8年前から始めた事業がとうとう行き詰まり、
俺は夜逃げすることに決めた。
長年ついてきてくれた嫁子とも離婚することにした。
借金取りに追われる生活を、これ以上嫁子に耐えさせる
ことはできないと思ったからだ。嫁子や嫁子の家族は
連帯保証人になっていない。俺の田舎の実家と所有地は
抵当に入っているが、親は他界して取られても困る者も
いない。
俺は嫁子が寝ている間に家を出ることにした。
署名、捺印した離婚届、僅かな現金、手紙を食卓の上に
置いた。
手紙
「すまない。俺は逃げる。二度と会わないと思うから、
探さないでくれ。この家も抵当に入っているから、
実家に帰って人生をやり直してくれ。
今まで支えてくれてありがとう。感謝します。俺。」
暗いうちに家を出て、俺は汽車に乗って北へ向かった。
俺37歳、元嫁28歳、結婚5年目、子供なし。
行く宛は無かったが、北海道に行ってみたかった。
誰も俺を知らない北の果てに行って、
オホーツク海を見渡す岸壁に立ってみたいと思ったのだ。
それからどうするかは、その時になってみないと分からない。
3日後俺はオホーツク海に面したある町の酒場で酒を飲んでいた。
うらぶれた気持ちで酒を飲んでいると、一人の男が近づいてきた。
「あんた観光客じゃなさそうだな、死にに来たのかい?」
60前だろうか、鋭い目付きで俺を見ている。
「どうしてですか?」
「だってお前、今日の昼にX岬の辺りを一人でうろついていただろう。」
「色々あって迷ってるんです。」
「女かい?」
「ならいいんですけど、仕事に失敗してー」
酔って口が軽くなってしまっていた。
「それ以上言うな、おいらも聞かない方がいい。
ひとつ儲け話があるんだが乗らないか。」
「あ、俺、金無いですよ。」
「そんくらい察しがつかー。そうじゃねえ。話しに乗ってくれたら
前金で100万渡す。」
「ちょ、ちょっと待って下さい。人、ひとり殺してくれ、なんて話じゃ
ないでしょうね。」
「違うよ」
「じゃ、麻薬の密売とか」
「それも違うな」
「何なんですか?」
「喋らないて約束するか。喋るとお前、命なくすぞ。」
「喋りません、でも、引き受けるかは聞いてからでないと決められませんから。」
「お前、なかなかしっかりしてるな。信用しよう。
実はな、ロシア軍の武器を取引している。」
「な、何ですってー」
「バカ、大きな声出すな、ぶっ殺すぞ。」
「どうやって・・・誰に売るんです?」
「テロリストじゃねえぞ、さすがにそれはヤバすぎだからな。
いいか、相手はアフリカの小さな国だ。独裁者がいる国の、
反政府組織らしい。おいらも詳しいことは知らねえ。
俺たちの仕事は海の上でロシアの漁船から荷物を受け取り、
別の国の貨物船に渡すだけの仕事だ。」
「それで報酬は?」
「1度につき一人150」
「そんなに貰えるんですか? なら、やります。」
「ただ、ロシアの警備隊に見つかると殺されるぞ。
だから、夜中に海上で待ち合わせることになる。」
これから俺の体験したことは、この掲示板とは無関係なことなので、
これ以上は書かないし、書けないことばかりだ。
ただ、取引は日本の領海外で行われていて、
国内には一切持ち込んでいない事だけは、はっきり言っておきたい。
また、アメリカに知られても良い相手であることも重要だ。
敵の敵は味方だということである。
中国製や北朝鮮製は安いが評判が悪くて、
俺たちのハイリターンを求める取引には使えなかった。
支払いは金、ダイヤなどの宝石、レアメタルで行われているらしい。
とにかく、おれは5年間男の下で働き、2度ロシアの警備艇に追われ、
夜の海上で銃撃も受けたが、借金の10倍ほどの大金を手にした。
仲間の何人かは警備隊の銃弾に当たって殺され、オホーツクの藻屑となった。
ロシア側も軍隊のかなり上級の将校が関与していることは気がついているので、
何かがあっても日本への通知も、報道もされなかった。
俺は仕事から足を洗い、以前借り逃げした借金を倍にして返し、
別れた嫁を探した。
元嫁の実家に行ってみったが、嫁の親は亡くなり、
家のあった土地は他人の手に渡っていた。
いろいろ思いつく限りの人にあたってみたが、
元嫁の行き先はわからなかった。
