25年前の話。
僕は当時勤めていた会社の先輩に連れられて、大宮駅前にあったテレクラに行った。
雑居ビルのエレベーターを上がる。薄暗い店に入ると、駅前で配布するためのポケットティッシュが入ったダンボールが高く積まれ、その脇に60cm四方位の小さな受付の机があり、パイプ椅子におよそ堅気には見えない怪しげな男が座っている。
受付の横は通路になっているが、カーテンで間仕切りされており奥は見えない。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「あぁ、二人なんだけど」
先輩と男のやり取りの最中も時々電話のコールが短く鳴る。僕がそわそわと周囲を見回していると、受付の男に「ではこちらへ」と間仕切りのカーテンから通路の奥に通されたが、カビ臭い店内は変わらずに薄暗くかなり異質な空間であった。
一間も無い狭い通路の左右にドアが5つずつ。全部で10部屋だった様に思う。パーティションで区切っただけの壁は薄く、客が電話で話している声が漏れ聞こえてくる。
奥の突き当たりには背の高い本棚が置かれ、アダルトビデオが並べられている。
男はまずテレクラ経験者の先輩を部屋に通し、次いで僕を別の部屋に招き入れる。部屋の中は簡素極まりなく、事務机にブラウン管のテレビデオと電話、灰皿とメモ台とティッシュの箱。それに対面するように革張りの椅子が置かれているのみ。
パーティションで無理矢理部屋を増設しているため照明がやけに暗い。
男は椅子に僕を座らせると淡々とした口調で各資機材の使い方の説明を始める。
「電話の取り方ですが、女性から電話がかかってくると外線が点滅します。そこで受話器を上げて頂き、電話が繋がると①のランプが緑色に光ります。女性と話が合わない時は保留して"受付"ボタンを押して転送してください…」
男は一頻り説明を終えると「ごゆっくり」と言い残して部屋を出た。
部屋に一人残された僕は電話機を眺める。当時はインターネットは然程普及しておらず、テレクラに需要があったのか、結構な頻度でコールがあるが、いずれも初心者の僕には取れない。
ピロロロロロ…ガチャッ…無音
ピロロロロロ…ガチャッ…無音
10分が経ち…20分が経ち…。僕は段々と飽きてくるが、先輩の付き合いなので帰るに帰れず、何とか電話を取ろうと試行錯誤するがやはり取れない。
いよいよ「先輩を置いて帰ろうか…」という時、
電話機からピロッピロッピロッ…と今までとは違うコール音が響き、僕は慌てて受話器を取った。
「あー…もしもし」
受話器から聞こえてきたのは受付の男の声だった。「はい…」僕はずっこけそうになりながらガッカリした声で応答する。
「このまま電話を繋ぎますので切らずにそのままお話ください」
すると程なくして電話の声が女に替わった。
これが晶子との最初の出会いだった。