昔の話ですみません
大学を卒業して都内の会社に就職して5年目の夏
父親が元気なうちに家業を継げということになり6月末で退社
9月から自営業役員、7~8月は自由にさせてもらうことになった
世の中はバブル崩壊が始まりポケベルが全盛期、携帯は金持ち位しか
もっていなくて、厚底のアムラーが大流行してた
俺は、人生最後?の長期休暇を過ごすプランを立て、まずその手始めに
7月初旬から仙台の叔父の所へ
居酒屋・スナック・風俗店を数店舗のオーナーで、バブル期に相当な財産を
築き上げたちょっとキケンな香り漂う当時四十代後半の実父の弟だ
比較的、健全な日の当たる場所で生きてきた俺は世の中の闇というか、暗い部分を
ほとんど知らず、実家へ帰る前に社会経験として夜の商売を見ておきたかったのだ
市内の中心部?繁華街のビルの一室に以外にもキチンと事務所を構えていた
住まいにはアパート一棟丸ごと社員寮の一室を貸してくれた
仕事は人事にw 人の出入りが激しい業界で、毎日面接が来るし、毎日辞職者もいるw
スナックや風俗の嬢に関しては荷物そのままで失踪みたいなのも多かった
募集は新聞の三行広告や折り込みの求人広告に載せたり、
街頭でのティッシュ配り、キャッチなどもやっていた
そんな生活慣れてきた確か平日四時過ぎ頃、一番町の三越~虎横入口付近で初めてティッシュ配りをした
(時給¥1,500~簡単な接客のお仕事です)みたいなチラシ入りのモノだった
その通りは夕方六時までホコ店で、ロッテリアの前に合ったベンチにティッシュ入りの段ボールを置いて
道行く女の子に配っていた
手持ちがなくなりべんちへ補給に戻るといかにもアムラーっぽいJK二人がベンチに座ってジュースか何かを
飲んでいた
特に気にもしないでプラ製のカゴにティッシュを入れていると「一個ちょうだい」と言ってきた
「はいよ」一つ上げると二人でチラシを読んでいた
カゴ詰は出来たが、少し休もうと思って、ロッテリアでアイスコーヒーを買ってきた
ベンチへ戻ると「おにーさん、ここ紹介してよ~」と二人が話しかけてきた
「紹介してって、俺、この会社の人だよ」「エ~!バイトじゃないの?」「こういう現場も知らないとな」「へ~」
なんて会話を交わした
「ね、マジメにさ、雇ってよ!8月に北海道行くんだよね、ウチら」「¥650の居酒屋なら」
「え~っ!¥1,500~じゃないの~?」「それは、18歳以上のコ向け お子ちゃまには出来ないよ」
「え~っ!、エッチ系?歳ごまかしてやれない?」「スナックだよwお酒飲めないでしょ?エッチ系は¥3,000~」
「お酒は苦手だけど、ウチら、フェラ上手いよ」「だから、年齢がだめなんだってば」
援助交際が流行り始める直前の頃、淫行はさほど騒いでなかったが、18歳未満を雇う事だけは厳禁でした
「なんなら、ウチらのフェラ、試して!」「じゃ、デパートノトイレで、5分ずつ、俺をいかせたらとりあえず夏目一枚」
「うん、いいよ~」「けど、おにーさん、2回出る?」「ホントに上手ければいくよ」