小学5年生のわたしは、すごいおデブちゃん。
顔の造りは可愛いほうやと思うんやけどな。
余ったお肉がたっぷんたっぷん。
こっちの学校に転校してきたとき、男子がわたしのこと、「ハート様」って呼ぶのが、最初はなんのことかわからんかった。
小さい頃はお人形さんみたいって言われてたんやけど、3年の冬休みに自転車で大怪我して、それで地元のクラブを退会してから、ストレス食いで上に伸びる分が全部横幅になっちゃった。
大好きやったスポーツもできず、ブクブク太って醜くなって、落ち込んでるわたしを励ましてくれたんが、クラブにおったときの4個上のイク先輩。
優しくてカッコよくて、女の子にも人気があって、すごい大人に見えた。
中学生のチームでは一年入ってすぐ、レギュラーになってて、将来プロ選手やって、スゴい人やったのに、わたしら小学生の下手くそ女子チームの面倒なんかもよう見てくれてた。
クラブに入ってたときは遠くから見てる憧れの人で、片想いの初恋やったけど、退会してから全然会えなくなって、もうそれっきりと思ってたら、修学旅行のお土産をわざわざ家まで届けに来てくれた。
お父ちゃんお母ちゃんはお店やってて、お昼はそっちの方やから、家にはわたしだけ。
玄関で、お土産受けとるときに手が触れて、ドキッとして、その場でいきなり抱き締められてキスされた。
頭がぼおってなって、自分がテレビドラマに出てる女の子みたいに思った。
それで、その日のうちに、男と女の関係を全部体験しちゃった。
それまで、男の子と女の子のすることって、キスぐらいしか知らんかった。
なんもかんも、初めてやったけど、先輩はすごい優しくて、幸せやった。
それからは、まだ4年生やのに、先輩の求めるままに、逢えば身体を重ねる大人の関係。
最初のうちは、痛いし全然気持ちよくなかったけど、わたしの身体で先輩がすごい喜んでくれるから、手とかお口とかも使って、頑張って先輩を満足させてあげてた。
そんで、一月もしたら、わたしもだんだん平気になってきて、夏休みが終わる頃には、先輩に合わせてちょっとは動けるようになってた。
先輩には別に彼女がいてたみたいやけど、きっとその子とは上手くいかんかったんやと思う。
だって、先輩に時間があるときは、ほとんどわたしの中にいてくれたんやもん。
先輩と大人の男女の関係に溺れてた5年になる前の春休み。
ある日、急に家族で旅行に出掛ることになった。
初めて乗る新幹線。
東京タワーに家族3人で昇って、展望台から見た景色に、世界は広いなぁって思った。
お財布にあったお小遣いで、先輩へのお土産に東京タワーのキーホルダーを買うた。
回りにいっぱいアベックがおったから、いつかわたしも先輩と一緒にここに来ようって心に誓うたの。
それで、それで、そのまま先輩とお別れになった。
ほんまは旅行やなくて、わたしの知らん誰かの借金のせいで夜逃げやったの。
出掛けるとき、お金とか大事なもん、全部カバンに詰めて、ランドセルも持ってったから、ちょっと変やなって気はしてたんやけど。
旅館でもホテルでもない、オンボロの文化住宅の隅っこの部屋で、泣いて泣いて、そんで泣いた。
先輩に手紙書いたけど、お父ちゃんに、居所が知られたらアカンからって言われて、出さずにカバンのポケットに仕舞った。
それで、東京タワーの絵ハガキに、「チョコ」とだけ書いて出した。
こっちの方におることがバレるから、ほんまはそれもあかんかったんやけど、お母ちゃんがなんも聞かんと切手を買うてくれた。
けど、当然返事なんか来えへんから、それが余計に悲しくなって、一回きりで止めた。
知らん間に、お父ちゃんとお母ちゃんは離婚してて、わたしの名字が昔のお母ちゃんの名字に変わってた。
そうしといたら、堂々と学校にも行けるらしい。
お父ちゃんは一緒に住んでるのに、一緒に住んでないことになってて、帰ってけえへんこともある。
ちょっと間して、少しばかりの家の荷物を親戚の人がこっそり運んできてくれたけど、わたしの思い出の物はほとんどなくなった。
いろんなことが、あっていう間に起きて、気がついたら、わたしが誰なんか、ようわからんようになってた。
新しい学校生活。
わたしの隣の席の子は、最初に「君ってハート様みたいだよね」って言った子。
