2016/04/05 23:38:56
(upGQEsE4)
第三十章
いつの間にか眠りこけてしまったようでした。
異常な喉の渇きと息苦しさを覚えながら、ゆっくり目を開けようとするのですが、焦点が定まりません。
背中に感じるシーツの感触で、ベッドの上にいることを、薄ぼんやりとした意識の中で感じました。
体を起こそうとしたのですが体の自由が利かず、呼吸もままなりません。
息苦しさの原因が私の口に猿ぐつわのようにかまされたタオルであることに気づきました。
さらには、手も動きません。
正確には動こうとしても何かに引っ張られて、身動きがとれないのです。
半分ほど開いた双眸を右手のほうに向けました。
手首に何かが巻かれています。
左手に目を向けると同じように拘束されています。
ようやく自分がベッドの上に縄で縛り付けられていることを理解しました。
足元に視線を向け、自分が全裸であることと、足首にも赤い麻縄が巻きつけられ、ベッド上に大の字でくくりつけられていることを知りました。
あまりに現実感のない光景に、夢をみているのだろうと思いました。
それならば、もう一眠りしよう、体も重いし。そう思った瞬間、部屋の隅から異様な声を耳にして、目を見開き、その方向に頭を起こしました。
さらに信じられないものが私の視界に飛び込んできました。
全裸の妻と、田中君がドアの前に並んで横たわっています。
目にした瞬間、全身の毛穴が開いたような感覚を覚え、眠気が吹き飛びました。
両手が背中側に隠れて見えませんが、どうやら私と同じように縄か何かで拘束されているようです。
口には私と同じようにタオルが巻かれています。
二人とも意識を失っているのかピクリとも動きません。私がタオル越しに呼びかけても反応がありません。
二人の足元に目をやると、両足首にも縄が巻かれており、どうやら背中ごしに手首を縛った縄とともにドアのノブにくくりつけてあるらしく、仮に二人が目覚めても立ち上がることすらできないであろうことが想像されました。
ふと、美佐君の不在に気づき、唯一自由のきく首から上を上下左右に動かし寝室の中を見渡しました。
やはり彼女の姿だけが見当たりません。
私は両手、両足に力をこめて縄による拘束から逃れようとしましたが、五分ほどしてそれが無駄な抵抗であることを思い知りました。両手両足に巻かれた麻縄は思いのほかしっかりと結ばれており、いくら暴れても解けそうもないことを理解したからです。乱れた呼吸を整えながら、私は止むを得ず今の状況を整理して考えることにしました。
私を含む三人を全裸で拘束したのが、美佐君であることは間違いないでしょう。
四人で食卓を囲んでからどれくらいの時間が経っているのかはわかりませんが、おそらく最後に彼女がサーブしたワインに睡眠導入剤のようのものが混入されていたのかもしれません。
深い眠りにおちたわれわれ三人の衣服を剥ぎ、拘束した彼女がこれから何を始めようとしているのか。
彼女の狂気を感じ、私の思考は混乱しました。何をどうしていいのかわかりません。
いえ、それ以前に私にできることなど殆どないように思えました。
なにしろ、ベッド上で四肢を固定され、声を上げることすらできない私には、実際できることなどなにもなかったからです。
それでも尚、諦めきれず手足をばたつかせていると、ドアの向こうから足音が聞こえました。
妻と田中君を縛り上げた縄の一端が結わえ付けられたドアの影から、バスタオルを胸元に巻いた美佐君が姿を現しました。
全身から湯気が立ち上り、長い黒髪が濡れています。
彼女の愛くるしい表情の下に見える露になった白く細い肩や、くぼんだ鎖骨。私はその美しさに、思わず現状を忘れ、見とれてしまいました。
「あら、起きてらっしゃったんですか」
言葉とは裏腹にさして意外そうなそぶりも見せず彼女が言いました。
バスタオル一枚を巻いただけの半裸の姿を私に晒しながら、恥ずかしがるような素振りはまったく見せず、口元に微笑を浮かべ私を見下ろしていました。
「美佐君、これは一体どういうことだ」と叫んだつもりでしたが、タオルに阻まれうめき声にしか聞こえません。
「すいません。皆さんをこの部屋までお連れするだけで汗だくになってしまったものですから、無断でお風呂をお借りしました。一応、お掃除はしておきましたので、お許しください」
「許すも何も」そこまで言いかけて、言葉にして伝えることを諦めました。
