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2026/02/11 10:55:58
(p/5zOCDn)
神奈川と長野で離れてはいるもののずっと親しくしてる友人とは、高校を卒業してからもずっと交流を続けていた。
友人には息子がいて、私はこの息子さんがかわいくて好きだった。
私は男の子が欲しかったけど恵まれなかった。
だから、友人が羨ましくて色々質問責めにしたものだ。
小学五年生になってもたまに一緒にお風呂に入ったりしてると聞いて仰天した。
勝手に押し掛けて入ってしまうらしいけど、あからさまには拒絶しないようだ。
そろそろ恥ずかしい年頃だろうけど、あの子は優しそうだからなんだかんだ許可してしまうのだろう。
あの子にはそんな雰囲気がある。
私は言い様のない悶々とした気持ちを味わったものだ。
だけど、私のそんな想いが通じたのか劇的な展開が降って湧いた。
友人が仕事の都合で転勤が決まったのだ。
私達は二人とも主人に先立たれていた。
友人は第一線で、バリバリ働いていたし、私は田舎に戻って実家の呉服屋の女主人に収まっていた。
友人の息子さんは幼少から胸を患っていた。
友人はいつまでいるかわからない海外に連れていくのはいかがなものかと思案していた。
ちょうど中学生になる時というのもあった。
「なんなら、うちにホームステイさせる?うちは田舎だけど両親もいないし娘だけだから部屋はいっぱい余ってるし、何より空気がいいから病気にもいいんじゃない?昔はサナトリウムがあったような療養向きな土地だし。もちろんa君しだいだけどね。」
と、提案していた。
話しながら自分でもナイスな案だと思っていたからつい力説になった。
友人は感謝しながらも、とりあえず話はしてみると言った。
友人にしてもそうなった方がキャリアに響かない。
息子がそうしたいって言ったら本当にお願いしてもいいと言っていた。
たびたび私とも顔を合わせて面識はあるし、何より海外に行くのが嫌だったらしく、息子さんがかなり前向きに行きたいと言ってると聞かされ私は小躍りした。
うちも女所帯だし、男の子が来るのは大歓迎!
娘も賛成してくれてるというと話は一気に具体的になり決まってしまった。
私はまだこの時点では男の子と疑似親子として戯れることができると喜んでました。
友人とは月々余分なほどに養育費を振り込んで貰う事に話がまとまった。
やはり友人なりに気を使ってのことだろうが、私としてはそんなお金すらいらなかった。
でも、変に勘ぐられても困るし、とりあえず余分な分は最終的にはまとめて返すからと伝えた。
友人はそんなのいいからと引かないから、いちおうそういう事にしておこうって。
少なくとも友人は私に感謝して渡米することにはなった。
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