2025/08/10 15:50:37
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一人でアパートに残った私を訪ねてきたのは、高校3年の娘でした。
最後に会ったとき、中学3年生だった娘は、すっかり大人っぽくなっていました。
「お母さん、彼氏と一緒じゃないんだね。」
「別れたのよ。やっぱり、7歳も年上のバツイチとは無理だったみたい。」
「私、東京の大学の合格したんだ。だから、来年東京に行くの。お父さん、独りになっちゃうの・・・」
「でも、お母さん、もう、お父さんと暮らす資格がないのよ。お父さん以外の人と・・・」
「お父さんのこと、嫌いなの?」
「嫌いじゃないわよ。今は、何であんな事したのかって、反省してる。お母さん、お父さんおことは大好きよ。」
「だったら謝って。心から謝って、これから先、お父さんに尽くし続けることで罪を償う人生を送って欲しいの。」
娘に諭された情けない母親でした。
私は、夫と娘の元を訪ねました。
そして、土下座して夫と娘に不貞を詫び、許しを乞いました。
涙を流して謝罪する私に、夫は、
「お帰り、郁美・・・」
と言って、婚姻届けを出してきました。
「えっ・・・復縁してくれるんですか・・・」
「娘に説教されてきっかけを作ってもらって、恥を忍んでやってきたんだ。無下にできないよ。それに、まだ愛情あるしな・・・」
私は、号泣しました。
44歳の私は、再び夫の妻として4年ぶりに帰ってきました。
4年ぶり、いや、離婚前からだからもう少し長いかもしれない久々の夫とのセックスは、乱暴な行為は全くなく、身体よりも心を抱きしめるようなセックスでした。
気絶するような強烈な快感はありませんが、心身ともに満たされるセックスでした。
娘が上京して、夫と二人、毎日夫を求めました。
「おいおい、俺、もう48歳だぞ。そんな毎日なんて・・・」
と言いながらも、夫は嬉しそうに毎日私を抱きました。
一度夫を裏切り、夫以外の精液で汚された不浄のアソコを、夫が舐めてくれるとき、心から申し訳ない気持ちと、もう一度愛されている悦びに震えます。
夫は優しく、クリトリスを転がすように舐めてくれて、溢れる蜜を啜ってくれます。
夫をおしゃぶりしながら、これほど愛おしい男性器は無いと思っています。
縛り上げられて犯されて不本意にも喘がされたおぞましい男性器とは全く違って、これは私のものよと思わず頬ずりしてしまうほど愛しいのです。
安全日には、
「あなた・・・そろそろ生理なの。中に、下さらない?」
「ようし。お前の中にいっぱい出してやるよ。」
彼に縛られて凌辱されたアソコに、若い社員に犯されたアソコに、愛しい夫が入ってくる悦びと贖罪、あんな人たちに犯されて、喘いでごめんなさいと思いながら夫に抱かれました。
夫以外の精液をタップリ注がれたアソコを、夫の精液で洗浄したかったのです。
生理が来るまで、毎日夫の精液で満たされた私のアソコは、いつになったら綺麗になるにでしょうか。
彼や若い社員中出しされた記憶は、思い出すのも嫌悪する経験なのに、夫に中に出されるときは、気持ち良いやら嬉しいやらで、もう、身体が宙に浮く思いです。
アソコの奥で、愛しい夫の熱い精液を受け止める時、この上ない幸せを感じるのです。
そう思いながら、毎日夫に抱かれ、私が生理になったときは、夫を口で迎えて、夫の精液を飲み乾しました。
「郁美!出ちゃうよ!あああ~~」
「あなた・・・私はこれから、離れていた分もあなたを満足させるつもり。あなたが求めるのなら、何でも受け入れます。」
そう言って、夫との暮らしを満喫しています。
現在、復縁して3年目です。
夫は、私が何でも受け入れるので、45歳にして初めてアナルセックスを経験しました。
夫に処女をあげられなかったので、お尻の穴は正真正銘の処女でしたから、それを夫に捧げられたのは、嬉しかったです。
そして、50歳になって勃起力が落ちた夫は、私にエネマグラという医療器具でお尻の穴から前立腺を吸激して欲しいと言いました。
バナナみたいな不思議な形をしたエネマグラと言う道後を夫のお尻に入れると、夫はハアハアしながらも、昔みたいな勃起をしてくれます。
50歳の夫は、エネマグラだけでなく、プラグを入れてセックスをするときもあります。
エネマグラは入れっぱなしにするのは難しいですが、プラグはヒョウタン状になってえいるので、挿し込んだままに出来ます。
若者のように勃起した夫に跨って、昔は恥ずかしくてできなかった騎乗位で、おっぱいを揺らして夫に喜んでもらっています。
46歳になって、今、私は心から幸せを感じています。