自宅マンションの駐車場に空きが無く、俺は自宅から歩いて10分程の場所に駐車場を借りている。
自宅近くにも貸駐車場はあるのだが、大抵は立体式のそれで、朝の出勤で出庫が重なるとだいぶ待たされる事から、いつでも出し入れが容易な町外れの少し寂しい場所の平地の駐車場を利用している。
今年の7月の事だ。俺は新しく始まった部署の立ち上げの責任者になり毎晩残業続きで、この日も退社が夜10時を超えて、帰路の途中にある牛丼屋のロードサイド店舗で食い損ねた遅い晩飯を食い、駐車場に戻ってきた時には11時をゆうに越えていた。
駐車場は一般宅の塀沿いに3台のスペースがある。この辺りは駅からも離れていて街灯も少なくかなり暗い。
俺がいつも通りに塀に向かって車をバックさせて停めようとした時である、バックライトの光に照らされて人影が見えた。
今までこの場所でしかも、こんな夜中に人など見かけた事すら無い場所で、車のバックモニターにちらっと見えた人影に俺は仰天した。
何の衝撃も感じなかったが最悪、人を轢いたかと俺は動揺していた。慌てて車から降りて車の後方を確認した。
目を疑うような光景がそこにはあった。なんと下半身丸出しの気の弱そうな痩せた中年男が立っていて、慌ててくるぶしの辺りに落ちたズボンを上げようとしている。
驚愕の眼差しで俺を見ている下半身丸出しの男。驚愕具合で言えば俺とて同じだ。思わずアンタ何やってるんだ?俺は自分でも驚く程の甲高い上擦った声で尋ねた。
いや、何でも無いんです!ごめんなさい!すみません!慌ててズボンを履きながら男が叫ぶ。
男が何か後ろを気にしている。
男の後ろの暗がりに人影がもう一つあって動いている。よく見ると乱れた着衣を直している女が居た。俺はレイプ犯罪が頭に浮かび、痩せた男に動くな!と叫んだ。暗がりの女性に大丈夫ですか?と声を掛ける。
女から返事が無い。俺は痩せた男におい!お前!と声を荒げて近づくと男はすみません!すみません!と叫びながら走っていった。
追いかけてやろうかと思ったが女が心配で、俺は暗がりにもう一度大丈夫ですか?警察を呼びますか?と尋ねた。
暗がりから少し慌てた様子の30代半ばの女が出てきた。ごめんなさい。違うんです。あの人は私の連れです。ごめんなさい。
女は小さな声で呟くように俺に言うと男が走っていった方にやはり小走りで走っていった。
俺は呆気にとられて走り去る彼女を呆然と見送った。我に帰ると俺は車に乗って改めて車を庫内にバックさせた。
バックモニターに何か白いモノが映っている。俺はふたたび車を降りて車の後方に行く。
モニターに白く光って見えたモノは女が落としていった小さな巾着袋だった。
俺は巾着袋の中身をあらためた。中には化粧道具とスマホ、免許証が入った財布が入っていた。免許証の顔写真はさっき、慌てきった様子でスカートの裾を直しながら走り去った女の顔だった。
俺は女がふたたびココに戻ると確信した。親切心いや、それだけでは無い好奇心と、少しの野次馬根性、イジワルな気持ちが入り混じった複雑な感情で俺は駐車場に留まり、車の中で慌てて戻る筈の彼女を待った。
暫くすると、道路沿いに少ないながらも点在する街灯に沿ってトボトボと歩いてくる女性のシルエットが近づいて来た。
〜つづく