第二章
カツン、カツン。
誰もいない通路に、陽子のヒールの音が響く。
いつもはスーツ姿で歩いていたその通路を、俊雄はリードを引かれ、四つん這いで進んでいた。
昼間は部下の報告を受け、指示を飛ばしていたフロアだ。
いまは素肌に冷たい床の感触を確かめながら、リードの先だけを追いかけている。
胸の奥では、恥ずかしさよりも高鳴りの方が大きかった。
「部長」の自分が、ここまで惨めな格好をしているという事実が、なぜか心地よくてたまらない。
陽子は、ときどき振り向きながら俊雄の頭の上から言葉を浴びせた。
「さっきまでここで報告受けてたのに、今はこんな格好でついて来てるなんて、笑えるわね」
俊雄は、昼間に報告書を出した部下たちの顔を次々と思い浮かべる。
「その子たち、部長のこんな姿見たら、なんて言うかしらね」
陽子の言葉は、一つ一つが俊雄の胸の奥まで突き刺さっていった。
陽子は総務部のデスクの間をゆっくりと歩いていく。
「今日の昼間、佐々木さんに指導してたわよね。」
新人の佐々木優のデスクの脇を通り過ぎながら陽子が振り向いた。
「佐々木さんのデスクの横でチンチンしてみて。」
俊雄は両膝を立て胸の前で両手を垂らし犬のチンチンポーズをとった。
俊雄にしてみれば新人のデスクの横で取らされるポーズは屈辱でしかない。
ただその屈辱が俊雄の興奮を高めることを陽子は知っていた。
「そのままにしてるのよ。」
陽子はスマホを取り出し俊雄に向けた。
カシャ、カシャ、、
静かなフロアにシャッター音だけが響き渡った。
「ああ、こんな姿を撮らないでください。」
口ではそう言いながらも、俊雄は姿勢を崩さない。
陽子が構えるスマホに、自然と身体の向きを合わせていた。
「ふふ。週明けに佐々木さんに、この写真見せてあげようかしら。
“あなたのデスクの横で、部長がこんなことしてたのよ”って」
「そ、そんな……」
陽子は、スマホ越しに見える俊雄の身体のわずかな変化を見逃さなかった。
(昔のまんまね。これから、もっともっと楽しませてもらうわよ)
陽子の中で、長年くすぶっていたものが、じわじわと湧き上がっていく。
俊雄は、胸の奥がきゅっと締めつけられるのを感じていた。
消してほしいはずの一枚なのに、陽子のスマホの中に“印”として残されていくことが、妙に心地よい緊張となっていた。
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