零さん、今夜も話して来てくださってありがとうございます。
心待ちにしておりました。零さんの仰る通り、満たされない毎日を送っています。
自分からS男性(老齢者)を探すのではなく、見つけられて狙われて、襲われたいのです。
腕を捻り上げられて縛り上げられるもよし。鳩尾に当身をされての縄掛けもよし。
苦しさに呻いているところへの縄掛けにも憧れています。
気を失った状態で、正気に戻ったら縄餌食になっていると言うのも格別ですね。
男の力を以って、細引き縄でキリキリと手首を縛り上げられただけでもかなりの拘束感です。
さらに、その上から太目の縄を幾重にも加えられての緊縛状態。これにて観念せざるを得ない私なのです。
そうなんです、この「観念」といった状態。女の非力を嘆き悲しむことに、言葉では表せない女の喜びがあるのです。
何をどう足掻こうと、所詮女は女であることを身をもって知らされる緊縛の身。
荷造りでもするかの様に、私の身体を裏に表に返して縄を走らせる男。縦横斜めに執拗に縄が纏わり付いてくる。
この時こそ、女は女であることの弱さを認めざるを得ないのです。男に捕えられ縛り上げられて、言い成りになって行く他ないのです。
それこそが女である証なのです。女は男に傅き従って生きて行くしかないのです。
そんな人生を送りたいと強く望んでいます。勝手な事許り申しましてすみませんでした。
零さんからしてみれば、私という人間が軽薄に映るのでないのでしょうか。
この後、まだお話しさせて頂けるのであれば、17歳時の被虐を語らせていただきたいと思っています。
それでは後ほどに、、。
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