性的虐待体験
1:昔のショーに出されたこと
投稿者:
60代の女
よく読まれている体験談
60代の女様。
再スレッド、拝読させて頂きました。
仰られる通りだと思います。
やはり、心の繋がりと身体の繋がりが、バランス良く保たれて始めて最高の快楽が得られると、ご経験を踏まえた上での内容に、非常に納得致しました。
当方はこのサイトを利用している理由は、色んな女性と巡り会いたいとの願望から利用しております。
ただ 当方も今年56です。単にセックスだけを求めているのかも知れないのですが、お互いの立場、ペースを尊重しあいながら、長くお付き合い出来る方を求めて彷徨ってるのが、本年だと思います。
自分の中では、人生は一度しかなく、人の営みの中でセックスが占める比率が非常に高いと思っております。
60代の女様の幼少期から青春時代のご経験を、赤裸々に語られたこのスレッドに巡り会えた事で、衝撃や感動、世の中の理不尽の極みを知ることが出来ました。ネットの中ではありますが、60代の女様と繋がれた事に感謝しております。
これからも、思い出される範囲で結構ですので、新たなスレッドを
楽しみにしております。
又 お子さんをご出産された後の性生活も、自分の参考にもしたいので、お教え頂ければ幸いです。
宜しくお願い致します。
性が人生の中で大きな位置を占めているとのお考えは分かる気がします。
仕事や普段の生活の事のように表に出すことは出来ませんが、性が原因で時には表の生活にも支障がでるのも確かです。
私がショーで純潔を奪われた事で学校で孤独を感じた事も、無理な貸し出しをされたことで鬱病になった女の人のこともその現れではないかと思います。
反対に結婚して主婦と言う安定した地位をいただき、主人から可愛がってもらうことで、性的な快感と心の幸せを感じた時には、友人知人から「目に見えてきれいになった」と誉められたこともあります。
主人からも「お前のあの時の声を聞くと次の日にやる気がでる」「仕事できつくても、夜はお前とやれると思うと頑張れる」と恥ずかしいですけど、うれしい言葉をもらったこともありました。
子供を妊娠したら、主人との交わりも自ずと制限がありましたが、互いの思いやりで上手く切り抜ける事ができました。
中に入れるのが危険な時期には、主人の発案で自慰を見せたり、手や口で主人を慰める事で主人も満足してくれました。
子供が誕生してくれて、母となる女として最高の喜びをもらいましたが、世間様並みに子供を優先した夜の生活を送りました。
その分、子供が修学旅行等で不在の時には、毎日の子供第一から離れて、私を徹底的に可愛がってくれたものです。
子供が成長して家を離れてからは、改めて新婚の時の様に、色々な性の試みをしてくれました。
体力的に若い時より弱った分を、道具や場所などを変えることで補って、私を十分に満足させてくれました。
恥ずかしい話ですが、主人から混浴温泉に連れて行かれたときは、朝家を出る時から興奮が高まり、脱衣場で下着を脱ぐのが恥ずかしすぎる状態になってしまっていて、それを知った主人もすごい喜びよう。
温泉で盛りを過ぎた身体を他人様に晒した時は、主人には話せなかったショーの事を思い出してしまいましたが、悪い方ではなく思い出す事でかえって興奮が高まった次第でした。
何人もの男の人から裸体を見られ、中には露骨にいやらしい視線を向ける人もいましたし、女の人の中にも私の身体を凝視する人もいました。
主人は「みんなお前を見てる」「羨ましがってるんだ」と私の心をますます燃え上がらせるような話を耳元で囁いてくれました。
温泉から上がり身体を拭くときには、下の方からぬるぬるしたお汁がタオルを汚してしまうほどでした。
すみません、調子に乗って自慢話を書いてしまったようです。
次はもっと冷静に書きますので御容赦下さい。
60代の女様。
突然のリクエストにも関わらず、ご丁寧なご報告ありがとうございます。絵に描いたような理想の夫婦のあり方で、本当に羨ましい限りです。
当方も既婚ではありますが、20年レスの状態が続いております。
60代の女様が、性に対して昔の事を引きずる事なく、性への嫌悪感を持たれなかった事と、やはりご主人への信頼感から来る、心身の繋がりが充実されていた事が、はっきりと伺えました。
最近ふと考える事が、政治家が人生100年時代なんて言ってる人がいてますが、この先医学の進歩より加速すれば、あり得るのではと思ってしまいます。
そうなって来ると、未だ40年以上ある訳で、リセットが可能ではと思ってます。
60代の女様は、素晴らしいご主人と巡り遭われ、幸せを実感されておられますが、未だ未だ、人生はこれからです。
ご主人との思い出を大切にされながら、次のステージへチャレンジされては如何かと存じます。
ご主人との性生活の思い出も、もっと赤裸々な告白を期待しております。
宜しくお願い致します。
また性懲りもなく、昔の事を書かせていただきます。
