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幼少期のエッチな遊び RSS icon
※お医者さんごっこ等

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2025/08/20 13:18:18 (nPXJdU0P)
小1の時に近所の友達の家に
遊びに行って
その子がトイレのウォシュレットが
あるのが自慢で凄いんだよって
気持ちいいから試して
そう言われて
私の家のトイレにはウォシュレットは
ありませんでした
母と買物でデパートに行った時
あったけど大人の人が使うもの?
おしっこの時は使わない?
そう思っていて使用した事がなくて
友達と二人でトイレに入って
初めに友達がウォシュレットの使い方を
教えてくれながら
こうすると気持ちいいって
教えてくれました。
私が次に試してみたけど
くすぐったりだけでケラケラ笑ったら
それが友達には面白かったようで
いつの間にか二人で友達の家で遊ぶ時
トイレでウォシュレット遊びが流行り
ただウォシュレットで笑ってたんだけど
別におしっこがしたい訳でも無いのに
ウォシュレットを使用してたら
友達が言う、気持ちいいって?
これなのかな?
そういう時が何度かあって
ある日、お母さんとデパートに
行った時にお母さんが洋服を選んで
いる時に私はトイレに行って来るね
そう言ってトイレに入って
ひとりでウォシュレット遊びを
してみたんです
ウォシュレットは最初は
やはり、くすぐったいだけでしたが
少しすると、おしっこが本当に
したくなってきて
おしっこをしながらウォシュレットを
してたら。。。
あれ?あっ!この感じだぁ
気持ちいいのかも。。。
ウォシュレットの当たる位置を
動かしてみたり強さを変えてみたり
くすぐったいんだけど?気持ちいい
そうして続けていたら
お母さんの声がして
大丈夫?お腹いたいの?
私は、ううん大丈夫!
もっとウォシュレットしてたかったけど
トイレから出てしまいました。

1
2025/08/17 12:08:00 (S040qT0M)
小学生の二年生から母親と二人で暮らしてました。
割りと近くに母の実家がある近所の中古物件に越してきたのは、ははが仕事で遅い日や夜勤の日におばあちゃんの家に泊まりに行けたからでした。

母は総合病院の小児科の医者でした。
この当時四十に届くかって年齢。
まあ、まだまだ女盛りではありました。
豊満な上半身の割には下半身は細くて、再婚のくちはそれなりにあったと思いますが、手に職があり生活には困ってないし、私もまだ十歳だしでそれは考えてないようでした。

ただ、やっぱり母も女。
性欲だって枯れてない訳で、ちゃっかりセフレみたいな相手はいました。
それがまた若い青年ってくらいの人でした。
なんかそれが母の性欲の強さの表れみたいに思ったものです。

実際二人が絡み合ってる現場を見た訳じゃなくても、何かと理由をつけては家にいたりするんです。
(二人が主に密会するのは平日の昼間で、学校から帰るといた。)
病院の売店でバイトしてる子って紹介された。

家がわりと近いし母親的に面倒見てあげてる風を装おってましたね。

でも、子供ながらにただならぬ雰囲気を感じとってました。
子供でも二桁になれば敏感になります。

私はまだ青さが残るその青年と母が裸で絡まる場面ばっかり想像するようになってました。

私は天真爛漫的なキャラクターでしたから、普通に子供らしくその青年に懐いていった。
母も喜んでた。
母の帰りが遅い時に一緒に待ってくれて三人でご飯を食べたりするようにもなった。
だから、おばあちゃんのとこに泊まりに行くのは夜勤の時のみになった。
そのため、表向きは家庭教師めいた事を頼んでるとおばあちゃんには説明していた。
ご近所さんにはプラス親戚の子って事にした。
都会みたいに家が密集してない分、異邦人は目立つからです。


母は本当に息子みたいに世話を焼いてて、かわいくてしかたないのがわかった。
あくまでも息子としてって取り繕いながらも。
まさかご近所さんも男としてもかわいがってるとまでは思ってなかったはずで、
そういう面では周囲を完全に欺くことに成功してました。
そんな母の血を分けた娘の私だもの。
さらに一枚上手だったのは我ながら凄いと思うんです。未だに。




