仕事から帰ってきたら、玄関のドアに貼り紙がしてあったので何だろうと思い、取り外して部屋で読んでみると、
あなた様のベランダに洗濯した子供の服が落ちてしまいました。
ご迷惑ですが後で引き取りにお伺いいたします。
205号室(名字)
と、書いてありました。
ベランダを覗くと、小さい女児用の服がハンガーに干した状態で落ちています。
この他にもフェイスタオルが、同じようにハンガーに掛かった状態で落ちていました。
それらを拾い上げ軽く払うと、貼り紙の持ち主に返しに行くことにしました。
チャイムを鳴らした後に出てきたのは、ショートヘアーの若い奥さん。
彼女に落とした洗濯物を渡してあげると、
私が取りに行かないといけないのに、わざわざ持ってきて頂いてありがとうございました。これからは気を付けますから。
と言って、謝られました。
帰り間際に、部屋からひょっこりと顔を出した女の子。
「ママぁ、このおじさん誰?」
「この人はね、ママが落としたあーちゃんの服を持ってきてくれたの」
「あーちゃんもありがとうって言って」
「おじさん、ありがとう」
「どういたしまして」
「それでは失礼します」
「ありがとうございました」
「おじさんバイバイ」
ある日、予定を早く切り上げて帰宅すると、この親子とスーパーで出合いました。
帰りが一緒になったこともあって、色々世間話をして。
あーちゃんと呼ばれた女の子が愛莉という名前で5才という事をこの時知りましたが、奥さんがチカと知ったのは、こんな誘いがあったから。
こんどの土曜日に娘の誕生日のお祝いするのですがよかったら来ていただけないでしょうか
来ていただけたら娘も喜びます
あれ以来、愛莉ちゃんに好かれてしまったみたいで、何度かアパートの前で遊んでやった事は確かです。
知り合って数ヶ月経ちますが、これまでご主人を一度も見た事がないのが不思議でした。
単身赴任か何か(例えば病気で入院中)で居ないのだろうと思い、愛莉ちゃんも寂しがるといけないという考えで、敢えて聞くことはなかったけれど。
愛莉ちゃんの誕生会は、主役の愛莉ちゃんと奥さん、そして私の3人だけで午後から始まりました。
用意したプレゼントを愛莉ちゃんにあげると、早速開いて。
あげたのはクレヨンとお絵かきノート、それと保育園児でも読めそうな童話。
「おじさんありがとう」
「こんなことしてもらうつもりなかったのに申し訳ありません、本当にありがとうございます」
「ママぁ、お外でおじさんと遊んでもいい?」
「あーちゃん」
「よし、遊ぼう」
「そんな、悪いです」
「いいから気にしないで、あーちゃんの誕生日会ですよね?」
私は奥さんが呼びに来るまで愛莉ちゃんと遊んであげました。
「ママの名前はぁ、チカって言うんだよ」
「いい名前だね」
「ママは好き?」
「大好き」
「ご飯、一緒に食べていってください」
「ママぁお腹空いたぁ」
手作りの料理がテーブルにところ狭しと並んでいました。
「ママすごい」
「あ、こちらに座って食べてください」
食後には誕生日ケーキの丸いやつにローソクが6本立ててありました。
ローソクの火を愛莉ちゃんが吹き消し、小分けしたケーキを食べていた時の事。
「ママぁ、このおじさんと結婚するの?」
「あーちゃん」
「あーちゃんにはパパがいるからおじさんとあーちゃんのママは結婚しないよ」
「違うもんあーちゃんのパパいないよ」
「愛莉、ママ怒るよ」
散々泣いた挙げ句、疲れて寝てしまった愛莉ちゃん。
奥さんが愛莉ちゃんをベッドに運び入れて、戻ってきた。
「ご免なさい、愛莉が失礼な事言って」
「いいですよ、でも大変ですね」
「失礼ですが、愛莉ちゃんのお父さんとは」
聞くことがタブーとは分かっていたけど、一番気になったところを聞いてみました。
「一昨年に離婚しました」
「実家に戻っていたけれど、風当たりが強くてここに越してきたんです」
「そうでしたか、大変でしたね」
「実は、自分もバツイチなんです」
「自分も一昨年に離婚して」
「子供は?」
「いないです」
「そろそろ、今日は楽しかったです」
「こちらこそありがとうございました」
「また愛莉と遊んでもらえますか?」
「いいですよ、自分も子供が好きですから遠慮せずいつでもどうぞ」
「ありがとうございます。また来てくださいね」
「ありがとう」
何か言いたそうな顔をしていましたが、第一印象が大事なので引き下がることにしました。