大阪万博のあった時代ですから相当昔です。小学四年の九歳か十歳の時でした。母に連れられて、ある漁業の街に里帰りしました。肉親の家を何軒かご機嫌伺いにまわり、母の実弟が一人で借りている家にも立ち寄りました。弟は二十五歳のお兄さんで私はそのとき初めて会ったのでした。自分の姉に久しぶりにあっても碌に話もしない人で、母と、同行していた私の祖母とで「まったく、ΟΟちゃんは無口もすぎるんだから」と苦笑していました。私はといえば、この時、お兄さんの赤銅色で筋金の浮き出た腕に魅せられ、母の背後からじっと見入っていました。そして、つい、その腕を触ってしまいました。なぜ突然そんな気になったのか、どちらかと言うと人見知りする性格だったのに、どこからそんな勇気が出たのかわかりません。お兄さんは「アレッ」という顔をしましたが、すぐに力瘤を出すように腕を曲げました。私はなんと、その腕を両手で掴んでぶら下がったのです。お兄さんは軽々と私をつり下げました。母は笑いながら、「マユミはまぁ、これ、およしなさい」と言いましたが、私は、「お兄さん、強い~~」とハシャぎ声をあげました。お兄さんもなんだかうれしそうにみえました。そんなとき祖母が「そうだ、マユミを見ていて、これからお父さんの工場に行くから」と言いました。祖父の勤めていた工場は子供はもちろん入れません。母も祖母について一緒に行ってしまいました。こうして私はお兄さんと留守番することになったのです。