2
2025/08/10 06:04:30 (kFHEmkDn)
まだ昭和の時代です。
公園と言ってもただの空き地で資材置き場でした。
周りには背丈を越える雑草も生え工事現場の資材が散らかってたり土管もありました。
当時は資材置き場も放置されたままでした、親も危ないからダメとかも無かったです。


6年生の頃です初めは数人で遊んでました、1人帰りまた1人で気が付けば2人だけでした。
まさこに「ネぇマサシ」どうする帰る2人で遊ぶ?と聞かれて「どうしょうか?」。

「その前に私オシッコしたい」。 じゃ俺此処に待ってっるから行ってくれば。
「マサシ」「此処でするよ奥に行けば見えないからついて来てよ」。
なんでおれがついて行くんだよ俺したくないから良いよ。
「良いから来てよ」「いじわる」俺はついて行きました。

「パンツ濡れると嫌だから持っててよ」と言って脱いだパンツをもたされました。
手に握ると未だまさこの温もりを感じました。
「ねぇ」「女の子のオシッコの出る所見たことある?」「私男の子のオシッコ見た事が
あるよ」「出る所みたい?」「見せてあげるよ内緒だよ」。

俺は女の子に6年生とも成れば興味がありマンコは知ってますがオシッコまで見たことは
ありませんから見たかったです。 「良いの見ても」。「良いよ内緒だよ」。

まさこは一段高くなる資材の上に上がり「見てて」「恥ずかしいな」。
まさこの股の目線は俺の目の位置でした、足を開き「出るよ」といい出しました。
初めて見ましたマンコの割れ目から勢いよくオシッコが出ました。

スゲーマンコの中も見えてるし毛が生えてるんだまさこ俺は未だだけど。

「オシッコ拭くものが無い」俺のハンカチ使っても良いよ。
「良いの本当にオシッコだよ良いの?」 良いよ。
まさこがマンコを俺のハンカチで拭いてる。
「ありがとう」「ハンカチが汚れたよ」。
「洗ってから返すよ」。   良いよ其の儘で。で貰いました。

まさこパンツと渡すと「まさし」「女の子のおマンコって見たことあるの?」。
無いよ見たことなんて。
「そうなんだ」「お兄ちゃんが言ってた男の子はマンコが好きだって」。
「お兄ちゃんから聞いたんだおマンコ見ながら男の子ってチンチンをシコシコするんだって
そうすると「気持ちいい」ってチンコの先から出るんだってさ」。「精液が」。

まさこには中2のお兄さんがいて色々エッチな事を教えているみたいでした。
俺もオナニーは友達から聞いて知ってはいましたが俺は未だでした。

まさこに「まさしもしてるのオナニーとか」「おマンコ見ながらしてみてよ」。
「足を広げて見せてあげるから」「いつもお兄ちゃんに見せろって言うから見せてる」。

俺は未だだよしてないから俺のチンコは勃起はしますがまだ包茎でした。
「大丈夫だよ此処ならチンコ見せてよ」。
いやだよチンコ見せるの。
「そうなんだじゃ嫌いになるからねおマンコだって見せたんだよ、マサシの事が好きだから」。

嫌いになられると困るのでパンツの中で勃起したチンコを見せました。
「なんだ硬く成ってるじゃん」「シコシコすれば出るんじゃない?」。
まさこがまたパンツを脱いで股を開きマンコを見せてました。

俺は見ながらシコシコしましたが皮が捲れるとチンコがヒリヒリして痛かったです。
だめだよチンコがいたいから止めるで止めました。

後に中1で皮が剥けても痛くなくなり2人でコッソリと別の公園に行き個室に2人で入り
マンコとチンコを見せ合い俺はまさこがマンコを指で広げてくれるのを見ながらシコシコ
して出してました。
アホな遊びをしてました。公園の便所で初体験しました。
3
2025/08/06 03:21:44 (g5YCeklr)
妹の彩とは同級生で2つほど上のお姉さんの麻美さんとは知り合いという仲です。
お隣りさんで親同士も昔からの知り合いでした。