元嫁は器量は並み以上だったから、きっと今ごろは誰かと結婚して
苗字が変わり、俺のことなんか忘れて幸せになっていることだろう。
突然離婚届を置いて借金取りから逃げた俺が、
元嫁に何かを言う資格はないのは良く分かっていた。
それでも俺は元嫁が気になって、興信所にも依頼してみた。
すると歓楽街の風俗店に、旦那が借金で逃げたために、
借金の返済に働かされている女がいるという情報が入った。
嫁は保証人にはしてなかったし、離婚届も渡していた。
それに返済は既に完済している。人違いとは思ったが、
念のために俺はその店に行ってみることにした。
歓楽街の路地裏に教えられた店はあった。
ピンサロだった。派手な看板とネオン、
路地でポン引きが客を誘っている。
店にはいるとけたたましい音量の音楽、
酔客の笑い声、タバコの煙が俺を圧倒した。
暗くて店のなかは良く見えない。
ボックスの一つに店員に案内されると、
すぐに25歳位のケバい顔の女が横に座り、俺に酒をすすめた。
女は透けて下着がまる見えのコスチュームで、
その下着も透けて陰部の茂みや乳首が見えていた。
「お客さん、初めてー、あたしレナ、ヨロシクー」
女がビールを注いでくれた。次第に目が暗闇に慣れてくると、
どの女も似たりよったりの化粧に、裸に近い衣装を身につけている。
酔客が女の肩に手を回してキスをしている姿もあった。
「ここのシステムなんだけどー、お互い気に入ったら奥の部屋か、
二階の個室が使えるの。でも、ホンバンは禁止ね。」
「すまない。人を探しているんだ。34歳で旦那の借金のせいで・・・」
「あんたが元旦那? ちょっと、めんどうはごめんだよー、ヤクザがでてくるよー」
俺は金を彼女の手に握らせて、
「君にはめんどうかけないから。」
「ちょっと待ってて、呼んでくるけど、絶対めんどうなことにしないでよー」
奥の部屋に消えたレナという娘は、暫くした戻ってきて
「今、ほかのお客と取り込み中だから、たぶん20分位したら出てくると思う。
それより、あたしといいことしようよ。」
俺はもう一度札を彼女に握らせて、
「俺の元嫁か確認させて。」
そう言い終わると、奥の部屋からお客の男と店の女が出てきた。
女がお客を見送るとレナが女を呼びに行った。
女が俺のいるボックスに座ってきた。
今まで男と奥の部屋でエッチしていたのだろう、髪が少し乱れている。
濃いアイシャドー、派手な口紅、開いた胸元
「いらっしゃーい、このお店初めてなのねー、あたし、名前は・・」
「お前、嫁子だろ、嫁子!」
私の顔をじっと見ていた嫁子の表情がさっと変わった。
「今頃、何しに来たんだよ。汚れた女房を見て笑いに来たの?」
「知らなかったんだ。何で嫁子はこんな所で働いてるんだ?」
ちょっと二階の部屋に行くから付いてきて、と嫁子に言われ、
俺は二階のベッドのある狭い個室に入った。
窓の無いピンク色の壁紙の小部屋は薄暗かった。
「あんたが知らない借金があったんだよ。
あんたに生活費が無いって言うのが辛くて、街金で借りてたんじゃないか。
あんたが昼も夜も働いて、何とかしようとしているのに、
私は何にもしてやれないから、だからあんたに黙って借りてたんだ。
あんたが居なくなって、夜の仕事をして借金返しながら、
何度死のうと思ったことか・・・
あんたに捨てられたと思って、
何度も死のうとしたんだ!
でもできなかった・・・
あんたの顔をもう一度だけ・・・
もう一度だけ見てからでないと、あの世に逝けないと思ったんだよ-」
俺は嫁子を押し倒し、夢中で嫁子を抱いた。
「すまない。許してくれ。嫁子、許してくれ・・・」
さっきまで抱かれていた男のコロンとタバコと体液の臭いがしたが、
そんな事は俺にはどうでもよかった。
風俗で汚してしまった嫁子のからだを全身なめ回し、
自分の傷だらけの心とからだを、嫁子の心とからだに重ね続けた。
俺は嫁子の借金を返し、
ヤクザも出てきたがオホーツクの仲間のおかげで
少ない金でけりがつき、
二人でもう一度やり直すことにした。
心についた傷は一生消えないかもしれない。
だが、失われた時間を取り戻すように毎夜抱き合い、
俺たち二人は、
以前の仲のいい夫婦に戻ってきていると思う。