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2000/10/12 00:53:04
(SvmaTX1Y)
監禁暴行被害者の場合-2
病院からの第一報により、涼子を呼んで行われた事情徴集は、
彼女の心情を考慮して最初は婦警が行っていたが、事件の凶悪性が判るにつれて、
我々刑事課の方に回されてきて、その後の捜査や現場検証を、
K刑事と私が担当することになった。
何度かの事情徴集で、事件の全貌が判りかけてきたところで、
犯人の手がかりを見つけるため、2人で彼女の家を訪れた。
目的は、前科者の写真から該当者を見つけだすことと、
見つからない場合、モンタージュを作成することであった。
以前は写真を焼き増しして、それを持ち歩いたものだが、
パソコンの急激な普及で、それに画像データを入れるようになった。
特に、この頃出始めてきたNOTE型パソコンは、カバンにも入る大きさなので、
捜査に当たっては、貴重なツールとなってきていた。
ただ、まだ初期タイプなので、一般に出回っている物は、画面はまだ白黒だったが
、
写真の確認には、何としてもカラータイプが必要ということで、
メーカーから特注品を供給してもらっていた。
また、モンタージュにおいても、手書きで似顔絵を作るのではなく、
顔の各パーツをデータ化しておいて、それを組み合わて作るモンタージュ作成ソフ
トを、
NOTEパソコンにインストールしている。
そしてこのパソコンの操作は、主に私の役目になっていたため、
この事件においても、私が前面に出ることとなった。
「奥さん、もう犯人の顔など、思い出したくもないでしょうけど、
何とかこの写真の中から、見つけ出してもらえませんか?」
私は涼子の前にパソコンを置き、マウスの操作を教えて、
彼女自身が写真を選べるようにした。
しかし涼子の動作は遅々として、なかなか進まず、
もう一つ捜査に協力する姿勢が感じられない。
「写真の中に見覚えがないなら、犯人の特徴を教えて下さい。
婦警が執らせてもらった調書では、最初の誘拐時の犯人と、
2回目の犯人は同じだということですよね。
そして2回目の時には、人数が増えていたと?」
涼子はゆっくり頷いた。
「2回も顔を見ているなら、何らかの特徴くらい覚えていませんか?
どんなことでもいいんですよ。丸顔とか、吊り目とか、
鼻の穴が大きいとか、さんまみたいな出っ歯とか・・・」
私の言い方が面白かったのか、彼女に少し笑みがさした。
「あの・・・、こんなことをして、犯人が見つかっても、
主人に知られることはないのでしょうか?」
やはり涼子の心配は、旦那に事件が知られることだった。
それで捜査にも否定的な態度を採っていたのである。
「御主人に知られると、やはりまずいのですか?
でも浮気したわけじゃあるまいし、貴女自身被害者ですから、
御主人にも知ってもらうほうが・・・・」
彼女は私の言葉が終わらぬ内に、激しく首を横に振った。
「あの人は、とてもいい人です。でもこういうことになると・・・。
以前見たテレビで、乱暴されて妊娠した女性を非難していました。
『女の方に隙があるから、そうなるんだ』そんな言い方でした。」
涼子はとても悲しそうな目をで、私を見つめていた。
「そして、こんなことも言っていました。
『例え強姦でも、好きでもない男を受け入れるなんて、淫乱な女のやることだ』
そんな考えの人なんです。」
いい知れない思いからか、彼女の目には涙が浮かんでいた。
「判りました。心配しなくても、我々には守秘義務と言って、
事件関係者のプライバシーを守る義務があります。
たとえ御主人でも、貴女の同意がない限り、知られることはありません。
あの病院の女医さんにも、このことは念を押していますし、
警察内部でも、詳細を知っている人間は、極一部に限られています。」
私の説得で、ようやく納得したのか、少しづつ協力する姿勢を見せ、
やっとモンタージュの作成に成功した。
「このモンタージュ写真は、主要な警察署に配布されますが、
心配しなくても貴女のことは表には出ません。
先程言ったように、警察の中でも少数の者が知っているだけです。
貴女のプライバシーは我々が守ります。」
この言葉で安心したのか、涼子は胸を撫で下ろしていた。
しかし、極少数に限られる警察内部の人間の中に、悪魔が紛れ込み、
彼女のプライバシーを守ると称して、更なる地獄に叩き落とすことになるとは、
涼子はおろか、私すらも全く気付かなかったのである。
-つづく-