姉妹2りとも可愛いですがメチャエッチな姉妹でした。
俺は密かに片思いをしてましたお姉ちゃんの方にです。

先に話しておきますがどうもお姉ちゃんが悪知恵をしていたみたいです。
妹の彩は俺の事が大好きでお姉さんの麻美さんも俺の事は可愛いとは思っていたみたいです。

その様な中で麻美さんが妹に悪い事がカリ教えたみたいでした。
好き「好きな男の子にはマンコを触らせたりオッパイを触らせてあげると喜ぶよ」とか変な事ばかり
教えたみたいでした。
その上にあんたがしないなら私が「けんと」を貰ちゃうよ良いの?と態と行ってたみたいで彩は焦って
いたみたいです。


小4の頃です彩の部屋に行くと小さな声で「私の事は好き?」と聞かれ好きだよと気軽く答えた事が大きな
間違いのようでした。
彩が「じゃ目を閉じて」と言われて俺は何かなとは思いましたが目を閉じて待ってました。
しばらくすると「良いよ目を開けてもと言われ目を開けると裸で彩が立ってました。

俺は焦って何をしてるんだよ裸でと背を向けて早く服を着ろよでした。
当然見ましたけどねオッパイもマンコもですが彩には見てないと言いました。

彩は「何で何でよ」「私けんとが好きだから見せたのに嫌いなんだね私の事が本当はお姉ちゃんの方が
好きなんだ」「けんとなんか大嫌い」「帰って」。

其れからは暫く会う事も口を聞く事もありませんでした。
5年生に成り麻美さんは1年生に成り増々綺麗になっていて俺も好きが募りました。

そんななか麻美さんに「部屋に来ない」「偶には良いでしょ」「大丈夫だよ妹いないよ友達の所」。
と言う事で部屋に行きました「おじゃましま~す」。
「バカね何をいまさらかしこまってるの散々普通にいたくせに」。
だって麻美さんが1年生って言うか6年生の頃から部屋には入ってないし最近は麻美とも口も聞いて無いし。
別に喧嘩した訳じゃないけど・・・・・・・。


「知ってるよ」「妹からは聞いたから」「気にしなくても良いと思うけどね」。
「じゃ私もハッキリ言うねけんとの事は前から気にはしてるよでも私の方が2つも上だからそれに妹があんたの
事が好きって言う事も知ってるから」。
「だからここではっきりさせないとね私もけんとが好きだよ幼馴染とかもあるけど男の事して好きだよ」。
「今返事してとか言わないからよく考えて見て其れからでも良いよ」。
「私だって本当は裸で誘惑しても良いけれどダメだよね当然」「だから聞きたい返事をね」。

麻美さん本気なんですか俺も前から大好きです、彩の事も好きだけれど彩は何て言うか友達って言う感じ
だからそれ以上でもそれ以下でもないから。

「ありがとう」「分ったから」「彩には悪い事をしたかな?」。
其の時に姉の悪知恵だと知りました。俺は聞かなかったことにしました。

麻美さんが「じゃ私と付き合って」「でもまだけんとは5年生だから中学生に成るまで待ってるね」。
「でもどうなの4年生なら女の子裸には興味あるんでしょ本当の事いって」。

・・・・・・・あります女の子の裸は見たいって・・・・・。

「そうか」「あるよね当たり前だよね」「素直に答えて私の裸とか見たい?」。
もちろん見たいです好きな人の裸は見たいです。でも悪いから・・・・。

「いいよ見せてあげても」「でも誰にも内緒だからね特に妹には絶対にだからね」。
といいながら目の前で本当に制服を脱ぎブラウスも脱ぎキャミソールもブラをとりパンツを脱ぎ裸に
成ってました。

中1の女の子の裸です毛も生えてました、オッパイも膨らんでました。
(俺はやばいどうしょうチンコが起った) 即バレました。

「あっ」「けんと今チンチン起ってるよねエッチ」「でも良かった裸見せて」。
「じゃ此処までね」「本当に2人だけの秘密だからね」。

その先は2人で話し合ったそうです。「妹も引く気はない絶対に私を好きにさせてみせる」。
姉も絶対に取られる気は無いでした。

結果1年生の頃には妹にも別に好きな男の子がいて俺と彩は付き合ってました。
彩には何度か「エッチしよ」とは言われましたが俺はもう少しで彩が高校生に成った時の夏休みに2人で
遊びに行った帰りに俺の部屋でエッチしました。
お互いに初めてでしたが意外と上手く出来ました、彩もさほど痛くはないと言ってました。

