俺は40半ばのうだつの上がらないサラリーマン。
都内の小さな光学機器メーカーの営業をしている。10年前に結婚したが上手くいっていたのは最初の1年くらい。2年目から毎日、気が滅入るような言い争いや嫌味の応酬。
それでも離婚しないのは一人娘だった嫁の家に入婿になり結婚1年目に産まれた娘と二世帯住宅に住んでいる事情があるからだ。
嫁は娘とべったり。口を開けば嫌味しか出てこないような女だが、それを知っている地元ではそこそこ知られた料理屋を営む嫁の両親が俺を腫物を扱うように大事にしてくれている。
俺は帰宅すると平日は家族で夕飯、週末は同じ建物の隣に住む嫁の両親達と夕飯を食べる事をこの10年続けている。
嫁が娘を塾、ピアノ、英会話と通わせてその送り迎え。平日は食卓にふきんを掛けてあるおかずに味噌汁を温め直し、飯をよそって1人で食う。
飯を食い終わりソファでテレビを見ていると嫁と娘が帰宅する。男性アイドルやイケメン俳優、流行っているスイーツの話。
俺が会話に入る余地も無い。
俺は女子トークから逃げるように風呂に入り、寝床に入る毎日だった。
そんなある日、昼間会社の同僚と若い頃好きだったグラビアアイドルの話を他愛もないランチ時に交わした。
俺はその日いつもの様に、娘を塾に迎えに行き誰もいない食卓でレンジで温め直した夕飯を1人で食べていた。
俺は昼間の会話を思い出していた。
スタイルの良いレースクィーン上がりのグラビアアイドル、今や演技派女優になったグラビアアイドル。同僚達の口から出てくるのはメジャーどころ。
トミさんは?同僚に聞かれて俺が答えたのは内容的に仮名にしておくが葉山小夏。
皆が口々に知らない、誰それ?と言う。
素早く画像検索した同僚がコレ?とスマホ画面を俺に見せる。10年ぶりに彼女の姿を見た。
俺がそうそう。この人この人。と答えると皆が一斉にマニアック~どっと笑った。
確かに葉山小夏は売れたグラビアアイドルでは無い、それにスタイルが良いと言うよりはムチムチのグラマータイプ。顔も美人というより愛嬌のあるタイプだった。
俺は当時、二流男性誌のグラビアで愛嬌たっぷりの明るい笑顔と色白でムチムチした彼女に魅了され結婚前は彼女のファンになり情報をネット検索して集めていた。
彼女がブログをやっているのを見つけ毎日、更新をチェックしていた。ブログ内容は大概、2流雑誌掲載や町おこしのイベント出演の告知で彼女がテレビやメジャーな雑誌に出ることは無く、所謂鳴かず飛ばずのグラビアアイドルだった。
俺はその頃、上司の紹介で今の嫁と付き合う事になり結婚を決め、グラビアアイドルの事など全く忘れ日々の生活に追われる様になった。
それこそ10年ぶりに葉山小夏を思い出した。
食卓で葉山小夏が珍しく近所のショッピングセンターに来ると聞いて悪友と出かけて当時の俺には高価な写真集を買ってサインを貰った事などを思い出していた。あの写真集何処にやったかなと思っていた時に玄関でガチャガチャと鍵を開ける音がして嫁達が帰ってきた。
何まだ食べてるの?嫁の第一声。
俺はいや今、食べ終わったと答え、茶碗を流しに持っていく。嫁達の嬌声が響く、新しい塾の講師が超イケメンらしい。
俺は年甲斐も無く娘とはしゃぐ嫁を横目で見ながら風呂場に向かった。
風呂から出た俺は布団に入りスマホで葉山小夏と検索してみる。
彼女のブログが出てきた。ブログは5年前を最後に更新されていなかったが最後の内容は事務所を辞めてフリーになり名前を心機一転KONATSUにするというものだった。
KONATSUで検索すると元グラビアアイドル葉山小夏改めKONATSUとプロフィールの一部が表示されるTwitterが出てきた。
Twitterも3年前のツイートを最後に放置されていた。トップに貼りついた葉山小夏は少し歳を取り良い女になった30代の彼女の笑顔。
ツイートを追っていくと彼女はどうやら地元に帰りダンス教室のインストラクターをしていたようだ。
フォロワーは400人足らず、3年前の最後のツイート、ダンススクールのオーナーと意見の相違。
いいねは3つに留まっていた。
階下では相変わらずどっちが娘だと思わんばかりの娘とはしゃぐ嫁の声が響く。
俺は葉山小夏いやKONATSUのTwitterをフォローした。
この3日後、葉山小夏からなんとフォローバッグがあった。俺はその翌日やはり味気ない1人の晩飯を済ませて寝床で寂しさから思いあまって彼女にダイレクトメッセージを送った。
結婚10年目の娘と嫁に邪険にされて家で居場所が無いしょぼくれオヤジです。
久しぶりに小夏さんの話が会社でランチ時に出て、10年前大ファンだった事を思い出しました。
今日も色々とあって思わずメッセージを送りました。小夏さんは元気でしょうか。
結婚生活に疲れ果て、小夏さんを追いかけてた10年前に戻りたいです。
なんて書き込み気持ち悪いですよね。久しぶりに見つけて懐かしくてつい勢いあまりました。
小夏さんが元気で何処かで今も活躍してること願ってます。
俺は送信した瞬間から、送信した事を後悔した。
しかし、その5分後彼女から返信が来た。
それは、くたびれてしょぼくれたサラリーマンが今、思い返しても正しかったのかどうか分からない決断に至る泥沼に嵌まる事になる返信だった。