私の父親は痴呆にかかり、私達の不注意で交通事故に遭い入院、幸いにも片足を骨折しただけで後は打撲傷だけで済んだ。
なかなか病院に行けない私に代わり妻は献身的に父親の介護に当たってくれていた。
ある日の夕方に仕事が早めに終わった私は面会時間に間に合うと思い病院に顔を出す。
他の入院患者さんの迷惑も考え個室に父親は居る、病室のドアを開けると父親は何時もの表情で、ただ天井を見上げていた、私が声を掛けると私や家族の声は理解出来るのか!私の方に視線を向け言葉には成らない声を上げる。
病室に妻のバックは有るが妻は居なかった、直ぐに戻るだろうと思った私は然程、妻が居ない事は気にも止めず、かと言って特別に用事が有る訳でもなく、父親の様子を見ただけで病室を出た。
廊下を歩くと途中に休息や面会に利用するスペースがあり、幾つものソファーや椅子が並べてある、そこの一番隅の所に妻が居た。
若者と何やら話し込んで居る様子、若者もこの病院に入院してるのだろうか!パジャマ姿であった。
声を掛けようかと思ったが、若者の表情と妻の後ろ姿の様子から、声を掛けるのが躊躇われて、私は立ち止まる事も出来ず、そこを通り抜けた。
しかし、その様子が気になり私はエレベーターに乗らず、もう一度廊下を周回して元の所に戻った、妻達には死角になる所で立ち止まり、聞き耳を立てる。
距離があり話しは何も聞き取れなかったが、暫くすると椅子がズレる音、私は慌ててその場を離れた、ナースの詰所を横切り父親の病室の斜め前に有る湯沸かし室に身を隠した。
妻の後を追うように若者は父親の病室に入って行く。
面会時間の過ぎた病院の廊下は誰も歩いて居ない、私は看護師が気になったが病室の前に立ち中の気配を伺う。
しかし何の物音すら聞こえて来ない、私は息を殺し静かに入り口の戸を微かに開けてみる、隙間から中を覗いてみると入り口付近のカーテンは閉じられていた。
微かに乱れた呼吸が聞こえ、小声で妻の声が洩れる。
明らかに何かを拒む声、衣服が擦れ合う音。
「ダメょ、お爺ちゃんが眠ってるし、今に看護師さん来るから、お願い止めて」
言葉は途中で遮られるように、口籠った音に変わる。
暫くしてから再び妻の声。
「お願い止めて、こんな所じゃダメょ」
「初めて会った時から、おばさんの事が」
「だからって、こんな事をしちゃダメょ、お願いだから部屋に戻って」
「こうして、おばさんに触れて居たい」