はじめて言われたときは、「ハート様」って、すごい大人の女の人のイメージやったから、いきなりナンパされたんかなぁってドキドキして、その場で返事でけへんかった。
都会の子はスルドイなぁって思った。
だって、ずっと前に先輩が、わたしが上で動いてるとき、下から見上げてきて、
『チョコって、なんか大人の女って色気があるよなぁ』って、言ってたから。
でも、三日ぐらいして、ようやく「ハート様」の意味がわかって、ものすごい悔しくて、転校のこととか、家族のこととか、先輩とのこととかでイライラしてたのもあって、わたし、いままでデブって言われても平気やったのに、ムチャクチャ腹立って爆発してしもうた。
その子の腕掴んで教室の隅に引っ張ってって、その子にだけ聞こえる、出来るだけ大きな声を絞り出した。
「おまえ、何ぬかしてくれとんねん! 女や思てなめとったらシバき回すぞ!」
二回、グーで思いっきり心臓のとこをどついた。
もしナイフ持ってたら息の根止めたるんやったの。
けど、すぐに許したった。
目に涙浮かべて「ゴメン、ゴメン」って、唇震わせてるんがなんか哀れで、怒ってるんがあほらしなった。
わたしが口にしたひどい言葉と暴力に、自分でもビックリして、それが、なんか知らんけど気分良かったんが、よけいにショックやった。
その子の怯えた顔とげんこつの感触が頭と身体に残ってて、自分が酷く悪い子になった気がして、勝手に傷ついてた。
それ以来、その子はわたしのこと、ハート様って呼ばんようになったけど、他の男子は平気で言いよるから、後はもうどうでもようなった。
ほんまに、なんでもかんでも、あほらしい。
もう、どうでもええねん。
それから、2カ月ぐらいたった頃やったかな。
梅雨の雨でじめじめして蒸し暑い日。
学校から帰って、いつものように家で内職してた。
お母ちゃんが契約してて、一個幾らでブローチの裏に接着剤でピンをくっ付ける仕事。
そんなんがいっぱい入った段ボール箱がいっつも部屋に二つか三つ置いてある。
毎日、学校から帰ってそんな内職を二時間ぐらいやってから、晩御飯の支度にかかる。
お母ちゃんが帰ってくるのは7時頃。
お父ちゃんは早くてもわたしが寝たあとで、最近、長いこと逢うてない。
扇風機回しても汗だくになるから、誰もおらんし、もう、シミーズとパンツだけ。
ブローチに汗が落ちんように、頭にターバンみたいにタオル巻いて、首にも汗拭きタオルを掛けて。
鏡台の鏡に映り込んだ、疲れたオバチャンの格好に、なんか悲しくなってため息が出た。
いつの間に玉手箱開けてもうたんやろう。
わたしホンマはまだ10歳やのに……
深呼吸を二回して、接着剤をヘラで捏ねようとしたら、玄関のチャイムが鳴った。
こんなオンボロの家やのに、チャイムの音だけは、前の家と同じなんが、なんか気持ちを寂しくさせる。
また、先輩が尋ねてきたような気がして、涙が溢れそうになる。
『チョーコーちゃーん。おれやでぇー』
インターホンから聞こえる先輩のおどけた声。
かっぱえびせんが好きで、よお持ってきてくれた。
わたしは先輩の好きなコーラを冷蔵庫で冷やしとく。
コーラ代は先輩がくれててん。
それで、一回シタ後におやつタイム。
『チョコ。ほら、あーんして』
先輩、いっつも食べさせてくれた。
わたしが痩せへんかったんは、かっぱえびせんの食べ過ぎやったんかなあ。
ああ、またチャイムが鳴った。
お客さんやったら服着なアカンと思うと、なんかめんどくさい。
「はーい」
返事だけしてようすをみた。
少しして、またチャイムが鳴らされた。
「どちらさん?」
玄関に向かって、声をあげた。
「……サイトウです……」
辛うじて聞こえるような、子供の声やった。
立ち上がって、玄関のドアの前まで行って、ノブに手を乗せた。
「サイトウくん?」
わたしが知ってるサイトウって名前の子供は、隣の席の子しかおらん。
「うん……」
相変わらず震えてるような小さい声。
裸足のまま、土間に降りてドアを押し開けた。
前に立ってたのは、おかっぱ頭のボクちゃん。
やっぱり隣のサイトウくんやった。
すごいビックリした顔してわたしを見てて、それで、ようやく自分の格好を思い出した。
けど、もう手遅れやから、もうエエわ。