電気を身体に通す電気責めは、普通の家庭で出来るものではありません。
ネットで良く見る電気責めも、高周波によるマッサージの機械の場合が殆どのようですね。
海外の画像で、コードの先に付けた洗濯ハサミの様なクリップを女の人の身体に2ヶ所挟み電気を通す昔クラブでされた電気責めらしい画像を見たことがあります。
私もクラブでされたことがあります。
中学校の理科で電気のボルトやアンペアとかを習ったばかりでした。
クラブでも電気責めは初めてで、そのための機械もショーの前に見せられました。
機械を扱う専門の人が来ていて、「ビリッと痛みはあるけど絶対に死んだりしないから」と言われましたが、どの程度の痛みか見当が付かない点は恐かったです。
磔台に縛られて、クリップは右の乳首と右足の親指に付けられました。
磔台の下に雑巾がいっぱい敷かれました。
司会の女の人が始まる前に小さな声で「お漏らしするそうだけど、気にしなくて良いから
」と耳打ちしました。
失禁するくらい痛いんだ。
恐い!
と思った途端に乳首にバチッという痛みを感じました。
我慢する暇もなく、ギャッて悲鳴を上げました。
観客から「両方の乳首に挟め」と声が出ましたが、ショーの司会の人が「左胸に挟むと電気が心臓を通って危険すぎるからしません」と説明をしてくれました。
しかし、続けて5回も電気を流され、言われた通りに失禁してしまいました。
あれが片方のクリップがお豆さんだったりしたら、心臓を電気が通らなくても苦痛で死んだかもしれません。
クラブのショーで電気責めを受けたのは、私と知り合いの奥さんの二人だけでした。
本当は私ではなくて、その奥さんの高校生の娘さんが受ける予定だったんです。
でもその日は娘さんは体調がすごく悪いようでした。
その娘さんは前に私が受けるはずの逆さ吊りを代わってくれた事がありました。
私は当時は生理不順で、その日に急に生理が来て激しい生理痛でした。
その時にその娘さんが、とても逆さ吊りは耐えられないだろうから私が代わるって代わってくれたんです。
そのお返しのつもりでした。
いやらしく残酷なショーに出される女の人達にも、お互いを思いやる気持ちはありました。
次に主人からお尻を求められた時の事を書かせてもらいます。
結婚して1年経ったころです。
主人から毎晩のように求められ、その都度私の恥ずかしい反応を喜んでもらい、「お前の身体は研究すればするほど面白い」「お前の何もかも全部を知り尽くしたい」と女として本当にうれしい言葉を聞かせてもらいました。
もう肌寒くなった頃でしたが、主人が仕事から帰ると私を座らせて、その前に鞄からガラスの浣腸器とビンに入ったグリセリンを並べました。
何度も書きましたとおり、主人には教えていませんが、私はクラブのショーで浣腸やお尻を責められる拷問は何度も受けています。
しかし急に主人から浣腸器を見せられて、ドギマギしました。
「これは…?」と声に出して主人に聞くと、主人は私が浣腸などについて何も知らないと思ったのでしょう、浣腸について説明を始めました。
そして最後に私に「お前の腸まで全部征服したいんだ」って言ってくれたんです。
私は頭がボーッとしてしまって「お尻も腸も貴方にさしだすんですね」と答えたみたいです。
主人が「どうだ?」と重ねて尋ねた時、私は「差し出します。好きにしてください」と言いながら着ていた物を全部脱ぎ棄てました。両手で女の子と胸を隠して主人の前に立ちましたが、右手で隠してる女の子からは熱いお汁が流れ出てるのが分かりました。
寒さも全然気にならず、直ぐに主人から初めての浣腸を受けました。
ショーではあんなに嫌で恥ずかしかった浣腸が、主人からされるとなると、信じられないくらい甘美なものになりました。
流石に「排便だけは見ないでください!」って泣いてお願いしましたが、幸い主人には便を見たりする趣味はなく、浣腸を私にする行為、浣腸された私が便意で悶えるのを見る行為、便所で排便を済ませてぐったりなった私を見る行為、そして最後に私のお尻をチンポで征服する行為が好きでした。
中学生の時に私の心と身体に無理矢理蒔かれた変態の種が、主人から世話をされることで開花したんだとおもっています
とんでもないです。
女性であれば、殆どの女性が通る道だと思いますが、一度しかない経験ですので、鮮烈に覚えておられると思います。
ましてや、60代の女様の経験は、世の殆どの女性が経験しないであろう状況の中でのご経験ですから、尚更だと思います。
そんなご経験を、詳細に書き記して頂いた事に、全く不快な思いを抱く事は有りませんでした。
男には理解が及ばない世界ですので、60代の女様が、今回投稿して頂いた生々しい内容に、感動と共にその時の思いに少なからず馳せる事が出来ました。
本当、ありがとうございます。
ここで、ご提案があるのですが、ナンネのメールで、個人的なやり取りをさせて頂けないでしょうか?
