その3
「あー。最後にちょっといいか。4月から入った新卒の3名だが、その中で戸田はしばらく俺が預かる。
あいつは仕事は出来るが、根本的に設計を理解していない。今の状態では預けられる部署は無い。
したがって、あいつはしばらく俺のカバン持ちだ。俺の仕事に常に同行させて1から教え込まなきゃ使いモンにならない。
まあ、そういう訳だから、あいつはしばらくどこの部署にも所属をしない、俺の直属ってカタチになる。以上。
みんな仕事に戻ってくれ。お疲れさん。」
社内ミーティングが終わり、各自が自分のデスクに戻っていく中、辰巳今日子は未だ驚きを隠せずにいた。
ミーティングの締めに社長の安藤が4月から入社したばかりの新卒の子を自分の秘書にすると言い出したのだ。
いや。実際には秘書にするとは言ってない。
しかし、実際の業務は秘書がやる事を請け負う事になるはずだ。
少なくても、対外的には秘書かマネージャーと紹介する事になるだろう。
安藤は今まで、いくら多忙を極めようとも決してマネージャーや秘書をつけようとはしなかった。
あまりにも忙しすぎる時などは、ダブルブッキングをしてしまったり、ドタキャンや遅刻を連発する事も過去にはあった。
これは安藤がだらしないわけでもルーズな訳でもなく、あまりにも過密なスケジュールを自分に課してしまう事が原因である事は
誰が見ても明らかだった。
その度にスケジュール管理や社長の雑務をこなせるマネージャーをつけましょうと
皆が進言していたが、この案が通る事は一度も無かった。
「マネージャー?俺はタレントじゃねーぞ?そもそも俺のスケジュールを他人に管理されるなんて御免だね。
サボれねーじゃねーか。そんなもん雇うくらいなら結婚ってやつをした方がまだましだな。」
安藤はそう言うと皆の心配を他所に1人大笑いしてこの話しを終わらしてしまうのだ。
「ねえねえ、今日子。さっきのどう思う?」
自分の席に戻ると早速、ゴシップ好きの美帆が待ち構えていた。
「さっきのって何よ。」
「な~にとぼけちゃってんのよ!戸田ちゃんを秘書にするって話しよ!
あれマジかな?なんかまだ信じらんない。今日子どう思った?」
「秘書じゃないでしょ。使いモンにならないからカバン持ちにするって言ってたじゃない。」
「いやいや。だって、安藤さんと毎日一緒にいるんでしょ?それって秘書じゃん。戸田ちゃんいいな~。」
美帆の言う通りだった。安藤さんは言葉こそキツかったが、これは安藤デザインで働く誰もが羨む
異例のVIP待遇なのだ。
「やっぱり、安藤さんでも戸田ちゃんの美貌にやられちゃったって事?くそー。ジェラっちゃう。」
「美帆。いいから、仕事しなよ。」
「何言ってんのよ。みんなこの話しで持ちきりよ。興味なさげなのは今日子だけよ。」
「美帆は安藤さんの秘書になりたかったの?図面描くの好きじゃない。」
「そりゃあ、建築事務所だもの、設計は花形部署だけど、安藤さんの秘書なら別よ。
だって安藤さんと毎日一緒にいられるんだよ?ひょっとしたら、ひょっとするかもしれないじゃない。
まあ、それはムリとしても、安藤さんの仕事を最初から最後まで全部見られるなんてそれだけで贅沢でしょ?
おまけに交友関係は華やかだし、芸能人とかにもいっぱい会えるし、
なにより、あのグッドルッキングな社長と並んで歩けるだけで優越感ハンパないじゃない!
戸田ちゃんもうズルい~」
美帆のいう事は全て私の心を代弁していた。
ただ、美帆には無い感情が私にはある。さすがの美帆もそこまでは代弁してくれるはずもなく、私の胸はチクチクと疼いた。
安藤さん。私はもういらないの?あの日だけの事?もう覚えてもいないの?
私は忘れられないよ。あの日からずっと。。
「あー。最後にちょっといいか。4月から入った新卒の3名だが、その中で戸田はしばらく俺が預かる。
あいつは仕事は出来るが、根本的に設計を理解していない。今の状態では預けられる部署は無い。
したがって、あいつはしばらく俺のカバン持ちだ。俺の仕事に常に同行させて1から教え込まなきゃ使いモンにならない。
まあ、そういう訳だから、あいつはしばらくどこの部署にも所属をしない、俺の直属ってカタチになる。以上。
みんな仕事に戻ってくれ。お疲れさん。」
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