俺が通うスナックにその女が来るようになったのは今年の5月の大型連休明けぐらいだったと記憶している。
普段、会社の同僚達と会社帰りに呑む以外に、1人で呑むという習慣が無かった俺が、この町に越して以来初めてコロナ時期に暇を持て余し、たまたま入った自宅近所の商店街裏にあるスナックエイトという店だった。
商店街のハズレにある小さなスナックだが、店主の智恵子ママ、客層の良さ、店内の雰囲気が何故か俺には居心地が良く初めての入店以来一週間に一度は会社帰りに寄るようになった。
客層は近所の商店主や俺同様、この街から会社に通うアラサーサラリーマン。店主の智恵子さんが元保健のセールスをやっていた関係で、その先輩、後輩といった女性客が多いのもこの店の特徴だ。
5月連休明けの週末だったと思う。店の常連客で保健のセールス成績が断トツだと言う30歳になったばかりの栞里さんに、お世話になってるのと連れてこられた客が雅美という女医だった。
雅美は近隣の歯科医院の勤務医で、初日の印象は大人しい地味な女に思えた。常連客に人気の明るくて可愛いタイプの栞里さんに半ば強引に連れて来られたようで常連客の冗談に戸惑いながら愛想笑いを浮かべている感じに見えた。
酒もあまり飲まず、客から歌の催促やデュエットの申し出をやんわり断り小1時間で栞里と退店した雅美について残った常連客がカウンターでやっぱりお医者センセイには、この店は合わなかったかな?とか、あれは2回目は無いなとか話していた。
しかし意外な事にその翌週、常連客達とカウンター席で他愛もない話をしていると9時過ぎにだいぶ酔いの回った雅美が1人でスナックエイトに来店した。
入ってくるなり、やっぱりココだぁ。良かった少し間違えて一回通り過ぎちゃいましたと言って1人ケラケラ笑っている。
呆気に取られている俺や何人かの彼女の初来店時に居た客の顔を見つけると、あーっこないだお会いしましたよねー。と大きな声を上げる。
智恵子ママが、あら雅美先生。いらっしゃいと声を掛けると、ママーっ!会いたかったぁと俺の横のカウンター席に倒れるように腰掛けてママの手を握った。
ママも手を握られながら、初日とはだいぶ違う印象の雅美に戸惑いながらも、雅美のハイテンションに付き合っている。
ママから受け取ったおしぼりをヒラヒラさせながら雅美はママの仰っる通り、ワタシ今日少し酔っ払ってまーす!と答えるとやおらカウンター席の隣に座る俺に、お客さんもこないだ居ましたよね。ワタシこないだはこの店初めてで緊張して何も話せなかったんだけど、良い店だなぁって思ってて、また絶対来ようって決めてたんです。
智恵子ママが雅美先生だいぶ酔ってるみたいだけどお水飲む?の問いかけに相変わらずおしぼりをヒラヒラさせながら大丈夫です!ワタシ飲みます!と言ってウーロンハイをくださいと返す。
ママからウーロンハイを受け取るとカウンター席の常連客に乾杯しましょ。今日ワタシお祝いなんです。と言いつつカンパーイと声を上げた。
常連客の1人がセンセイ、今日は何のお祝いなの?と声を掛けると、えー、どうしようかな?うーん隠してもしょうがないから言っちゃおうか、ワタシ実は離婚が決まりました!と言うとケラケラ笑いウーロンハイのグラスを煽った。
そして俺に向き直ると今日はワタシ歌いますよ!こないだは初めてで緊張して歌えなかったけど、ワタシ歌すきなんです。何か一緒に歌いましょうよ。デュエットじゃなくても、あーミスチル!ミスチル一緒に歌いましょうよ。
そう言って俺にしなだれ掛かってきた俺の腕に彼女の胸か当たる。彼女のこれは歌える?と尋ねる声に生返事を繰り返しながら不自然にやたらと俺の腕に当たる彼女の大きな胸の柔らかな感触に戸惑っていた。
後から思えばこの胸の感触から既に彼女の計算高い行動。この時に俺は彼女が仕掛けた罠にすっかりハマっていたんだと思う。
〜つづく