(文才なくてごめん。長くなったらごめん)
プロローグ
もう20年以上前、関西のR大を卒業した俺は(そのころは俺
と言っていたので)数千人の従業員を抱え、堅実な経営を誇る
ある会社に就職した。
そのため住まいも大津から会社が借り上げてくれた加古川の
社宅に移った。しかし同室を予定していた同期が突然退職し、
俺は一人で60平米はある社宅に住むことになった。
なぜ加古川かというと、近郊に工場があったが、創業者の考え
で大卒も現場(この場合工場)を知らねばいけない、との方針
で入社して1か月本社で試されたあと工場勤務することに
なっていたからだ。
工場勤務は性にあっていた、高校では名門野球部の2番手ながら
投手で、181-84ある俺は肉体労働が苦にならなかった。
ただ、朝一人で起きるのは辛くて、初日早番だったその日、ごみ袋を
片手に非常階段を降りていた。
しかし2階と3階の踊り場辺りで、大きなごみ袋を持った女性が
よちよちと階段を降りているところに出くわしてしまった。
「まずいな、バスに乗り遅れちゃうよ」と思った俺は、咄嗟に
「おはようございます」と元気に女性に声をかけた。
突然声をかけられた女性は驚いてふり見たが、俺は間髪を入れずに
「ごみ、重そうですね。もっていってあげますよ」
と言ってその手からごみ袋を掴んで階段を降りて行った。
ごみ袋を置き場に置いてバス停まで走ろうと思ったが、その時
視線を感じて俺は後ろをふり見た。
階段の踊り場には、俺が大好きな女優の松たか子さんに似た人がいて、
俺と目が合うと礼をしてきた。
「このマンションにあんな綺麗な人いたんだ」と思いながら俺はバス停
に急いだ。
その日は朝見た人のことが頭から離れなかった。
定時に仕事を終えると、俺は引っ越しの挨拶があるといって社宅に急いだ。
早く帰ればもしかしたら朝の女性に会えるかもしれない。
と思ったからだ。
しかし、それらしい女性に会うことはなかった。
『ここは何十世帯もいるんだ。すぐ見つかるわけないか』
と思い直し、夕方19時半頃に6世帯を目途に引っ越しの挨拶をすることにした。
挨拶は順調にこなして後は隣室だけになった。社宅は建物の一番端にあったから
これが終わったら風呂でも入ろうか、などと考えながら呼び鈴を鳴らした。
「はあい」女性の声がして、ドアが開けられた。
俺は最初が肝心と、扉が空いたところで深く礼をして
「この度隣に引っ越した者です。引っ越しの挨拶にお邪魔しました」
と言って顔を上げた。
「あ、やはり朝の方ですね。」と言って微笑んでくれた。
『え、隣の人だったんだ』と思ったがこの時頭はパニックになってしまった。
「朝、重いごみもっていってくださりありがとうございます。」
「あ、いえ、あの程度のことは。なんでしたらオタクのゴミはこれから私が
運びますから」と言うと奧さんは口に手を当てて笑っていた。「それでは
重い時には遠慮せずお願いしようかしら」と今度はいたずらっぽく笑った。
「大丈夫です、これでも中学、高校と野球してましたから、家庭ごみ位でしたら」
というと、奧さんは「ま、息子も少年野球に入っていますよ。
一寸待ってくださいね。今息子にも挨拶させますから」と息子を呼んできた。
初日から奧さん(たか子さんと呼びます)、息子さん(雄介君・小5)と顔見
知りになった俺は、野球が上手くなりたいという雄介君のためにノックやバッ
ティングの練習相手ををすることになった。
旦那さんは単身赴任でアメリカに行っていたので隣は実質2人家族だった。
マンションの隣は空き地で練習には最適だった。
勉強も合間に教えてあげたので、夏休み前には雄介君の成績は急上昇し、少年
野球チームでも遠征メンバーに選ばれた。
雄介君が遠征に行った朝、たか子さんが家の呼び鈴を鳴らした。
たか子さんは雄介君が遠征メンバーに選ばれたことをすごく喜んでいてその
お礼に来たのだった。
「今、コーヒー入れま入れますから、中でお待ちください。」
たか子さんは少し躊躇いながらも部屋に入ってきた。
「男の人の部屋に入ったのは初めてだけど綺麗にしているんですね。」
「いや、俺は掃除、洗濯、料理が好きなんですよ。」
「え、じゃ結婚する必要ないか」
「いや、結婚はしたいですよ」
「まさと君、彼女はいるの」
「今はいません。3年くらいいないかな。でも好きな人はいますよ。」
「え、会社の人」
「いえ、今俺が入れたコーヒーを飲んでいる人ですよ」
そう言ったとき、たか子さんは一瞬ぽかんとした表情を浮かべ、
そして驚きの表情に変わっていった。
「私、いや、冗談よね」
「いや、初めてあなたを見た時から、あなたに心奪われていました」
「私、結婚してるし、それに歳37歳よ。あなたにふさわしい女の子
はいくらでもいるよ。
もう、私いえに帰るね。息子の事,ほんとありがとう。」
そこまで言うとたか子は立ち上がって歩こうとした。
「この何か月間、あなたの事思い、悶々としてきました。
雄介君、帰ってくるのは明後日だから、今日、明日はこの部屋で
過ごしましょう。」
俺は自分で言いながら、だれかほかの者が俺の口を借りて言葉を
発しているような感覚に襲われていた。
目の前の美しい人妻は、みをかがめ、紫色の唇をして俺を凝視
していた。