操は俺の義母。当時俺は14歳。操は25歳だった。
親父が「新しいお母さんだ。」と連れてきた。
美佐子ははっきり言って親父が「失敗」して連れてきた女だった。
親父はある事務所をやってるが、取り引き先の恩師とも言える人の娘。
遊ぶつもりが恩師に知れ、責任を取ったのだ。
背は高く、細身だけど出るとこは出てる顔も切れ長の目をした美人。
料理は上手くいつも身奇麗にしていた。
しかしバカなのか感情の抑揚がなくいつもぼうっとしていた。
会話はほとんどしない。めんどくさそうな顔で返事だけする女だった。
それでもオナニー覚えたての俺は美佐子の匂いに毎日興奮。
「お前もそろそろ女が欲しいんだ?」と親父。
「じゃあ美佐子はお前にやるよ。」と美佐子を俺の前で弄繰り回してみせた。
「コイツはケツ弄ると大変だぜ!」親父に教わりアナルをバイブでピストンすると
美佐子は宙に手足をばたばたさせ、獣のような声を出してイった。
親父はアルバイトの某国立女子大の一年生のメガネをかけた女に夢中だった。
少し太めの可愛くもない女だが、「やっぱり女は頭よくねえとな。」と親父は言い訳のように俺に言っていた。
操はセックス狂いの女だった。ふだんは時々つっけんどうんな態度もとるが、俺が手を伸ばすと嬉しそうに身体を開いた。
ヴァギナを弄るだけでもイクが、アナルを弄って欲しいと哀願してきた。
「そんなに気持ちいいんだ?」「あなたもしてみる?」
俺は浣腸され、「うわ、やばい!」とトイレにかけこんだ。
「もっと我慢しなきゃだめよ。」操の手ほどきでアナルは指から小さめのバイブも受け入れるようになった。
漏れそうな感覚がたまらない。少し液を噴出し鳥肌がたつような快感を覚えた。
操もこんなふうに感じてるのか。
浣腸だけで直腸をキレイにするので、3、4日は調子が悪くアナル弄りは週末だけ。
操にペニバンで犯され、女の子のようにあえぎまくる俺がいた。
俺にゲイの素質があれば、きっと男に狂っていたに違いない。
しかし、やがて飽きた。所詮射精の気持ちよさにはかなわないからだ。
女はおまんこがあるから、アナル弄りと並列で気持ちいいが、男は直列だ。
アナルを弄るとチンポびんびんで、射精したくてたまらなくなる。
操を弄り倒していた俺だが、ペニスは口以外入れたことがなかった。
それなりに純情で童貞は好きな女の子で、なんて思っていたのだ。
このくされ女なんかで捨てたくない。
しかしある時操に哀願され、アナルにいれた。ヴァギナは妊娠するとまずいし。
操は何してもイク状態だったので、俺の小さな勃起物でも狂ったように悶えた。
操の締め付けであっさり射精した俺。
まあケツは童貞捨てたことにならないよな、と自分に言い聞かせた。
まあ口よりは気持ちいいし、射精は平日は口、アナルに毎週末。
ある日、朝から操のアナルに果てた。
そのまま服を着て操の運転でお昼はファミレス。
若いウエイトレスのケツを眺めてると勃起してしまった。
興奮冷めやらぬ操の赤い顔を見ると、萌えた。
コイツのケツの中に俺の精子が入ってると思うと妙に愛しくなった。
家に戻ると「もう一度念のため浣腸するね。」とかわいらしく言う操を裸にしバイブでアナルを突きまくった。
浣腸も注入し、「あ、いや、いや、いやあ!」暴れる操をビンタの嵐でおとなしくさせ
噴出させた。
操はわりと神経質で、浣腸が上手くいかないと「なんか調子悪い。」とアナルは絶対弄らせなかった。
しくしく泣く操を見て、俺はおもわず操に抱きついた。
「好きだ。好きだ。操、好きだよ!」
「え?あ?うん、あたしも、、あたしも好きだよ!」
泣きながら二人で抱き合った。
親父は俺が操を弄ってると「ちょっと抜かせろ。」と参加する事もあったが、操がすごい剣幕で怒るので
来なくなった。
操と俺は心行くまで愛し合い、そして操は「あなたの子生みたい。」と言い出した。
「親父に言うと「いいじゃねねえか。俺の孫だろ?」とあっさりOK。
あれから10年、操は俺の子を2人生んだ。
親父はメタボって引退。海沿いのマンションで毎日釣りしてる。
俺は親父の女になっていた某国立大を出た女と事務所を切り盛りしてる。
あいかわらず太めだけど、操とからませると凄く恥ずかしそうないい顔をして悶える。
操にペニバンでアナルを突かれ、演技も入ってるだろうが失神したりする。
親父はすでに種無しだったようで俺の子を生みたいと言ってる。
操もいいんじゃないと言ってるが後3年ぐらい楽しみたい。