ためらうより先に、言葉が口をついて出る。
俊雄は一歩下がり、視線を落として靴ひもに手を伸ばした。
靴を脱ぐところから始めるのが、あの頃からの「順番」だった。
黒い革靴をそろえて端に寄せると、次は靴下に指をかける。
足元から少しずつ、会社員としての自分がはがされていく。
床に素足をつけた瞬間、二十年前の会議室の冷たい感触が、そのまま戻ってきた気がした。
「ちゃんと覚えてるのね」
陽子の声には、わずかに笑いが混じっていた。
責めているわけでも、褒めているわけでもない。
ただ、俊雄がいま何をしているのか、その意味ごと正しく理解している人間だけが持つ響きだった。
考えるより先に、身体が動いていた。
陽子の一言で、自分の選んだ順番が間違いではなかったと分かる。
その小さな安堵が、躊躇いを消して次の行動へと背中を押していった。
俊雄は、次にネクタイの結び目へと手を伸ばした。
一日中、部長としての顔を首元で締めつけていた布だ。
緩めて首から外し、椅子の背にかける。
陽子は、その一連の動きを黙って見ていた。
二十年前と同じ順番で、同じ手つきで服を外していく様子に、わずかに目を細める。
「部長になっても、そこは変わらないのね」
陽子の声には、あの頃の懐かしさが漂っていた。
俊雄の身体が先に覚えていた感覚が、少し遅れて頭の中にも蘇ってくる。
最後の一枚を足首から抜き取ると床にそっと置いた。
「すっかり思い出したみたいね」
陽子の前に立ちながら、俊雄はゆっくりと息を呑んだ。
足元はすでに素足で、身につけていたものは無造作に床に散らばっている。
「……はい。またお願いします」
自分でそう口にした瞬間、膝が自然と床を探し始める。
「分かったわ」
陽子の静かな声が落ちたところで、俊雄はそっと片膝をついた──。
(また始まるのね)
陽子の胸の中で、長年くすぶっていたものが静かに火を上げた。
俊雄は両膝を合わせると手のひらを床につける。
あの頃の感覚が全身を熱くする。
目線が陽子のヒールを捉えると静かに声を発した。
「陽子様、またあの頃の様にご調教をお願いします。」
俊雄の声は、緊張でかすかに震えていた。
目線をヒールから床に落とし、ゆっくりと額を下げる。
部長という肩書きも、年齢も、いまは関係ない。
陽子の前にいるのは、ただ従うことだけを知っている一人の男だった。
陽子もまた、懐かしい感覚が身体の奥を熱くしていくのを感じていた。
「ふふふ、いいわ。ちょっと待ってて」
「えっ、こ、このまま……」
俊雄の言葉を最後まで聞かないまま、陽子は踵を返して会議室を出ていった。
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