現在50歳を過ぎ子供も巣立ち妻の真弓と2人だけの生活です。
時々頭を過る苦い思い出が夫婦にあります。
真弓は元先輩の彼女、いや彼女の一人でした。
先輩は悪でしたがモテ男で何人も女がいました、その中の1人が真弓でした。
僕は数人いた先輩のアッシー君みたいな者でした。
当時彼女もいなく先輩が羨ましい存在でした。
僕等の前で先輩は真弓とキスをし乳を揉み、下半身を露出させ僕等に見せていました。
真弓も最初は恥ずかしがっていましたがその内、慣れなのか平気で陰部を見せていました。
僕等がいても平気で真弓と交わっていました。
先輩の持ち物は立派で真弓は悶えながら、もっともっとを繰り返していました。
先輩は真弓に、お前はスケベな女だなあ~と言いながら中出しまでしていました。
仕事もせずいつも女と遊んでいましたが突然その先輩はバイク事故で精髄損傷を負い車椅子生活に。
すると仲間や女は先輩から離れて行きました。
僕も真面目になろうと県外へ出る事に、すると真弓さんが、私も連れてってと。
なんで俺とと聞くと、前々から気になっていたの、こんな私でもよければ一緒に連れてってと。
僕はモテた事も無く素人童貞でした、当時皆と行ったトルコ風呂(現ソープ)で童貞を卒業したくらいです。
自分について来てくれた真弓さんと京浜工業地帯のある工場へ2人で就職しました。
当時は僕等でも金の卵でした。
僕はフォークリフト、真弓さんは検品係りに配属でした。
安いボロアパートで生活が始まりました。
目の前に生身の女性が、僕は毎晩真弓さんを求めました。
休日は朝から晩まで裸で真弓さんを求めると、もうダメよオシッコするとき沁みて痛いよ
見ると真弓さんのアソコは少し赤く腫れぼったくなっていました。
しばらく禁欲ねと真弓さんは尺八(フェラ)で我慢してねと言いながら手コキと尺八で抜いてくれました。
それからでした真弓さんがまさかの浮気をしていたのです。
相手は隣の部屋の学生でした、僕が休日で競馬に出掛け負けたので早く帰ると、変な声が聞こえたのです。
ボロアパートです声なんか筒抜け状態でした。
真弓さんのアノ時の声が駄々洩れしていたのです。
でも僕はドアを開ける勇気が出ずそのまま外で時間を潰しました。
数時間後帰ると真弓さん何事も無かった如く振舞うのです。
それからも学生との浮気は続きました、2年くらいでした学生が卒業まで続きました。
僕はもうダメだ別れようと思い真弓に全て知ってると話手別れ話をしました。
でも真弓さんは許してちょんまげ、あんたのちっこい包茎チンポじゃあたい満足せんのじゃ。
びっくりしましたまるで吉本新喜劇調の話し方で僕は思わず笑ってしまいました。
だから別れ話はなくなりサセコ真弓さんと30年間夫婦です。