「っと…、すまない…。
今の時代、こういうのもダメだというのはわかっているんだがね…。
あまりにも真剣に読んでいるモノだから、つい…ね…、許してくれるかい…?」
驚く、というよりも緊張が先行するような反応。
パッと本を閉じ、胸元に抱えながらも振り返るまでは至れない初々しさ。
塞がれた視界はあっさりと解放され、トーンダウンした一言目とは違う柔らかい言葉での謝罪が果歩の耳に届く。
「あんまり公にはしていないから、君も知らないかもしれないな…。」
そう口にしながら少し果歩から離れ、ソファに腰を下ろす。
少し低い位置から、本を抱く果歩を見つめ、話しを続ける。
「担当になった君には知っておいてもらわないといけないね…。」
そして男は語り始める。
シリーズ化されている恋愛小説。
普段から新刊が発売される感覚は一定だが、時折その感覚が乱れることがあったこと。
その間は実は別の仕事を引き受けているということ。
そしてそれがSM官能小説のゴーストライターだということ。
「古い友人からの依頼でね…。
私も描くことは嫌いじゃなかったから試しに引き受けてみたのがきっかけさ。
幻滅したかい…?
恋愛小説家が裏では官能小説を書いていた…なんて。」
少し苦笑いを浮かべながら男は、語りを一旦そこで結ぶ。
別段、公になって困るという程の事ではないが、アシスタントあるいは担当編集者にはある程度の理解がある人間でないと困る。
のは、言うまでもない。
そもそも官能小説という物に、マイナスのイメージを持つようなタイプであれば一緒に仕事をするのは難しいと言えるからだ。
「幻滅させていたらすまない。
もちろん、私の方から編集長にこの旨を伝えれば、君に一切の不利益がないように別の作家への再配属は可能だ。
これでも有難いことに、新刊はいつも100万分以上を売り上げると言われている人気作家、と言われているからね。
その辺りは彼も…編集長も寛容なんだ。」
無理に引き留めはしない。
理解し、許容し、自らの意思でその場に留まるのか、それとも受け入れられないと逃げ出すのか。
それは自分で決めるといい。
男の言葉は暗にそう語っていた。
男の描く官能小説は甘いだけのモノではない。
女の心の内に眠る官能的な、雌の衝動を呼び覚ますように。
否、健全な女にさえ、元からそう言う癖があったかのようにしみ込ませ、植え付けていくことも。
理性よりも本能、心よりも身体が男の行為を求め、身体が感じる感覚に遅れて脳が追い付いてくる。
書き換えていく、書き換えられていく感覚か。
「可能なら君のような、若い女性の感想も聞きたい。
何を思い、どう感じるのか、何が足りないのか、もっと必要なのは何なのか…。
より良い作品を…と言ってくれたね…、私はむしろこっち側に力を貸してほしいと思ってもいるんだ…。
もちろん…。
『どうするかは、君が決めること』
だけどね…。
いずれにしても、しばらくはゴーストライターに身を置く期間にはなっているんだ。
その手の中にあるものに、興味が出てこなかったら…少しつまらない期間を過ごさせてしまう事に…なってしまうね…。」
膝に肘をつき、少し前かがみ気味に両手の指を交差させて口元が隠れるような体勢。
射るような視線で果歩を見つめながら、男はそう話した。
初顔合わせの時よりも少し艶やかな雰囲気。
無防備さが増す服装。
明らかに果歩が意識して今日を迎えたことは男にもわかった。
幾様にも染まり得る資質、を果歩に感じていた。
【おはようございます果歩さん。
なかなか再開早々トラブルもあった中で、果歩さんだけに手間を掛けさせてしまいましたからね。
でもそれだけ、果歩さんも再開を悦んでくれて、望んでくれているのかなと嬉しい気持ちにもなりました。
ご相談の件、もちろん大丈夫ですよ。
私が②と③を気にしていたことを配慮してくださったんですよ。
だから、②をベースに③の要素も取り入れようとしてくださっている…優しい方です、本当に。
お恥ずかしい話ですが、先々の事をしっかり決めて描くスタンスを取れる力量はないので
基本的には果歩さんのお返事をベースに次を考えて描いています。
ですので、ご希望に沿えるかわかりませんがその方向性を考慮して描いていきたいと思っています。
ご希望はいつでもおっしゃってください。
また、こちらの描く物へのご指摘もお待ちしています。
謝ってばかりはダメですよ…?】
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