理由ですが、今 やり取りさせて頂いている投稿は、万人に晒されている状況です。
当方も、もっと個人レベルでの情報交換をさせて頂けないかと、切に願っている次第です。
あくまでも、メールだけでのやり取りで結構ですので、ご理解頂ければ幸いです。
ご検討の程 宜しくお願い申し上げます。
大変申し訳ありませんが、今は特定の方との個人的な連絡をとる勇気はありません。
書き込みをここにしたのも、画像の振り付けが出来ないので画像の要求をされないことと、私個人が特定の方とのお付き合いをしなければならなくなる可能性が低いからでした。
私の書き込みが不快な方もいると思いますので、その点は自粛いたします。
すみません。
残念ですが、仕方ないですね。
では、これからもこのスレッドで、60代の女様の思いを楽しみにしたいと思います。
引き続きの投稿、楽しみにしております。
少し内容を変えて服飾の事など書いてみようかと思います。
私がショーに出されてる頃は、女の人の下着は、ズロースかパンティ、ブラジャー、スリップ、スリーマーなどでした。
男の人には分かりにくいと思いますし、女の人同士でも同じパンツをズロースと呼んだりパンティと呼んだりショーツと呼んだりすることがあります。
私は普通はゆったりとして股上がお臍まである形のものをズロース、身体にピッタリとした形のものをパンティと呼んでいました。
今はショーツと言う言い方をする人が多いようですね。
ショーツの中で股上が短いものをパンティと呼ぶようですが、私の頃は股上が短いものは特にビキニパンティと呼んでいました。
今はビキニは水着の呼び方になってます。
ズロースは男の人から見たら魅力に乏しいものでしょうが、女の人からすれば暖かく安心感がありました。
パンティを初めて穿いたのはショーの時ですが、お腹や下腹の形がはっきりと分かるパンティはちゃんと女の子の部分を隠してるはずなのに、透かしてみられてるような恥ずかしさを覚えました。
ビキニパンティになれば尚更です。
ビキニパンティを穿かされるために下の毛を剃られた女の人が「もう銭湯に入れない」と悲しんでいました。
今は下の毛を剃って整える事が普通のようですが、当時はそんな事をするのは身を売っている商売女だと見られていました。
私がショーに出されていたクラブは、商売女は居らず、皆普段は普通の家庭の女の人でしたから、剃られた人は困ったと思います。
下着ではありませんが学校の体育で着るブルマと言う物がありました。
今の学校では男の子も女の子も長めの短パンを穿いていますが、私の時は男の子が白の短パンなのに対して、女の子は黒のブルマでした。
ブルマも昔は「提灯ブルマ」と言っていましたが、ダブダブノ膨らんだものでした。
それが昭和40年代の頃にはパンティのような身体にぴったりとした下着と変わらないような物に代わりました。
私が1年だけ通った高校の体育で穿いたのがそれでした。
太股が全て剥き出しですし、お尻の形どころか下腹の土手の盛り上がりまではっきりと分かってしまい、女の子は本当に恥ずかしい思いをしました。
廃止された今でも男の人の中には人気があると聞いています。
私の子供も使いました。
大変恥ずかしい事ですが、主人の頼みに応じて子供のブルマを穿いたことがあります。
白の半袖の体育シャツも一緒に着ました。
大人である私の身体には窮屈で、しかも下着を着けずに着たものですから、乳首といい下腹の土手の形といいはっきりと浮きだし、しかも子供のものを性の楽しみの為に着せられていると言う背徳感に強い興奮を感じました。
昔ショーの時に、母と汚れた下着を交換して穿かされたのを思い出しました。
さらに私のいやらしいお汁で汚したブルマを顔に被せられて抱かれたんです。
終わった後に満足している主人から、今後もやりたい と言われて恥ずかしさと女の罪深さに泣きました。
しかし主人の意思に逆らうことは出来ず、その後も何度も子供のブルマ、ショーツを身に付けて主人に可愛がってもらったものです。今日は退屈お話で申し訳ありませんでした。失礼します。