今ですか付き合ってますよそろそろ結婚かなとは思ってます。
4

納屋の中

投稿者:妙子 ◆y18./xakWM
削除依頼
2025/08/03 17:24:42 (adWQP0vq)
実家は農家です。
里帰りする度に納屋を見ては、子供の頃のエッチな遊びを思い出します。
2階建てで母屋と同じくらい大きいです。
私が小5の時今から40年前の事ですが。
同学年で一番家が近い友達だったのがM君という男の子。
小2までは一緒にお風呂に入ったりお泊りもしてました。
男と女ですから、当然互いの身体には興味があってお風呂に入ったときは男女で違うところを見たり触ったりは自然の流れ、当たり前のようにしていたものです。
学年が上がり一緒にお風呂とか寝泊まりすることもなくなって一時期は遊ばなくなったのですが、小5になってM君と同じ組になったことで再び遊ぶようになります。
2人の遊びは小さい頃のあの遊び。
その遊びをする場所として納屋の部屋を使っていました。
納屋には納戸と呼ばれる部屋が3部屋あり、一番奥の部屋は使わない物を仕舞い込んだがらくた部屋になっていました。
M君と遊ばなくなった頃覚えたアソコ弄り。
振り返ればM君に触ってもらった時の気持ちよかったことたことを思い出してアソコを弄るのが癖になってた。
自分で得られる快感に夢中になって四六時中弄ってた。
母親に見つかって叱られたことで、母親に見つからない居場所を求めてこの部屋を見つけました。
がらくた部屋といっても物が乱雑に置かれているのではなく、綺麗に片付けられて遊べる分の空間は十分すぎるくらい。
このがらくた部屋にM君と忍び込んで遊んでいました。
遊ぼうって誘ったのは私。
初めて部屋に案内したとき最初に階段を上がりました。
「妙ちゃんのパンツ丸見え」
「エッチ見たらだめ」
M君が見るの解ってて私が先に上がったんだけど、いざ口にされるとやっぱり恥ずかしかった。
だけとその恥ずかしさが興奮材料になっていたのは事実です。
部屋に入るとソワソワしてちょっぴり緊張してた。
「M君も脱いでよ」
パンツだけを脱ぐのはとても恥ずかしかったけれどスカートの中に手を入れてプールの時の要領でパンツを脱ぎました。
私が脱ぐのを見てM君も後ろを向いてショートパンツとパンツを同時に脱いでた。
脱いだM君前を隠して振り向き、私にスカート脱がないのは不公平だよと言いました。
それで私も前を隠すのも不公平だよって言い返しいっせーので隠すのをやめることになりました。
M君のオチンチンが前とは違ってたことに驚きました。
何故なら前見た時とは全く違って長くなったオチンチンが上を向いていたのです。
「え、なにこれ」
M君照れくさそうに笑ってた。
好奇心が勝って触らせてもらうことに。
随分過去のことなので感触は忘れました。
僕のを触ったから妙ちゃんのアソコ触らせて。
M君の前に立つとスカートの中を覗いて手を入れてきました。
指が割れ目に届きそのまま中に入ってきました。
私がいつも触って気持ちよくなる場所を何も知らないM君が触っています。
気持ちいいことがバレたらどうしよう。
そう思うと余計に意識してしまい、指先を曲げて踏ん張って立っているのが精一杯でした。
気持ちとは裏腹にだんだん気持ちよくなって立っていられるのは限界でした。
M君の肩に手をついてううっと呻き声をあげてしまったのです。
どうしたの?遠くでM君の声が聞こえる。
恥ずかしかった。
「なんでもない」
精一杯の強がり。
薄暗くなるまで続けてた。
次の日も、その次の日も飽きること無くお互いのアソコを見て触っての遊び。
私が畳に寝てアソコをM君が触るのだけど、触られるのが気持ちよくて、走ったあとみたいに息がハアハアするようになってた。
そのハアハアする呼吸に何故かM君は興奮すると言ってた。
ある晩、布団の中で自分で触っていた時のことです。
特に変わったこともなくいつもと同じ触り方だったはすなのにアソコがヌルッて濡れたことがあった。
オシッコとは違うヌルヌルした液体に病気かもと戸惑った私。
翌日にM君に触られている時にもヌルヌルの液体が出てM君も驚いてた。
ヌルヌルが出るのは決まってアソコを弄って気持ちよくなってる時とか、頭の中でエッチな空想してアソコがウズウズする時だけ。
最初はそれが気持ち悪くて嫌だった。
けれど触っているとそれが指についてしまうから。
仕方なく付いたままで触っていたら滑りが良くて凄く気持ちよくなるのを知り、それ以来指に付いても気にならなくなった。
指が臭くなるのは嫌だけど逆にそれがエッチなことしてるんだなって思う。
M君に臭いを知られるのは恥ずかしいけど。
疑似セックスをしたのもこの頃で、ただ単にオチンチンとアソコを合わせるだけの幼稚なものだったけど、M君が腰を動かしてアソコを擦られるだけだったけどそれが気持ちよかった。
M君も気持ちいいって言ってました。
疑似セックスから本物のセックスをしてみたいということになりまして、
オチンチンを実際に入れてみることに。
入れる場所を手探りで探してオチンチンを入れてきました。
入った時はなんか変な違和感と強い痛みがあったけど、我慢していました。
M君も何か硬いものがあってオチンチンが入っていかなくて焦ったと終わってから言ってた。
私も痛いだけで気持ちよくなかったし、何より出血にびっくり。
畳と足に付いた血を拭いて、落ち着いた頃からアソコに何か挟まった感じがして気持ち悪かった。
セックスで感じるようになったのは高校生になってから。
何度かM君とセックスはしてたけど、というかセックスの相手はM君だけ。
そのM君も2児の父親です。
5

