「オオー寒い」鈴木は車を降りるなりそう叫んだ。
さゆりはコートを着ながら車を降りると、28年ぶりに見る奥能登の風景を
感慨深く眺めていた。
かって、さゆりは夫、光男と恋をして新婚旅行には車で能登半島を廻る
途中このランプの宿へ寄ったのだった。
貧しさゆえの旅行であったが、お互い愛し合って心行くまで肉体を求め
あった。
今は遠くなってしまった夫の存在が見知らぬ男との旅となった。
まだ4時なのにすっかり戸張が落ちて薄暗く海岸に打ち寄せる荒波が白く
映った。
「坂道危ないですよ」
鈴木の手が差し延ばされた。
「ありがとう」
さゆりは鈴木の手にすがった。
5分ばかり坂道を降りると宿の玄関に着いた。
昔とほとんど変わっていない、懐かしさがこみ上げてきた。
「御免ください」
戸を開けて呼ぶと奥から宿の主人が出てきた。
「山田さんですか・・」
「ハイ」
「どうぞ、よくきてくださいました」
主人はふたりを奥の二階に案内した。
ひっそりと静まり返る宿はどうやら私達だけなのか・・・・。
「お風呂は家族風呂もございます、食事は6時から用意してあります」
そう言って降りていった。
「淋しいところでしょう」
さゆりは鈴木に言った。
「そうですね、でもムードあっていいですね」
鈴木は外の海を見ながらそう言った。
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