長い長い地獄の入り口がポッカリと口を開けていた。
「もう、お前さんは、会社には出て来なくていいから、、」
私の縄を解きながら放った上司でだった。
「退職届けは、こちらで出しておくから大丈夫だ。それとお母さんのことも心配要らない、私達で面倒を見るから、、」
なんでこの場に、母の名前が出て来た事に気が動転した。男の巧みな指捌きによって、それ以上の考えが追いつかなかった。
昨夜に、部屋に連れ込まれてから、男五人の精を放出させて来たのであった。
男達の執拗な愛撫の許に、喘ぎ声を抑える自分が情けなかった。
いやいやながらも、躰が勝手に反応して、男の胸に頬を擦り寄せて甘えて見せる自分がいた。
「抱え観音」男はそう呼んでいた。互いに胸を合わせて、男に抱きかかえられていた。下半身は密着して繋がっていた。
男達一人ひとりには、其々の好みがあって、その都度に縄がかけ直された。
恥ずかしい格好も強いられたり、指一本動かすことが出来ない程の厳しい縛りになかされました。
その全ての男達の巧みな愛撫の許、口惜しさは喘ぎ声に変わってしまっていた。
男達の平均年齢は50歳半ばであった。皆、精力絶倫を誇っていた。
連れ合いを亡くした者もいれば、離婚した者もいた。先に述べた様な夫婦揃っての参加者もいた。
何にしろサディスト、サヂスチンの集まりであった。その者達の術中に嵌り、陥れられた私なのでした。
この旅行に参加した者の中には、同期の女子もいた。役員夫妻の娘であった。
(後に、この娘も加虐側の一員として登場してきます)
私の下腹部の前後双方には、大小のディルドゥが埋め込まれていた。男根が抜き去られた後の私の股間には、常に異物が押し込められていた。
調教という言葉の一旦であった。
「もっと恥ずかしい目に、、もっときつく縛って、、もっともっと辛い目に合わせて、、」
知らぬ知らぬ間に、こんな恥知らず言葉を放っていた私などでした。男には聞こえないような小さな声で。
既に、社員は帰途に着いていた。残った上司、役員も私を置いて行く事に些か後ろ髪を引かれる様な素振りを見せながらも、仕事がある為、お遅れて出発していった。
後の事を託された旅館側。その女将、仲居達も、男達に引けを取らないサド癖の持ち主なのであった。
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