こんにちは。
今回もスレッドも非常に興味深い内容で、唆られました。
ご主人が求められた、裸にブルマに体操服といったコスプレ?願望も、男であれば一度はやってみて欲しいと願うものだと思います。
又 下の毛を剃ってみたいとの願望も、何処か禁断の女の子の中でもに挿入するような背徳感に、興奮もします。
本当に様々なご経験をされておられ、ここに書かれる内容も迫力満点です。
これからも期待しておりますので、宜しくお願い申し上げます。
今日も下着の事を書かせていただきます。
子供が中学校の時だったと思います。
主人から「明日は一日これを穿いてくれ」と渡された下着が、小さな赤い三角の布とゴム紐だけで出来たバタフライでした。
それまでも夜の夫婦の営みの時に、そのような下着を着たことはありましたが、その時は「一日中」と言われたのです。
主人の前で穿くと下の毛がはみ出てしました。
「はみ出します。昼間は無理です」と拒否したら、「下の毛を剃ってやる」と言われました。
ショーの時に母とお互いを剃りあうことも経験していますが、結婚してからは下の毛の手入れはしていませんでした。
それを主人が剃ってくれると言うのです。
恥ずかしいって勿論思いました。
でも何よりも「主人には逆らえない」って気持ちが強く「お願いします」って返事をしました。
剃ってもらったのはお風呂です。
子供がまだ勉強のために起きてるのに、二人でお風呂に入って剃ってもらいました。
前だけでなく、赤ちゃんのオムツを替える時のように足を広げて持ち上げたり、四つん這いになったりして、お尻の方まで剃ってもらいました。
敏感な所に刃物を当てられるのは恐さもありますが、同時に「支配されてる」と言う気持ちが強く感じられ、剃られていくうちにいやらしいお汁が流れ出るのが感じられました。
主人も「お前、すごいな」「剃られるのが感じるのか?」と声を掛けてくれました。
下の毛を全部剃り落としてもらい、主人から促されて鏡の前に立つと、ショーの時の母に似た女の姿がありました。
その夜、主人から情熱的に抱いてもらい、そのあとは約束通りバタフライを一日穿きました。
勿論膝下までのスカートを穿いていて、見られる気遣いはないのですが、細い紐だけでなく、前の三角の布まで女の子の中心に食い込んできて、なんとも言えない恥ずかしい気持ちになりました。
朝、学校に行く前の子供から「お母さん、具合が悪いんじゃないの?」と聞かれた時は一気に顔が赤くなるのが分かりました。
その時はブラジャーは着けておらずブラウスの下から乳首が浮き出ていたし、子供にいやらしい姿を見透されたような気持ちでした。
昼間、買い物などのために外に出る時も「ああ、私はいやらしい…」と感じながらでした。
便所に入って見ると、いやらしいお汁が流れ出て、その匂いがはっきり匂いました。
家に帰って心の中で主人に詫びながら自慰をしました。
夜に主人が帰宅してすぐ子供に聞こえないように小さい声で「脱いでいいですか」と許しを乞いましたが、「寝るまで穿いときなさい」と言われました。
寝室でいやらしいお汁で汚れきったバタフライを主人に見られ、調べられるのは大変な恥ずかしさと共に、「ここまで貴方の為に恥ずかしさを堪えて頑張ったの」と言う私の気持ちを見てもらえると言う嬉しさ、興奮を味わえました。
主人も大変喜んでくれました。
脱がされたバタフライを裏返されて調べられ、匂いを嗅がれ、はては舌で舐めて「お前のチーズは美味しいよ」と言われました。
「お前も味わってごらん」とバタフライを私の口に入れてくれ、そのまま激しく抱いてくれました。
その後も私が旅行に行かねばならない時まで、下の毛は定期的に主人が剃ってくれていました。
バタフライも三枚も買ってくれて、時には私に穿かせて一緒に外出してくれ、家の外で触る等もしてもらっています。
女として、恥ずかしいけど幸せな思い出です。
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