える痩せた富田という男と俺。
俺は、まぁここは年長者だろうなと考え吉田さんと紙に書きスタッフが持って来た紙袋に入れた。
志保が幾つかのグループを周り各組のリーダー、副リーダーを決めて行く。志保が俺たちのグループのところへ来た。
志保は俺に気づいたようだったが、特に何も触れず紙袋から紙片を取り出してスタッフに何やら指示を出している。俺もこの場面では講師が参加者に親しげに話す訳には行かない事を理解してこちらからも志保に声を掛けることを遠慮した。
志保は紙袋から取り出した紙片を持って、こちらの組は3票を集めた吉田さんがリーダー。西田さんと中野さんが1票づつ。西田さん、中野さんでじゃんけんしてください。俺は先程のチャンスは云々のくだりを聞いていたのでこのジャンケンに勝たないと何言われるか分かったものじゃ無いと勝とうとしたが俺は西田にあっさり負けて西田が副リーダーになった。
西田はじゃんけんに勝つと俺の顔をチラッと見下す様な目で俺を見た。
後から聞いたが俺は吉田さんと書き、吉田さんは俺の名を書き、西田は自分の名を書いた。リーダーには名札にこの赤い丸シールを貼って貰います。副リーダーは緑のシールです。
ここで大事な話は、お名前が無かった三橋さんと富田さんです。貴方達はお互いに何も知らない、名前と風貌や話し方、つまり外見では誰からもリーダーとして相応しいと思われなかったのです。まして自分の名前も書けない。初めて会った良く分からない人の方がリーダーに自分より相応しいとしたのです。貴方達は自分に自信が無いリーダーシップの前提条件を残念ながら今の段階で持ち合わせていない方々です。と2人に言う。
志保は今後ゲームのルール、今日のこれからの予定は基本的にリーダーに私どもからお伝えします。リーダーから副リーダーに伝えていただき、副リーダーから役の無い3人に伝えます。と言って俺をチラリと見た。
俺はどうも、だいぶ変なとこに来たらしい事にこの時に来てしまったらしい。しかしこんなものはまだ序の口に過ぎなかった。