結局彼女とは些細なことで大喧嘩をし、結果的に別れた。売り言葉に買い言葉で俺を罵っていた彼女は、俺が別れ話を切り出すと血の気が引いたようになって、泣きじゃくって縋ってきたが、俺の心は完全に唯に移ってしまっていて、何だか憑き物が落ちたようにすっきりしたため、彼女の復縁要請はすべて却下した。今思い返せば、やはり異常な精神状態だったと思う。彼女に対する俺の態度は冷酷そのものだったと言ってよかった。
俺の心の中はそんなことが平気でできるくらいに唯のことで埋め尽くされていた。
唯は地元に帰ってからも、約束通り毎日俺にメールをしてきた。おはようメールから、今何してるのメール、おやすみメールまで、多いときには一日に5回も6回もメールしてきて、その中には「お兄ちゃん、浮気してないよね?」ってメールもあった。
あの春休みから1ヶ月足らず、唯から
「5月の連休でそっちに行くね。あ、友達も連れてくるから♪」
そんなメールが入ってきた。
俺はそのメールを見て、居ても立ってもいられなくなってしまった。
(唯と会えるのか・・・)
そわそわして仕事も手につかない。速く5月よ来い、そんな気分で数日間を過ごした。
「もうすぐ着くよ」
唯からメールが入ったかと思ったら玄関のチャイムが鳴った。
「はーい」
俺の母親が玄関を開けに行く音、そして
「いらっしゃーい、まあまあ何だか1ヶ月で大人になっちゃった感じね、唯ちゃん。こちらはお友達ね?唯ちゃんに負けず劣らずの可愛い娘さんだこと」
そんなやりとりが聞こえた。
俺は今すぐ部屋を飛び出て、唯の顔が見たい誘惑にかられたが、じっと我慢した。
すると母親が
「俊~、唯ちゃんいらっしゃったわよ~、お友達もご一緒よ」
そんなこと知ってるわい、と心の中で毒づきながら、平静を装い自分の部屋を出て玄関に向かった。そしてほんとにびっくりした。唯、わずか1ヶ月でずいぶん大人びた感じに見えた。かといって、世間の中学生から大きく逸脱してるわけではなく、何というか清純派アイドルのような楚々としたオーラを身に付けていた感じ。
「お兄ちゃん、久しぶり♪」
「おお、よく来たな、唯。こちらはお友達だな?」
「そう、お友達のさゆりちゃん。中学校に入ってから一番仲良くしてもらってるの」
「そうか。こんにちは、唯のいとこの俊って言います。遠いところをよく来たね。母さん、こんな玄関先じゃ何だから上がってもらえよ」
「そうね、何か冷たいものでも飲んでもらおうかね。さ、二人とも上がって」
そう言いながら母親は奥に消えていった。
すると唯と友達は二人でコソコソ話をし始めた。
「ねえあのお兄さんが唯がいつも話してる人だよね」
「そうなの・・」
「ふふ♪確かにかっこいいね」
「えへ、そう?盗っちゃだめだよ、さゆり」
「かっこいいけど、私は若い人が好きだもの、盗ったりなんかしないよ」
そう言うや、友達は俺のほうを見て
「こんにちは、お兄さん。私さゆりと言います。唯とは仲良くさせてもらってます。あのね、唯すごっくモテるんですよ、中学で。ねえ唯、もう何通ラブレターもらったの?」
「何でそんな余計なこと言うの?さゆり。私はそんなの全然関心がないんだから」
そう言いながら俺のほうを申し訳なさそうに見る唯。
俺は平静を装いながら、
「そっかあ、唯。良かったな、中学生活楽しそうで」
唯は俺のそんなつれない態度にそわそわし出したので、
「まあいいから二人とも上がりなよ。二人の楽しい話、聞かせてくれよ」
と促して二人を居間に通した。
二人は楽しそうに中学生活の話をいろいろ話してくれた。
同じブラスバンド部に入ったこと、
担任がキモいオヤジだということ、
同じクラスの男の子たちはガキばっかりでつまらないこと、
