私は幼稚園児の頃、友達と良く色々な職業の真似事をして遊んでいました。
その日は近所の友達と「お医者さんごっこ」と称して、注射や浣腸の真似事や
意味も分からずアナルに細い物を入れたりしていた所を
母親に見つかって酷く叱られお尻を叩かれた事を鮮明に覚えて居ります。
私の母親は昔の教育ママで、宿題をしないと部屋に外から鍵を掛けられ
出来るまではトイレにも行かせて貰えず、ゴミ箱にビニール袋を被せた簡易トイレに用を足していました。
また、何かにつけては正座で手足を縛られて反省させられて居ました。
当時自営業を営んでいた実家には紐が必需品で布の端切れを編んだ様な自作の紐が沢山ありました。
私は小学生になっても寝小便が止まず、朝起きるとよくオシッコで布団を濡らしていました。
昔は毎日畳んで押し入れに片付ける布団でしたので、いくら隠しても必ず母親に見つかってしまいます。
私は良くオネショをしていたので、シーツの下にはいつもビニールシートが敷かれていましたが、
学校が休みの日は濡れたシーツのまま簀巻きにされ縛られて反省させられていました。
小学3~4年生にもなると私も言うことを聞かないとの事で、
「寝小便にはお灸が効く」と言われモグサが無い時は代わりにタバコの火を
直接乗せられた事も有りました。
お灸は嫌だと言うと父親に報告され、終業後の誰も居なくなった倉庫へ連れて行かれ
母親に倉庫の柱へ縛られていました。食事抜きでトイレにも行けず垂れ流しでした。
口にはタオルを噛まされて縛られ声を出す事も出来ず、
夕食を作ってる匂いや家族がTVを見ながら食事をしている音だけが聞こえ、
みんなが順番にお風呂に入っている音や匂いまで感じます。
皆が寝静まった後も、真っ暗な倉庫の柱に縛られ深夜まで反省させられていました。
夏休みのある日、下半身が生暖かくなるのを感じ、「あ!またやってしまった。」と思いながらも、
人の気配に気付き寝たふりをしていると母が肌布団を掛けて黙って寝室から出て行きました。
その時は「助かった。」と思いながらも、夜のお仕置きは覚悟しました。
以降も寝小便癖は止みませんでしたが、親戚や母の実家に外泊すると
不思議と寝小便はしませんでした。
そしてついに寝小便の謎が解けました。
その朝は尿意を覚え起きようと思った時に気配を感じ薄目を開けると、そこには母の姿がありました。
徐に母が私の上に仁王立ちになりショーツをずらし茂みを露わにすると、私の下半身の方へしゃがみ込みました。
しばらくすると生暖かい感覚に覆われると共に母親は掛布団をそっと掛け出て行きました。
私は衝撃と興奮で起きる事も出来ず、自らも布団の中でお漏らしをしてしまいました。
それからは我慢が出来なくなるまで布団で過ごし、母親の放尿を待つ自分が居ました。
私も遅くまで寝小便をしていたと思いますが、休日前の寝小便の殆どが母親の仕業だった様に思います。
小6の頃に父母が離婚し母親が家を出て以降寝小便は無くなりました。
最初は執拗に起きない私を起こそうとしての事か、母親の性癖なのか分かりませんが、
私はこの頃に女性器への興味と共に、母親に尿を掛けられる事や
お仕置きでの拘束という、Mとして性癖が養われたのだと思います。