俺は翌朝、名刺の住所に向かった。中年女性の横柄な態度は気に入らないものだったが正直言って今は家族を抱えて無職の立場、藁にも縋りたい。何か仕事を貰える、紹介して貰えるのかもしれないと淡い期待を抱いてオフィス街の一等地にそそり立つオフィスタワーの入り口に俺は立った。そのオフィスタワーの14階という事は名刺で確認していたが、念のため俺は高い天井まで続く大理石の壁に並ぶ階層ごとの入居企業名の金属プレートで14階ワンフロア使う佐伯企画の名前を確認した。10時という時間帯もありオフィスタワーのエントランスは人も疎らだ。俺は何台も並ぶエレベーターの前に立ちボタンを押す。エレベーターは直ぐに来た、俺は瀟洒な造りの大型エレベーターに乗り込み14のボタンを押す。ドアが閉まる寸前、若い女が駆け込んで来た。俺は咄嗟に閉まる扉を手で押さえた。若い女は俺に向き直り、有難う御座います。ごめんなさい!と言って行き先フロアのボタンを押そうと手を伸ばしたが14階が押されているのを認めるや俺に、うちの会社に来られた方ですか?と尋ねて来た。グレーのリクルートスーツ姿が初々しいショートカットの可愛らしい娘だ。身体全体に若さが溢れ、人懐っこい笑顔の娘は両手に沢山の書類ファイルを持っていた。俺は、はい。佐伯企画の佐伯社長様にお会いしに来ましたと娘に答えた。社長に!そうですか。失礼ですがお名前は?と尋ねてくる。書類ファイルの表紙が滑って持ち辛そうだ。俺は半分持ちましょうと申し出ると娘は、え?大丈夫です。有難うござと言いかけた時にファイルが滑って何冊か床に落ちた。俺は床に落ちたファイルを拾い私が持ちましょうと娘に言った。娘はすみません!助かりますと照れたような可愛らしい笑顔を見せて両手になお沢山の書類を抱えたままペコリと頭を下げた。あ、私は高橋と申します。佐伯社長に昨日こちらを訪ねるように言われてお言葉に甘えて伺いました。と娘に答えた。ポーンと音が鳴りドアが開いた。あ、着きましたね。どうぞと書類を抱えながら、どうぞお先にという身振りをする。俺はこの娘の明るさに好感を持った。いやどうぞ貴女は荷物があるから、私押さえますと閉まろうとするドアを背中で押さえて先に出ることを娘に促した。娘はペコリとまた頭を下げて小走りでエレベーターを降りた。俺も続く。娘は俺に向き直り、社長から聞いてます。高橋さん。今朝高橋さんって方がみえたら社長室に通すよう聞いてます。と言ってニコッと笑う。現金なもので再就職、先行きの不安でエレベーターに乗るまで重い気持ちで身体を引きずる様に来た筈がこの娘の明るさで何か良いことがあるんじゃないかとまで思えてくる。俺は自分の単純さにひとり苦笑しながら、そうですか。その高橋です。と笑顔で娘に答えた。娘はエレベーターを降りると広がる、柔らかい色合いで統一された幾つかのソファやローテーブルが配置された空間を進み受付カウンターに書類を下ろし、私から書類を受け取るとこちらです。と10名程の女性が机を並べるオフィスを抜けて社長室に案内を始めた。俺はオフィスで働く女性達に頭を下げながら娘について行く。社長室はガラス張りの空間だった。壁一面に大量の本が並ぶ立派な本棚を背にして見事な一枚板の大きな机が置かれていた。陽光が差し込む窓からは街が一望のパノラマ風景が見えた。その窓際に街を見下ろす様に佐伯優子が立っていた。佐伯は昨日の印象とかなり異なる服装をしている。上品な白いブラウスに軽く上質そうなベージュのカーディガンを羽織り、丈の少し短い黒いパンツに黒いパンプスを履いていた。首には大粒の真珠のネックレス。どこから見ても高級住宅街に住む上流階級夫人の赴きだ。失礼しますと娘が佐伯に声を掛ける。高橋さんがお見えになりました。佐伯は振り返ると笑顔を見せて、高橋さん。良かった。来てくれて。さぁお掛けになってと机の前の応接セットに座るように促した。茅野さん、お茶を持ってきてくださいと娘に佐伯が言う。娘は、はい!と元気に答えた。佐伯が応接セットのソファに浅く腰掛ける。俺もソファに腰を下ろした。佐伯は高橋さん、良く来たわねと切り出した。はい。正直、自分でも何で訪ねるよう言われたのか分かりませんが無職でアテも無いので、少しでも何かこの先プラスになることが有ればと思い、思い切って伺いましたと答えた。佐伯はそう。思い切ってくれて良かったわ。と言った。単刀直入に言うわ。貴方うちに来ない?私の会社は化粧品メーカーの販促企画の請負がメイン。それ以外に女性を対象にしたイベントの企画をやっているの。女性ばかりの職場だけど、女の私が言うのもなんだけど女は使うのが色々面倒なのよ。私は実は仕事に関しては男の方がさっぱりしてて使う
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