2022/12/22 13:05:35
(QVa8JbwY)
その日、俺たちは何度もダイレクトメッセージのやり取りをした。
彼女は短い結婚生活が破綻し嫁ぎ先から地元に半年前に帰って来て、生活の為に昔のツテを伝ってやっと手に入れた仕事が今回の地元ミニコミュニティFMの仕事だった。
彼女は離婚がまだ成立せずに係争中で有ることや、旦那のギャンブル癖、酒ぐせの悪さに疲れ果てた事などを俺に吐露した。
1時間程もやり取りしただろうか、彼女の明日提出しなければならない書類があるから今夜はこの辺りでとおやすみなさい。と云う返信でその日のやり取りを終えた。
俺が彼女が寄越したメッセージを眺めて余韻に浸っていた時に玄関先でガチャガチャと音がして毎度のイケメン話をしながら嫁と娘が帰宅した。
何?全然食べてないじゃない。何?美味しくなかった?嫁がラップを外したきり殆ど手のついていない皿を手にしながら俺に言う。
いやそんな事ない、昼食をへんな時間に食べたから、あまりお腹空いて無いんだ。
そう。と嫁は俺を一瞥しただけで娘の塾仲間の母親の服装が派手だ、品がないと娘と話し始める。
有名私立女子校受験の塾だ。それなりの層の家の子女が通っている。
我が家の様な二流メーカーの営業が家長の娘が通う様なところでは無いのだ。
俺からすると送り迎えの母親達も塾の送り迎えと云うより、何かの集まりにでも出掛けている様な服装、化粧の女達。
嫁もこの塾の送り迎えのある日は念入りに化粧をし、着飾って出掛ける。
そんな嫁を一度嗜めた事があったが、逆に地味な方だ、皆さんもっと良い服を着ている、恥ずかしいくらいだと凄い勢いで捲し立てられた。
それ以来、俺は一切嫁にはその手の事を言わずに静観している。嫁は娘に自分が出来なかった事を背負わせて子育てに熱中していた。
嫁が娘に熱を上げれば上げるほど俺たち夫婦の仲は冷えていった。娘も小学校高学年になってからは嫁に何か吹き込まれているのだろう距離が出来ていた。
俺は家庭内で孤立していた。嫁の家に入婿の俺は離婚を躊躇した。離婚など口したら嫁は待ってましたとばかりの態度を取るだろう。
嫁の実家は余裕がある。娘、孫を残してどうぞ明日からお好きにしてくださいになるだろう。
今考えればつまらない意地だったのだろう。俺は離婚の理由になる失点を避けるように地味に毎日を耐えた。そんなつまらない人生を10年近く送っていた。当然、失点中の失点になる浮気などもっての他だ。俺はこの10年、会社で仕事のやり取りをする以外は女性と会話らしい会話すら無かった。
こんなTwitterのやり取りに中年男は久しぶりに高揚感を覚えたのだ。
喧しい女達から逃れる為に俺は食卓を離れ部屋に戻る。彼女のメッセージを何度も読み返し、彼女の画像を検索して彼女の笑顔に俺は救いを感じた。
俺はどうやらビールを飲み過ぎたらしい。殆どそのまま寝込んでしまったようだ。
翌朝目覚めると俺はシャワーを浴び着替えて出掛けた。通勤電車に揺られていると胸ポケットに入れたスマホが小さく振動した。
混雑した電車内の無理な体勢で俺は胸の内ポケットからスマホを取り出す。
Twitterの通知だ。
葉山小夏からダイレクトメッセージが来た。
おはよう。昨夜は話の途中でごめんなさい。
あれからなんとか書類は書き上げてこれからFM局に持っていくところです。
昨夜は話が長くなってしまってごめんなさいね。
お家だったんでしょ?1時間以上もスマホ弄らせて迷惑掛けたんじゃないかと心配で。
でも昨日はすっかり自信なくして落ち込んでいたけどトミさんと話せてすっかり元気になりました。
今日の打ち合わせは頑張ります!ディレクターに負けないゾ。
俺は自分が笑っていることを電車の窓に映る自分に教えられた。早く返信したい。
電車内は、おしくら饅頭状態だ。スマホを持つ腕すら無理な角度。この状態では返信出来ない。
彼女に今、返信したい。電車のドアが開いた。
電車を降りる人の流れに俺は身を任せる。
俺は10年間乗り続けて1度も降りた事の無い自宅から7つ先の駅に降りて自分が乗っていたいつもの時間の満員電車を見送った。
満員電車の窓に押しつけられた人々の暗い顔が印象に残った。俺は思わず声を上げて笑った。
暗い顔で次の満員電車をホームで待つ人々をかき分けスマホを握りしめて通勤客の流れに逆行して進む。
俺は心の中のモヤが晴れるのを感じた。
駅の改札を抜けて、知らない、初めての街に立ち、この10年感じた事が無い気持ちで彼女に返信を打った。