首を起こして強い抗議の意思をこめた視線を彼女に向けました。
「ああ、苦しいですよね、ごめんなさい、今ほどきますね」
彼女はそう言うと、ベッドサイドに半裸のまま腰掛けると、私の首に手を回しタオルの結び目を解きました。彼女の長い髪が私の顔に触れ、薄い唇が目の前に近づきました。
妻とは違う、ミルクのような体臭を鼻孔に嗅ぎ取り、胸が高鳴るのを感じました。
ようやく呼吸と弁論の自由を得た私が、大きく息を吸い込み叫ぼうとするのを、彼女が人差し指を自分の口に当てて制しました。
「西村さん、大声をだして私を非難なさるのも結構ですし、近隣の方に助けを求めるのもかまいません。でも冷静に考えてみてください。私はいくら罵声を浴びてもこれからすること止めるつもりはありませんし、近所の方が不審に思って訪れるなり、警察でも呼ぼうものなら、かえってややこしいことになりませんか」
大きな瞳で見つめられ、反論の機会を失った私は、彼女の言葉の意味を心の中でもう一度反芻しました。
それは、彼女の言うことを打ち負かすだけの理屈や気力が自分の中にないことを確認するだけの作業でした。
私はひとつ大きく息を吐くと、小悪魔的な笑みをたたえた彼女の顔を見上げました。
「美佐君、君、自分がなにをしているか、わかっているのか」
勤めて冷静な口調で話しました。最後の抵抗のつもりで。
「はい。以前にも西村さんにお話したとおりのことです」
「はい、じゃないだろう。妻が言って聞かせたように、こんなことしても誰も幸せにならない」
「私はそうは思いません」
「じゃあ、どう思うっていうんだ」
「それは、わかりません。でも、たぶん西村さんや奥様が心配されるような悪い方向にはいかないと思うんです」
「だから、それは君の一方的な」
そこまで言いかけたとき、彼女の背後で息を飲むような音が聞こえました。
続けて、聞こえたのはタオル越しの妻の悲鳴です。
その声に田中君も意識を取り戻したようです。
「あら、思ったより早かったですね」
彼女は取り乱す妻と田中君の様子を意に介することもなく二人の側に近づくと、私と同じように結ばれたタオルの拘束を解きました。
途端に、混乱したまま叫び声を発する妻。
「いやあっ、なに、これ。」
田中君も次第に意識を取り戻したようです。
「うーん、あれ、ここは、あれ、僕、なんで、奥さん、これは」
二人とも混乱していましたが、先に状況を把握したのは妻のようでした。
「高橋さん、これはどういうこと?」
「あまり、大きな声を出さないでください」
美佐君は私に話したことと同じ内容を繰り返し、妻と田中君の困惑を一時的に押しとどめました。
それでも、驚きと憤懣の収まらない妻は彼女を問い詰めます。
「高橋さん、私の言ったことをわかってくれたんじゃなかったの」
「すいません、気が変わりました」
「そんな、それじゃあまりに身勝手だとは思わないの。田中君だっているのよ」
妻は体を起こし、跪いた姿勢のまま隣の田中君のほうに視線を移しました。
田中君は、横たわった姿勢で、妻の裸体を見上げたままでした。
彼の股間でうなだれていたペニスがむくむくと隆起していくのが私にも見て取れました。
妻も同時に目にしたようで、そこで初めて田中君と自分が全裸のまま隣り合わせている状態に気づいたようです。
「いやっ」
あわてて身をよじり、田中君の視線から逃れようとしますが、両手両足を拘束されている状態ですので、隠しようがありません。
「あ、すいません。僕、そんなつもりじゃ」
田中君も自分の勃起したペニスを隠そうとするのですが、両手を背中の後ろで縛られているため、どうすることもできず、ますます大きくなる怒張をさらすばかりでした。
「さぁ、舞台は整ったみたいですね。時間はあるようでないんです。私も正直、待ちくたびれてしまって」
美佐君はそう言うと、田中君の手足の縄を解き、ベッドサイドに歩み寄ると、身にまとったバスタオルを落とし、白い裸身を私の眼前にさらけ出しました。
胸も尻も薄い彼女の体は、成熟し肉感的な妻の裸とは真逆の印象です。
「綺麗だ」とは思いましたが、正直、目にした瞬間は、性的な欲望を感じることはありませんでした。
彼女は、ベッドの上に膝をつくと、私のすぐ脇に回りこみました。
ためらう様子もなく、右手を私の愚息に伸ばし、白く細い指で握り締めると、ゆっくりと上下に扱き始めました。