施設での暮らし

投稿者:愛子 ◆gkxEQ8vQ62
削除依頼
2025/07/26 11:19:32 (5hxC67F0)
小学校6年生の時の話ですから40年ほど前になります。
家庭の事情で3年生の時から小学校卒業まで施設にいました。
施設には同学年の女子が4人いていつも行動を共にしていました。
中でもS子はムッツリタイプの子で4人の中ではエッチなことをよく知っている子。
5年生にもなるとエッチなことにも興味津々で、年下の男子にパンツを見せてその反応をみてはからかうことが好きな私達だったけど、S子はあまり乗り気じゃなく、見てる方が多かった。
誰にも言わないけれどモヤッとエッチな気分になって一人になった時、それを思い出して弄ることが好きでした。
多分他の子も私と同じことやってたと思います。
時にはパンツ脱いで部屋に籠もり、4人でアソコを見せあったり触ることもしてました。
S子に触られるのが一番気持ちいいのはみんなが認めていました。
S子がいない時はよくS子のことが話題になることも。
皆んな同じ事思ってた。S子はムッツリだってこと。
それから私もS子が気になり始め、仕草とか観察するようになりました。
特に皆んなで集まってエッチな話が盛り上がってくると、S子は必ずと言っていいほど女の子座りを崩した姿勢で踵をアソコに押し当ててた。
その時のS子の顔は紅くて焦点の定まらない目をしてた。
それが凄くエッチぽくて今まで誰も気付かなかったのが不思議でした。
みんなでS子の真似してみようってことになり、下ネタで盛り上がれそうな話を。
黙って話を聞くだけで会話には入ってこないいつものS子。
男子のオチンチンの話になると、姿勢があの姿勢に変わりました。
目配せで知らせ合い、踵をアソコに当てると、
最初は何も変わらなかったけど、何か感じが違うよう。
S子に触られた時の感覚によく似た感じ。
それよりももっと強いやつがアソコに芽生えてた。
アソコが気持ちいいことに夢中になって話数が少なくなっていることに誰も気づいてなかった。
S子がはあっと小さな声をあげてプルプル震えてるの見て我に返りました。
S子がトイレに行き抜けると、踵のことで盛り上がりました。
で、結局S子はムッツリだってことが確定。
S子が戻ってくるとエッチなことについて質問攻め。
最初は知らないとか言ってたけど、あとからあとから私達が知らない知識が山ほどでてきて唖然とした。
ムッツリの汚名返上で主役になったS子。
極めつけはS子自身が自分のアソコを見せての性教育。
陰核とか膣とか聞いたことない難しい名前をスラスラ言うの。
気持ちいいところが陰核と知ったのはS子に教えてもらったから。
次の日から仲間内で陰核が疼くとか言って盛り上がってた。
他にもいろいろ教えてもらった。
例えばアソコが気持ちよくなる方法。
私は枕挟んで体を揺するのがお気に入りになった。
これもS子の実演で。
枕の代わりに手を使ったやり方も教えてもらったし、他にもいろいろなやり方も。
それを知ってるS子って。
6年生の時枕挟んで擦ってたら初めて濡れてびっくりしました。
前にS子の言ってた濡れるっていうやつ。
聞いてたけどそこまで詳しくなかったから水分系と思ってた。
糸を引く粘液見た時はやっぱり焦りましたね。
部屋に一人でいる時は宿題する最中でも何をしてても四六時中弄ってた。
中学生になるとある程度やり方が定着してたのと親と一緒に住んでたから施設にいたこの頃が一番エッチなことに興味持ってたなって思います。
6
2025/07/14 23:45:23 (Nc6Yj/IR)
姉妹や親戚でもない女の子と一緒にお風呂に入ったことがある、なんていうとうらやましがる人もいるかもしれない。
でも実際にはそんな
7
2025/07/13 10:27:14 (o1UnVdPr)
夏、おばあちゃんちで親戚のオジサンにされたマッサージがサイコーに気持ちよくて狂いかけました。(笑)