友達のさゆりはブラスバンド部の先輩に憧れていること、など。
「さっきも言ったけど、唯ってモテるんですよ。違うクラスとか先輩とかが唯を見にうちのクラスにやってきてるもんね。でも唯は違うんだもんねぇ。ねえお兄さん、唯はそんな男の子たちに目もくれないんですよ。だって唯は・・・・好きな人いるんだもんねえ。ね?唯」
「さっきから余計なことばっかり言ってるよ、さゆり。この話はもうおしまい」
そう言いながらまた唯は俺の方をチラチラ見てきた。まるで俺の表情を伺うかのように。
母親が、
「そうねえ、唯ちゃん可愛いもんね。でもまだ男子とお付き合いとかは少し早いかしらね。まだ中学1年だもの。もうちょっとしてからの方がいいわよ。ね?俊。」
そう言いだして俺も手に汗が出てきていた。
(ほんとにこの話題は早く終わったほうがいいな)
「俺、ちょっくらトイレ行ってくるわ」
そう言って居間を後にした。
トイレしながら
(さゆりって子も美少女だが、唯の敵じゃないな。あいつ、春休みからまだ1ヶ月くらいしか経ってないのに可愛さに磨きがかかったな・・・)
そんな間抜けなこと考えながらトイレを出るとすぐそこに唯が俯いた状態で待っていた。
「おわっ!唯!何してんだお前。友達放っといてダメだろ!」
「・・・・・」
「どうしたんだよ、唯?」
「ねえ、怒ってる?」
「何が?」
「さっきのさゆりのラブレターの話・・・」
「ああ、あのことか。いや、怒ってないね」
「ほんとうに・・・・?」
「ほんとだよ、さ、居間に帰ろうぜ」
「・・・・」
つれない態度で俺に促され渋々移動したが、明らかに唯は不満そうだった。
夕方になって、母親が二人を車で送っていくことになった。
車に乗り込むために外に出たはずの二人だったが、唯が走って俺の部屋にやってきた。
入ってくるなり、俺の胸に飛び込んでギュッと俺を抱きしめて
「安心して、お兄ちゃん。私はお兄ちゃんだけ。他の人には興味ないから」
「なんだ、まだ気にしてたのか」
「私はお兄ちゃんが他の女の人と、って考えると気が狂いそうになるの。あのね・・・・あんなことしてて、順番が逆になっちゃったけど、告白するね。私ね、お兄ちゃんが好き。エッチしたからとかじゃなくて、ずっと小さい頃から大好きだったの。」
「俺は・・・・」
一瞬躊躇したが、俺は腹を括った。
「俺も唯のことが大好きだよ。いとことしてではなく、ひとりの女性として愛してる。」
「・・・・嬉しい。もう一回言って、愛してるって」
「愛してるよ、唯。でも・・・ほんとにいいのか?俺で。いとこの年の離れたお前から見たらオジサンだろ、俺は」
「お兄ちゃんがいい。お兄ちゃんだから好きなの。私もお兄ちゃんのこと愛してる。こんな子供の私だけど、もっともっと私のこと可愛がってほしい」
そう言ってまたもぼろぼろ涙を流して喜ぶ唯。
そしてジャンプして俺の首に両腕を回してぶら下がり、俺の唇にキスしてきた。
そのキスは、触れるようなキスじゃなく、なんと舌を入れてきた。
「うわ!おい!」
「へへえ、私ね、いろいろ勉強してるんだ、お兄ちゃんが喜んでくれるようなこと。」
「唯・・・」
「夏休み、すぐに帰ってくるから。ねえ、ずっとお兄ちゃんって呼んできたけど、名前で呼んでいい?」
「ああ、いいよ。」
「俊さん、愛してます」
そう笑いながら言って、唯はチュッと軽くキスしてきた。
そして
「いけない、さゆりたち待ってるね。早く行かなきゃ。夏休みは・・・お勉強の成果を見てちょうだい。」
そう言ってドアの向こうに消えていった。
唯は冒頭にも書いたけど、黙っているとたまに陰りのあるアンニュイな表情を見せる美少女だったが、こんな天真爛漫な性格も持ち合わせていた。
俺はほんとうに翻弄されっ放しだった。
続く