え?嘘でしょ?無理無理。だってそんな関係じゃないでしょ?俺は奮発して予約した分不相応の47階のフレンチレストランで今月末から支払いが始まる指輪を突き返された。
37歳の俺はこの日、付き合って一年経った32歳の夏美に結婚を申し込んで見事に断られた。
自分のおめでたさに腹が立つ。断られるなど想像だにしなかった。それどころか昨夜など指輪を眺めながら夏美の喜ぶ様を妄想し、その妄想に感動し感涙したりしていた。
夏美は良い女だ、ショックを受けて狼狽える俺に今日の勘定は流石に私が持つと言って自分のカードで支払ったのに俺のTポイントカードを提示して俺にポイントを付けた上にタクシーを拾い、元気出して貴方はとても良い人よ、きっと良い相手が見つかると励まして俺を帰宅させた。
俺はタクシーの運転手に散々愚痴って聞かせた。運転手がうんざりとした顔でお客さん駅着きましたけど自宅はどちら?と尋ねてきた。
俺は自宅までタクシーに乗らず、夏美が運転手に告げた最寄り駅でタクシーを降りた。
俺は駅前の立ち飲み屋に吸い込まれる様に入っていき、力の限り呑み、食った。俺はそのあとも目についた店に何軒か入って酒を浴びるように呑んだ事は覚えている。さらに言うと最後の二軒ほどは誰かと一緒に呑んでいた気がしていた。
俺は唯一自慢出来る事がある。どんなに呑もうとどんな睡眠時間が短かろうと必ず6時半にカッチリ目覚める体質だ。
俺は翌朝きっかり6時半に目覚めた。どうやらスーツを着たままベッドに倒れ込んで眠ったらしい。
上半身を起こそうとすると流石に二日酔いらしく頭がズキンと痛む。
痛む頭を抱えて上半身を起こそうとするが身体が重く動かない。首を持ち上げ痛む頭を起こすと俺の身体の上に女が乗っかっていた。
俺は仰天したが夏美が戻って来たのかと喜び、夏美!と呼び掛けて俺の身体の上にうつ伏せになっている女を起こした。
女が顔を上げる。俺と目が合う。頭が混乱する。全く見ず知らずの女だった。俺は仰天して上半身を起こした。俺が起き上がった事でうつ伏せだった女か仰向けに転がりベッドの端で目を覚ました。
壁は水色でジャンプしたイルカが描かれて、その目が俺を覗き込んでいる。俺の部屋じゃない、ベッドの横にはビニール製の観葉植物。間抜けな南国ムードのラブホテルの一室だった。
ベッドの端で目覚めた女と目が合う。女は俺の顔見てクスッと悪戯に笑う。
凄い。よく起きたね。昨夜のこと覚えてる?酔っ払いさん。女は薄い水色の下着姿だった。シーツをかき寄せると体に巻き付けて俺ににじり寄る。
全然覚えてないの?私達結婚することになったのに…俺を見つめてくる。
俺はドキリとしていた。女はサラサラの肩までの黒髪を揺らして綺麗な瞳に微笑みを浮かべてこちらに左手をすっと伸ばし、俺の顔の前で手のひらをひらりと反転させた。
女の薬指にキラリと指輪が光る。
それは昨夜、夏美に突き返された支払いがこれから始まるエンゲージリングだった。
俺が呆然とその指輪を見つめると、出し抜けに俺のスマホの着信音が沈黙を引き裂く。
布団の中からスマホを見つけた。画面は夏美からの着信を知らせていた。