スッゴい広い平屋に一部屋だけ物置代わりに増築した二階の部屋で、夜にしてもらうんです。
そのためにしっかり昼寝してましたからね。
いかに気持ち良かったか。

オジサンといってもあの当時はまだ二十代だったと思う。
入れ替わり立ち替わりくる子供の面倒を一番見させられる役割の人だった。

私がそれをするきっかけは最初は別の従姉にしているのに気づいて、私もって頼んだのだ。
それだけ気を許していた相手だった。

オジサンがどこからか仕入れたローションをうつ伏せになって塗られていく。
最初は水着を着ていた。
なぜだか水着の上からも塗られるから
仰向けになって乳首やあそこも触られる。
脇の下を塗られるとくすぐったくて身をよじったが、だんだんと快楽的な気持ち良さが勝ってくる。

おばあちゃんは早寝だし二階にはまず来ない。

ゆっくりじっくり楽しめた。

されていくうちに着ている水着が邪魔でもどかしくなると、それを見透かすように脱がされる。
ダイレクトに恥ずかしい部分を触られていくと、もう完全に没頭しちゃうほどいい。

その時のオジサンは決まってスパッツだけ履いている。
途中からは股間が膨張してるのが丸分かりで、頃合いを見てポジションを入れ替える。
今度は私がするのだ。

自分がされたことを繰り返すだけだからすぐにできた。

オジサンが横になる時はスパッツを脱いでパンツだけになるのだが、決まってTバックだった。
それもエロかった。

パンツの上から撫で回してから脱がして直にさわる。
すぐに手でいかせられるようになった。
最初はミルクが出るって言われてビックリした。

男をいかせられる事を褒められるから気分良かったし、昼間外に出掛けてまでするようになった。

外ではローションは使わずオジサンに唾液まみれにされるのだが、それもメチャクチャ気持ち良かった。
オシッコするとこまで舐めてくれるから、自分がオチンチン舐めるのも抵抗はあまりなかった。
口に出されたミルクも言われるままに飲み干した。

私以外の子供が来るとわかると残念だった。

お姉ちゃんとは去年からしてると言っていた。
たまに会いに言ってるとも。

私ももちろんそれを望んだ。

私はローションよりザーメンを塗られることの方が好きだった。

日曜日に会うときは三回四回とぶちまけられた。
私がザーメン好きなのを凄い喜んでたから、小まめにも会ってくれた。

ザーメンを体にかける快感を味あわせてあげると、オシッコをかけさせられた。
確かに言い様のない気分にゾクゾクした。

私はフル勃起したオチンチンにオシッコかけるのがやみつきになった。

オジサンとしかしたことないけどね。








8
2025/07/10 13:42:50 (IDjefR81)
姉はガリガリ君を食べながらパイプ椅子に座る先生に背中を預けて、グラグラ体を揺らしお喋りをしていた。
一見先生とまだ幼い生徒のスキンシップっぽいけど、姉は11歳でめちゃめちゃませてる女の子だった。
私は安定感を取るために体を揺らさざるえないんですよってポーズがわざとらしかった。
無邪気さを装いながらも狙ってやってるのは女の子ならみんなわかるはずだ。
たまに足を浮かせてバランスを崩しては後ろから抱きかかえてもらってはしゃいでいる。

皆が退散した更衣室がある建物のロビーの一角で、私は先に帰るふりをして隠れていた。

いつもこの先生が監視員の日は姉は最後まで残るのだ。

夏休みなんてすぐに退屈になって飽きる。
私達は学校の敷地内にはないが、夏は自由に開放される学校のプールによく行っていた。

先生といっても学校の先生ではなく、水泳教室が行われた時にコーチしてくれたから先生と呼ぶようになっていた。
私も習ったから。
といっても10人にも満たない教室だったけど。


いつの間にか姉は体を反転させ、抱きあうような格好でお喋りしている。
自分が食べてるアイスを食べさせてあげたり、イチャイチャ感は半端ない。
姉は落ちそうと言っては片手を背中に回し体を密着させる。
あざといったらなかった。
二人はまだ水着のままだから、余計エロい光景だった。

あの先生も満更でもないのか全くたしなめる様子はなかった。


姉が母方の郷里に帰省するため留守にした時に、私は先生に言った。

姉といつもなにをしてるの?(笑)


それをきっかけに私は少し早いけど性に夢中になった。
手マン、クンニ、肉棒スリスリ…
パートナーがいるとこんな事をしてもらえるのかと目から鱗が落ちる思いだった。
すっかり華奢な体に快楽を植えつけられて、もうどんな遊びも霞んでしまうほどだった。

姉にはもちろん誰にも秘密にすることが繰り返し会う条件だった。

当然守りました。


私は先生の部屋にせっせと通ってはおねだりするようないやらしい子になっていた。

もちろん、私もできる奉仕はなんでもした。
考えてみると、9才でフェラチオしまくってたんだからスゴいかも。
もちろんザーメンも飲んでましたし、1日たっぷり時間がある日は、全身ザーメン漬けにされてました。
されてましたじゃないか、望んでしてもらってました。
姉よりエッチな女の子だって思われたかったから。

9
2025/06/16 00:01:24 (itPu6V93)
自分が小学生2年生の時、同じ団地で1歳年上の女の子の幼馴染み(A子)が居ました。最初はよくあるお医者さんゴッコをしていました。お医者さん役は毎回入れ替わっていましたがある日、お腹が痛いと患者役の自分が言ってお腹を出した時、ふざけて下半身を出して「ちんちんも痛い」と言ってみると、A子は俺のちんちんを触ってきました。その時の感触が気持ちよかったからか、その後数回はちんちんが痛い設定で、自分のを触って貰いました。するとA子は「自分だけズルいよ。私も診てよ」と言い初めて母親以外の女の子の下半身を見て衝撃を受けました。あの見た目(ツルツルで線の入った)が好きになり触ったりしたくなったので、以降は自分が医者役になり「胸も痛いんじゃない?」と言いながらA子を裸にしていました。するとA子は流石に恥ずかしいと言ってきたし隣の部屋には親が居たので、団地の屋上(出入り自由)でA子を裸にして隅々まで触ったり舐めたりとお医者さんゴッコという名のHな事をしてました。A子も恥ずかしいと言いながら満更でも無かった様で、ほぼ毎日A子を全裸にして楽しんでました。ただ、当時はセックスと言う物を知らなかった為、最終的には自分も裸になり69で触りあったり舐めあったりしてました。
それから数年後、A子に生理が来たタイミングでA子の方から、やっぱりこういう事は止めようと言ってきて、Hな事はやらなくなりました。
もう30年以上前の話です。
10
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